むくんでいるのに血管は「脱水」―重症妊娠高血圧症候群で循環血液量が減るしくみ
第100回医師国家試験 G問題 第52問
国試問題にチャレンジ
妊婦で循環血液量が減少するのはどれか。
- a.前置胎盤
- b.切迫早産
- c.妊娠糖尿病
- d.血液型不適合妊娠
- e.重症妊娠高血圧症候群
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
正常妊娠では血漿量の増加を主体に循環血液量が約40〜50%増え、妊娠30週前後にピークを迎えて生理的な希釈性貧血となります。これに対し重症妊娠高血圧症候群では、胎盤虚血に由来するsFlt-1などの抗血管新生因子が全身の血管内皮を障害し、血管収縮と血管透過性亢進によって血漿が血管外へ漏れるため、浮腫があっても循環血漿量は減少し、ヘマトクリット上昇(血液濃縮)を示します。前置胎盤は出血という合併症が起きて初めて循環血液量が減り、血液型不適合妊娠で貧血になるのは胎児側であり、切迫早産や妊娠糖尿病はそれ自体では母体の循環血液量を減らしません。血管内脱水の状態にあるため利尿薬は原則として用いず、根本治療は妊娠の終結です。正常妊娠の循環動態を基準に病的変化を捉える視点は、周産期管理で母児の安全を守るための基本となります。
解答・解説
正解はeです
正常妊娠での循環血液量
正常な妊娠では、母体の循環血液量は妊娠初期から増え始め、妊娠 30 週前後(28〜34 週ごろ)に最大となり、非妊時より約 40〜50% 増加する。主に増えるのは血漿量で、赤血球量の増加はそれより小さいため、血液が薄まった状態(水血症・生理的な希釈性貧血)となる。これは胎盤への血流確保と、分娩時の出血への備えという意味をもつ適応現象である。
本問の考え方
問われているのは「疾患そのものの病態として、母体の循環血液量が減少するもの」である。出血などの合併症が起きたときに減るものや、胎児側に変化が起こるものを混同しないことが要点である。 妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy:HDP)、とくに妊娠高血圧腎症の重症例では、胎盤形成の異常を出発点として全身の血管内皮が障害され、血管が収縮して末梢血管抵抗が上昇するとともに、血管透過性が亢進する。血管内の水分(血漿)が血管外の組織間隙へ漏れ出すため、全身に浮腫があるにもかかわらず血管内は脱水に近い状態となり、循環血漿量が減少する。検査では、正常妊娠で見られる希釈とは逆に、ヘマトクリット値の上昇(血液濃縮)として現れる。 他の選択肢は、出血などの合併症を起こさない限り、それ自体で母体の循環血液量を減らす病態ではない。したがって e が正解である。
選択肢考察
- ×a. 前置胎盤
誤り。前置胎盤は胎盤が子宮下部に付着し、内子宮口の一部または全部を覆う状態である。妊娠後期の無痛性の性器出血(警告出血)や、分娩時・胎盤娩出後の大量出血をきたしうる。出血が多量になれば出血性ショック(循環血液量減少性ショック)となるが、それは出血という合併症の結果である。胎盤の位置異常があるだけでは母体の循環血液量は減少しない。「出血しやすい疾患」と「循環血液量が減る疾患」を取り違えやすく、誤答が多い選択肢である。
- ×b. 切迫早産
誤り。切迫早産は妊娠 22 週以降 37 週未満に、規則的な子宮収縮や子宮頸管の開大・短縮がみられ、早産に至る危険が高い状態である。原因として絨毛膜羊膜炎などの感染が重要である。子宮収縮や頸管の変化が主体であり、それ自体は母体の循環血液量に影響しない。
- ×c. 妊娠糖尿病
誤り。妊娠糖尿病は妊娠中に初めて発見・発症した、明らかな糖尿病には至らない糖代謝異常である。妊娠高血圧症候群を合併しやすく、合併した場合には循環血漿量の減少が起こりうるが、糖代謝異常そのものが循環血液量を減らすわけではない。なお著しい高血糖では浸透圧利尿による脱水が起こりうるが、妊娠糖尿病の通常の病態ではない。
- ×d. 血液型不適合妊娠
誤り。血液型不適合妊娠(代表は Rh(D)不適合)では、母体で作られた胎児赤血球に対する IgG 抗体が胎盤を通過し、胎児の赤血球を破壊する。その結果、胎児・新生児に溶血性貧血、黄疸、重症例では胎児水腫が生じる。障害を受けるのは胎児・新生児側であり、母体の循環血液量には影響しない。
- ○e. 重症妊娠高血圧症候群
重症の妊娠高血圧症候群、とくに妊娠高血圧腎症では、胎盤の虚血から放出される血管新生を妨げる因子などによって全身の血管内皮が障害される。血管収縮による末梢血管抵抗の上昇と、血管透過性の亢進による血漿の血管外への漏出が起こるため、循環血漿量(循環血液量)が減少する。浮腫があっても血管内は相対的に脱水であり、ヘマトクリット値の上昇(血液濃縮)が特徴となる。循環血液量の減少は子宮胎盤血流をさらに低下させ、胎児発育不全や胎児機能不全の一因となる。この病態のため、安易な利尿薬の使用は血管内脱水を悪化させうるとして一般には推奨されない。
妊娠による主な循環動態の変化
・循環血液量:約 40〜50% 増加(血漿量の増加が赤血球量の増加を上回る) ・心拍出量:約 30〜50% 増加(1 回拍出量と心拍数の両方が増える) ・末梢血管抵抗:低下し、血圧は妊娠中期にやや下がる ・ヘマトクリット・ヘモグロビン濃度:希釈により低下する
妊娠高血圧症候群の概要
妊娠 20 週以降に初めて高血圧(収縮期 140 mmHg 以上または拡張期 90 mmHg 以上)を発症するものを中心とする病態群で、妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧、加重型妊娠高血圧腎症、高血圧合併妊娠に分類される。かつては「妊娠中毒症」と呼ばれ、浮腫・蛋白尿・高血圧が 3 主徴とされたが、現在は高血圧を必須とし、浮腫は診断基準に含めない。収縮期 160 mmHg 以上または拡張期 110 mmHg 以上の高血圧、あるいは臓器障害を伴うものが重症とされる。
病態
妊娠初期に絨毛が子宮らせん動脈を十分にリモデリングできないことで胎盤が虚血に陥り、胎盤から可溶性 Flt-1(sFlt-1)などの抗血管新生因子が母体血中へ放出される。これが全身の血管内皮障害を引き起こし、高血圧、蛋白尿、血管透過性亢進、凝固亢進を生じる。重症化すると子癇、HELLP 症候群(溶血・肝酵素上昇・血小板減少)、常位胎盤早期剥離、肺水腫などを合併する。根本的な治療は妊娠の終結(胎児・胎盤の娩出)である。
POINT
・正常妊娠では循環血液量は約 40〜50% 増加し、妊娠 30 週前後にピークとなる(血漿量増加が主体で希釈性貧血になる) ・妊娠高血圧症候群(重症)では、血管収縮と血管透過性亢進により循環血漿量が減少し、ヘマトクリットが上昇する(血液濃縮) ・浮腫があっても血管内は脱水であり、利尿薬は原則として用いない ・前置胎盤は出血したときに循環血液量が減るのであり、疾患そのものの病態ではない ・血液型不適合妊娠で貧血になるのは胎児・新生児側
