舌の「前」か「後ろ」か―味覚の地図で読み解く左顔面神経麻痺
第100回医師国家試験 G問題 第37問
国試問題にチャレンジ
味覚検査で異常を示した領域(①~⑤)を示す。 左末梢性顔面神経麻痺でみられるのはどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
舌の味覚は前2/3が顔面神経の枝である鼓索神経、後1/3が舌咽神経、軟口蓋が大錐体神経の支配で、いずれも同側性です。そのため左の末梢性顔面神経麻痺では、左の舌前2/3に限局した味覚障害が生じ、有郭乳頭より後方の舌後1/3は保たれます。正面視の図では向かって右が患者の左であること、分界溝(有郭乳頭の列)が前後の境界であることを押さえて読む必要があります。顔面神経は膝神経節で大錐体神経、続いてアブミ骨筋神経、鼓索神経を分岐するため、Schirmer試験・アブミ骨筋反射・味覚検査を組み合わせることで障害部位を推定できます。Bell麻痺やHunt症候群の診療では、表情筋の麻痺に加えて随伴症状を評価することが、病態の理解と部位診断の基本になります。
解答・解説
正解はdです
【テーマ】舌と口蓋の味覚を支配する神経の分布を理解し、左の末梢性顔面神経麻痺で味覚障害が現れる範囲を図から選ぶ問題である。
図の読み方
図は患者と向かい合って口腔内を正面から見たものである。したがって図の向かって右側が患者の左側、向かって左側が患者の右側にあたる。舌の中ほどに逆V字状に並んだ小さな丸印は有郭乳頭の列(分界溝の位置)を示し、これより前方(図の下方)が舌の前2/3、後方(図の上方)が舌の後1/3である。舌の上方の口蓋の部分も描かれている。 各図の網掛け(異常領域)を患者の側から読み直すと次のようになる。特に、網掛けが有郭乳頭の列より後方(図の上方)に及んでいるかどうかに注目する。 ①: 両側の舌全体(前2/3と後1/3)と口蓋 ②: 左側の舌全体(前2/3と後1/3)と左側の口蓋 ③: 左側の舌全体(前2/3と後1/3) ④: 左側の舌前2/3のみ ⑤: 両側の舌前2/3
味覚の神経支配
・舌の前2/3: 顔面神経の枝である鼓索神経(舌神経に合流して舌へ分布する) ・舌の後1/3(有郭乳頭を含む): 舌咽神経 ・軟口蓋: 顔面神経の枝である大錐体神経 ・喉頭蓋・咽頭の一部: 迷走神経 いずれも同側支配であり、片側の末梢神経障害では同側のみに障害が現れる。
解答の考え方
末梢性顔面神経麻痺は片側の顔面神経そのものの障害であるため、味覚障害は障害側(左)に限られ、舌咽神経の支配領域である舌の後1/3には及ばない。したがって、左の舌前2/3(鼓索神経領域)に限局した味覚障害を示す図が該当する。顔面神経麻痺の代表であるBell麻痺やHunt症候群(Ramsay Hunt症候群)では、鼓索神経の分岐より中枢側で障害されることが多く、患側の舌前2/3の味覚障害を伴いやすい。
選択肢考察
- ×a. ①
①は左右両側の舌全体(前2/3と後1/3)に加え、口蓋にも異常がある。両側の顔面神経(鼓索神経と大錐体神経)と両側の舌咽神経がすべて障害された分布であり、片側の末梢性顔面神経麻痺では説明できない。このような広範な味覚低下は、亜鉛欠乏、薬剤性、全身疾患、心因性など、末梢神経の局所障害以外の原因で生じる味覚障害を考える分布である。
- ×b. ②
②は左の舌の前2/3だけでなく、有郭乳頭の列(分界溝)より後方の後1/3にも異常があり、さらに左の口蓋にも異常が及んでいる。舌の後1/3の味覚は舌咽神経の支配であり、顔面神経がどの高さで障害されても舌咽神経の領域は影響を受けない。したがって顔面神経麻痺単独では舌後1/3の味覚は保たれるはずであり、この分布は左の顔面神経(鼓索神経と大錐体神経)に加えて左の舌咽神経も障害された状態を示す。軟口蓋の味覚は顔面神経から膝神経節で分かれる大錐体神経が担うため、口蓋の異常だけなら膝神経節より中枢の顔面神経障害で説明できる余地があるが、舌後1/3の異常は説明できないので誤りである。
