約束できないことは説明しない―遺伝子解析研究のインフォームドコンセント
第100回医師国家試験 E問題 第5問
国試問題にチャレンジ
ヒトゲノム・遺伝子解析研究の被験者に対する説明で必須でないのはどれか。
- a.研究の目的
- b.同意の自由
- c.匿名化の方法
- d.参加による不利益
- e.研究成果還元の保証
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
遺伝情報は不変性・共有性・予見性をもつ「究極の個人情報」であり、遺伝子解析研究のインフォームドコンセントでは、研究の目的と方法、参加と撤回の自由、匿名化を含む個人情報保護の方法、身体的・心理的・社会的な不利益の説明が必須です。一方、研究成果が得られるか、それが本人の役に立つかは不確実なため、成果還元の保証は説明事項にはならず、むしろ直接の利益がない可能性や、知的財産権が被験者に帰属しないことを説明します。個人の解析結果の開示方針や遺伝カウンセリング体制は説明事項に含まれ、成果還元の保証とは区別して理解しておく必要があります。現在は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に引き継がれたこれらの原則は、研究に協力する人の自己決定を守るための基本であり、将来研究に関わる医師にとって欠かせない知識です。
解答・解説
正解はeです
問われていること
ヒトゲノム・遺伝子解析研究に参加する被験者(研究対象者)に対して、インフォームドコンセントの際に必ず説明しなければならない事項を問う問題である。
考え方
遺伝情報は、本人の体質や将来の病気のかかりやすさを示すだけでなく、生涯変わらず、血縁者とも一部を共有するという特徴をもつ。「究極の個人情報」とも呼ばれ、漏えいすれば就職・保険・結婚などで差別を受けるおそれがある。このため、遺伝子解析研究では通常の臨床研究以上に、被験者の自己決定と個人情報保護に配慮した説明と同意が求められる。 本問の出題当時は、文部科学省・厚生労働省・経済産業省による「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(2001年策定、いわゆる三省指針)がこれを定めていた。現在は、医学系研究の指針と統合された「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年施行)に引き継がれているが、説明事項の基本的な考え方は変わらない。 被験者が参加するか否かを判断するのに必要な情報、すなわち「何のための研究か」「参加は自由か」「個人情報はどう守られるか」「どのような不利益があるか」は必須の説明事項である。一方、研究は成果が得られるかどうか自体が不確実であり、成果が被験者本人に還元されることを約束することはできない。できない約束を説明に含めることは、かえって被験者に誤った期待を抱かせ、判断をゆがめることになる。
選択肢考察
- ×a. 研究の目的
必須である。どのような目的で、どのような方法(試料の種類、解析の範囲など)で研究を行うのかは、被験者が参加を判断するための最も基本的な情報である。目的を知らされないまま提供した試料が別の目的に使われることを防ぐ意味もあり、同意を受けた目的の範囲を超えて試料・情報を利用する場合は、改めて手続きが必要となる。
- ×b. 同意の自由
必須である。研究への参加は被験者の自由意思に基づくものであり、参加を断っても診療などで不利益な扱いを受けないこと、また一度同意した後でもいつでも撤回でき、撤回した場合は原則として試料や解析結果が廃棄されることを説明しなければならない。担当医と患者のように立場に差がある関係では、患者が断りにくくなりやすいため、とくに明確に伝える必要がある。
- ×c. 匿名化の方法
必須である。遺伝情報は個人を特定しうる情報であり、漏えいによる差別などの被害を防ぐため、試料や情報から氏名などの識別情報を取り除く匿名化(現在の指針では仮名加工情報・匿名加工情報などの概念で整理されている)が行われる。どの段階で、どのような方法で匿名化し、誰が対応表を管理するのかを説明し、個人情報がどのように保護されるかを被験者が理解したうえで同意できるようにする。
- ×d. 参加による不利益
必須である。採血などの試料採取に伴う身体的負担や危険だけでなく、遺伝情報を提供することによって生じうる心理的・社会的な不利益(望まない遺伝情報を知ってしまう可能性、情報漏えいによる差別、血縁者への影響など)も説明しなければならない。予測される利益と不利益の両方を示すことが、インフォームドコンセントの基本である。
- ○e. 研究成果還元の保証
必須でないため正解である。遺伝子解析研究の多くは病気の原因解明など長期的・基礎的な目的で行われ、成果が得られるかどうかも、それが実際の治療として被験者本人の役に立つかどうかも不確かである。したがって成果の還元を保証することはできず、説明事項として求められていない。むしろ指針では、被験者に直接の利益が生じない場合があることや、研究成果から特許などの知的財産権が生じても、その権利は通常被験者には帰属しないことを、あらかじめ説明するよう求めている。なお、個人の遺伝情報(解析結果)の開示を希望するかどうかの意向確認や開示の方針は説明事項に含まれるが、これは「成果還元の保証」とは別の事柄である。
遺伝子解析研究における主な説明事項
・研究の目的・意義・方法、研究期間、研究機関と研究責任者 ・参加が任意であること、同意しなくても不利益を受けないこと、同意をいつでも撤回できること ・被験者として選ばれた理由 ・予測される利益と不利益(危険・負担) ・個人情報の保護と匿名化の方法 ・試料・情報の保存方法と保存期間、廃棄の方法、将来の別研究への利用の可能性 ・遺伝情報の開示に関する方針(本人が知る権利と知りたくない権利の両方を尊重する) ・遺伝カウンセリングを受けられる体制 ・研究成果の公表方法、知的財産権の帰属 ・研究資金の出所と利益相反 ・問い合わせ・苦情の窓口
遺伝情報の特殊性
・生涯変化しない(不変性) ・血縁者と共有される(共有性) ・将来の発症を予測しうる(予見性) これらの特徴から、遺伝情報の取り扱いには特別な配慮が必要とされる。
指針の変遷
ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(2001年)は、疫学研究・臨床研究の各指針とともに運用されてきたが、2021年に「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」と統合され、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」となった。
POINT
・遺伝子解析研究のインフォームドコンセントでは、研究の目的・方法、参加と撤回の自由、個人情報保護(匿名化の方法)、予測される利益と不利益の説明が必須である。 ・研究成果の還元は保証できないため説明事項にならない。むしろ直接の利益がない可能性や、知的財産権が被験者に帰属しないことを説明する。 ・遺伝情報は不変性・共有性・予見性をもつ究極の個人情報である。
