鼻から効くホルモンはどれ?―デスモプレシンで学ぶ「投与経路」の決まり方
第100回医師国家試験 G問題 第110問
国試問題にチャレンジ
点鼻薬で治療するのはどれか。
- a.中枢性尿崩症
- b.下垂体性低身長症
- c.原発性性腺機能低下症
- d.甲状腺機能低下症
- e.副甲状腺機能低下症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ホルモン補充療法の投与経路は、薬の分子の大きさと吸収のされ方で決まります。中枢性尿崩症ではADHの合成誘導体であるデスモプレシンを用い、分子量約1,000の小さなペプチドで鼻粘膜から吸収されるため点鼻薬が使われ、現在は口腔内崩壊錠もあります。一方、分子量の大きい成長ホルモンは皮下注射、甲状腺ホルモンは経口、副甲状腺機能低下症は活性型ビタミンDとカルシウムの経口投与、原発性性腺機能低下症は性ステロイドの補充が基本です。デスモプレシンは過量で低ナトリウム血症を起こしうるため血清Naの確認が欠かせず、反応の有無は中枢性と腎性尿崩症の鑑別にも役立ちます。「なぜその経路なのか」を薬の性質から理解しておくと、個々の治療薬を暗記に頼らず整理できます。
解答・解説
正解はaです
問われていること
内分泌疾患に対するホルモン補充療法の「投与経路」を問う問題である。選択肢はいずれもホルモンの不足によって起こる疾患であり、足りないホルモン(またはその作用を代わりに担う薬)を補うのが治療の基本である。違いは、それぞれの薬をどの経路で投与するかにある。
考え方
薬を鼻の粘膜から吸収させる点鼻投与は、分子量が比較的小さいペプチドであれば実用的な吸収が得られる。一方、分子量の大きい蛋白質ホルモンは鼻粘膜からほとんど吸収されないため注射が必要となり、ステロイドや甲状腺ホルモンのように消化管から吸収される低分子の薬は経口投与が基本となる。 選択肢の中で点鼻薬が標準的な治療となるのは、中枢性尿崩症に対するデスモプレシン(DDAVP)である。デスモプレシンは抗利尿ホルモン(ADH、アルギニンバソプレシン AVP)を改変した合成ペプチドで、9個のアミノ酸からなり分子量は約1,000と小さく、鼻粘膜から吸収される。その他の疾患では、成長ホルモンは皮下注射、性ホルモンは筋注・経口・経皮など、甲状腺ホルモンは経口、副甲状腺機能低下症には活性型ビタミンDとカルシウムの経口投与が用いられる。
選択肢考察
- ○a. 中枢性尿崩症
中枢性尿崩症は、視床下部・下垂体後葉の障害により ADH の分泌が低下し、腎集合管での水の再吸収ができなくなって多尿・口渇・多飲をきたす疾患である。治療には ADH の合成誘導体であるデスモプレシンを用いる。デスモプレシンは天然の ADH と比べて V2 受容体(腎臓の抗利尿作用を担う受容体)への選択性が高く、V1 受容体を介する血管収縮作用が弱く、作用時間も長い。分子量約1,000の小さなペプチドであるため鼻粘膜から吸収でき、点鼻薬(スプレー・点鼻液)として用いられてきた。現在は口腔内崩壊錠も使用可能である。過量投与では水中毒・低ナトリウム血症をきたすため、血清 Na や体重の推移に注意する。
- ×b. 下垂体性低身長症
下垂体性低身長症(成長ホルモン分泌不全性低身長症)は、成長ホルモン(GH)の分泌不足により身長の伸びが障害される疾患である。治療は遺伝子組換えヒト成長ホルモン製剤の皮下注射であり、従来は毎日(就寝前)自己注射し、近年は週1回投与の持続型製剤も用いられる。GH は191個のアミノ酸からなる分子量約22,000の蛋白質で、鼻粘膜や消化管からは有効に吸収されないため、点鼻や経口では投与しない。
- ×c. 原発性性腺機能低下症
原発性性腺機能低下症は、精巣や卵巣そのものの障害で性ホルモンが作られない状態であり、ゴナドトロピン(LH・FSH)は代償的に高値となる(高ゴナドトロピン性性腺機能低下症)。治療は性ステロイドの補充で、男性ではテストステロン製剤(エナント酸テストステロンの筋注など)、女性ではエストロゲン製剤(経口薬や貼付薬などの経皮製剤)を用い、子宮のある女性ではプロゲスチンを併用する。性腺自体が反応しないため、ゴナドトロピン製剤は無効である(ゴナドトロピン製剤は視床下部・下垂体の障害による続発性性腺機能低下症の治療、特に妊孕性獲得に用いる)。点鼻薬は用いない。
- ×d. 甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症の治療は、合成 T4 製剤であるレボチロキシンナトリウムの経口投与(1日1回)である。T4 は体内で活性型の T3 に変換され、半減期が約1週間と長いため血中濃度が安定しやすい。低分子のホルモンで消化管から吸収されるため、点鼻の必要はない。高齢者や虚血性心疾患のある患者では少量から開始して漸増する。
- ×e. 副甲状腺機能低下症
副甲状腺機能低下症では副甲状腺ホルモン(PTH)の作用不足により低カルシウム血症・高リン血症をきたし、テタニーなどを生じる。治療の中心は活性型ビタミンD製剤(アルファカルシドール、カルシトリオール)の経口投与で、必要に応じてカルシウム製剤の経口投与を併用する。腎臓でのビタミンD活性化には PTH が必要なため、天然型ではなく活性型ビタミンDを用いる点が重要である。重症のテタニー発作時にはグルコン酸カルシウムを静注する。点鼻薬は用いない。
ホルモン製剤と主な投与経路
・デスモプレシン(中枢性尿崩症):点鼻、口腔内崩壊錠 ・成長ホルモン(成長ホルモン分泌不全性低身長症):皮下注射 ・テストステロン(男性性腺機能低下症):筋注など ・エストロゲン(女性性腺機能低下症):経口、経皮(貼付薬・ゲル) ・レボチロキシン(甲状腺機能低下症):経口 ・活性型ビタミンD、カルシウム(副甲状腺機能低下症):経口 ・ヒドロコルチゾン(副腎皮質機能低下症):経口
点鼻で用いられる主なペプチド製剤
・デスモプレシン:中枢性尿崩症。ほかに夜尿症(口腔内崩壊錠)、軽症の血友病A・von Willebrand病(第VIII因子・von Willebrand因子の放出促進。静注で用いる)にも使用される。 ・GnRH アゴニスト(ブセレリン、ナファレリン):子宮内膜症などに点鼻で用いる。 ・カルシトニン:骨粗鬆症に点鼻製剤が海外で用いられてきた(国内では注射)。 いずれも比較的分子量の小さいペプチドである点が共通する。
尿崩症の鑑別
中枢性尿崩症(ADH 分泌低下)はデスモプレシンに反応して尿量が減少し尿が濃縮されるが、腎性尿崩症(腎臓の ADH 不応)はデスモプレシンに反応しない。この反応の違いが両者の鑑別に用いられる。
POINT
・中枢性尿崩症の治療はデスモプレシン(DDAVP)の点鼻(または口腔内崩壊錠)。 ・デスモプレシンは V2 選択性が高く作用時間の長い ADH 誘導体で、過量では低ナトリウム血症に注意。 ・成長ホルモンは皮下注、甲状腺ホルモンは経口、副甲状腺機能低下症は活性型ビタミンD+カルシウムの経口投与。 ・原発性性腺機能低下症は性ステロイドの補充であり、ゴナドトロピンは無効。