- ×c. ③
③は左の舌の前2/3だけでなく、有郭乳頭より後方の後1/3にも異常がある。舌の後1/3の味覚は舌咽神経の支配であるため、この分布は左の顔面神経と舌咽神経の両方が障害された状態を示す。顔面神経麻痺単独では舌後1/3の味覚は保たれるため誤りである。舌咽神経障害を伴う病態としては、頸静脈孔症候群(舌咽・迷走・副神経の障害)などがある。
- ○d. ④
④は左の舌前2/3のみに異常がみられ、舌後1/3と右側は正常である。舌前2/3の味覚は顔面神経の枝である鼓索神経が同側性に支配しているので、左の末梢性顔面神経麻痺で生じる味覚障害の分布に一致する。鼓索神経は顔面神経が側頭骨内の顔面神経管を下行する途中(乳様突起部、茎乳突孔より少し上)で分岐し、鼓室を横切って側頭骨外に出て舌神経に合流する。Bell麻痺など多くの末梢性顔面神経麻痺は、この分岐部より中枢で障害が起こるため、患側の舌前2/3に味覚障害が現れる。
- ×e. ⑤
⑤は左右両側の舌前2/3に異常がみられる。舌前2/3という範囲自体は鼓索神経(顔面神経)の支配に一致するが、両側性であるため、左の片側性顔面神経麻痺では説明できない。両側の鼓索神経障害か、両側性顔面神経麻痺(Guillain-Barré症候群、サルコイドーシス、Lyme病など)、あるいは局所の神経障害以外の原因を考える分布である。
顔面神経の走行と枝(中枢から順に)
・内耳道: 顔面神経(運動線維)と中間神経(味覚・副交感の線維)が内耳神経とともに走る。 ・膝神経節: 大錐体神経を分岐する。大錐体神経は涙腺・鼻腺の分泌(副交感)と軟口蓋の味覚を担う。 ・鼓室部~乳突部: アブミ骨筋神経を分岐(アブミ骨筋反射に関与)し、続いて鼓索神経を分岐する。鼓索神経は舌前2/3の味覚と、顎下腺・舌下腺の唾液分泌(副交感)を担う。 ・茎乳突孔から頭蓋外へ出て、耳下腺内で分枝し表情筋を支配する。
障害部位診断(顔面神経麻痺の部位診断)
・涙液分泌検査(Schirmer試験): 低下していれば膝神経節より中枢の障害(大錐体神経の障害)。 ・アブミ骨筋反射: 消失していればアブミ骨筋神経分岐部より中枢の障害。患側で聴覚過敏が生じることがある。 ・味覚検査(電気味覚検査、濾紙ディスク法): 舌前2/3の味覚低下は鼓索神経分岐部より中枢の障害。 ・顎下腺からの唾液分泌低下も鼓索神経より中枢の障害を示す。 茎乳突孔より末梢の障害では表情筋麻痺のみとなり、味覚・涙分泌・アブミ骨筋反射は保たれる。
中枢性と末梢性の区別
中枢性顔面神経麻痺(核上性、脳梗塞など)では、前頭筋が両側の大脳皮質から支配を受けるため額のしわ寄せが保たれ、顔面下部の麻痺が主体となる。末梢性麻痺では額を含む同側の顔面全体が麻痺する。
末梢性顔面神経麻痺の主な原因
Bell麻痺(原因の多くは単純ヘルペスウイルス1型の再活性化と考えられている)、Hunt症候群(水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化。耳介・外耳道の帯状疱疹、難聴・めまいを伴う)、側頭骨骨折、中耳炎・真珠腫、耳下腺腫瘍など。
POINT
・味覚支配: 舌前2/3=鼓索神経(顔面神経)、舌後1/3=舌咽神経、軟口蓋=大錐体神経(顔面神経)、喉頭蓋付近=迷走神経。 ・味覚は同側支配であり、片側の顔面神経麻痺では患側の舌前2/3に味覚障害が生じる。 ・図は正面視のため、図の向かって右が患者の左であることに注意。 ・Schirmer試験・アブミ骨筋反射・味覚検査で顔面神経の障害部位を推定できる。
