「人は誰でも間違える」から始まる医療安全―エラーを事故にしない仕組みづくり
第100回医師国家試験 E問題 第46問
国試問題にチャレンジ
医療事故について正しいのはどれか。
- a.患者との関係が良好なら起こらない。
- b.医療システムを見直しても減少しない。
- c.異なる病院での前例は予防に役立たない。
- d.間違いが医療事故に直結しない方策が必要である。
- e.複数の医療従事者が医療行為を確認しても減少しない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医療安全は「人は誰でも間違える」という前提に立ち、エラーを根絶するのではなく、エラーが患者への害に直結しない仕組みをつくることを基本とします。誤操作を物理的に防ぐフールプルーフ、安全側に働くフェイルセーフ、複数の防護層を重ねるスイスチーズモデル、ダブルチェックや2つ以上の識別子による患者確認などが具体策です。医療システムの見直し、他施設の事例の共有、複数人による確認はいずれも事故の減少に役立ち、患者との良好な関係は誤りに気づくきっかけや紛争予防にはなるものの、事故そのものをなくすわけではありません。ハインリッヒの法則が示すようにヒヤリ・ハットの段階で報告・分析することが重大事故の予防につながり、報告は責任追及ではなく改善のために行います。個人を責めるのでなく仕組みで患者を守るという考え方は、研修医として現場に立つ日からすぐに求められる姿勢です。
解答・解説
正解はdです
本問は、医療安全(医療事故の防止)の基本的な考え方を問う問題である。 出発点となるのは「人間は誰でも間違える(To Err is Human)」という前提である。どれほど経験を積んだ医療者でも、疲労、思い込み、多忙、似た名前の薬剤など、さまざまな要因によってヒューマンエラーを起こしうる。そのため、個人の注意力や心がけに頼って事故をゼロにしようとする発想には限界がある。現在の医療安全では、個人を責めるのではなく、エラーが起こりにくく、仮に起こっても患者に害が及ぶ前に発見・阻止できる「仕組み(システム)」をつくることが重視される。 具体的には、(1) 誤りを起こしにくくする工夫(規格の異なる接続部など)、(2) 誤りを途中で見つける工夫(ダブルチェック、患者確認、指差し呼称)、(3) 事故の情報を共有して再発を防ぐ工夫(インシデント報告、他施設の事例の共有)が柱となる。この考え方に照らして各選択肢を検討すると、エラーを事故に直結させない方策の必要性を述べた記述が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 患者との関係が良好なら起こらない。
誤りである。医療事故の多くは、患者や薬剤の取り違え、投与量の誤り、確認漏れなど、医療者側のエラーや医療システムの不備から生じるため、患者との関係が良好であっても起こりうる。良好な関係によって、患者が違和感を伝えやすくなり誤りに気づくきっかけが増える、事故が起きた際に紛争や訴訟に発展しにくい、といった利点はあるが、事故そのものがなくなるわけではない。
- ×b. 医療システムを見直しても減少しない。
誤りである。医療事故は個人の不注意だけでなく、業務手順の不備、紛らわしい薬剤の名称や外観、情報伝達の仕組み、人員配置や勤務体制などシステム上の欠陥によって誘発されることが多い。事故の背景要因を分析して手順や設備を改善することは、事故の減少に直結する。たとえば、経腸栄養用と静脈注射用のチューブの接続部の形状を変えて誤接続を物理的に不可能にする、類似名称薬の採用を見直す、などの対策が実際に効果を上げている。
- ×c. 異なる病院での前例は予防に役立たない。
誤りである。同じ種類の医療事故は、施設が違っても共通の要因によって繰り返し起こる。他の病院で起きた事故やヒヤリ・ハット(事故に至らなかった危うい事例)の情報を共有し、自施設に同じ危険がないか点検することは有効な予防策である。わが国でも、日本医療機能評価機構による医療事故情報収集等事業などを通じて、全国の事例が集約・分析され、医療安全情報として各施設に提供されている。
- ○d. 間違いが医療事故に直結しない方策が必要である。
正しい。ヒューマンエラーを完全になくすことはできないという前提に立ち、エラーが起きても患者に害が及ぶ前に食い止める仕組みを整えることが医療安全の基本である。代表例として、誤った操作ができない設計(フールプルーフ:誤接続できない規格のコネクタなど)、故障や誤りが起きても安全側に働く設計(フェイルセーフ)、複数の防護策を重ねて誤りをどこかで捕捉する考え方(スイスチーズモデル)、ダブルチェックやバーコードによる患者・薬剤の照合などがある。こうした方策は事故を確実に減らす。
- ×e. 複数の医療従事者が医療行為を確認しても減少しない。
誤りである。過失による医療事故では、患者の取り違え、薬剤名の取り違え、投与量や単位の誤りなどが多い。これらは一人では見落としやすくても、複数の医療従事者が独立して確認すること(ダブルチェック)で発見しやすくなり、事故の減少につながる。とくに抗がん剤、インスリン、カリウム製剤、麻薬などのハイリスク薬の調製・投与や輸血の際には、複数人による確認が標準的に行われている。ただし、相手が確認するだろうという思い込みで確認が形だけになると効果が落ちるため、それぞれが責任をもって確認することが大切である。
用語の整理
・医療事故:医療に関わる場所で、医療の全過程において発生する人身事故全般を指す。医療者の過失の有無を問わない。 ・医療過誤:医療事故のうち、医療者の過失によって生じたもの。 ・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤った医療行為が患者に実施される前に発見された事例、あるいは実施されても患者に影響がなかった(または軽微だった)事例。 ・アクシデント:医療事故と同様に、患者に何らかの被害が生じた事例を指して用いられることが多い。
ハインリッヒの法則
1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のヒヤリ・ハットが存在するという経験則である。ヒヤリ・ハットの段階で報告・分析し対策をとることが、重大事故の予防につながることを示している。インシデント報告は個人の責任追及ではなく、改善のための情報収集が目的である。
スイスチーズモデル
安全対策を穴のあいたチーズの薄切りにたとえ、1枚ごとには穴(欠陥)があっても、何枚も重ねれば穴が一直線に並ばない限り事故には至らない、という考え方である。医療者個人、チーム、手順、設備など複数の防護層を用意することの重要性を示す。
医療安全に関する主な取り組み
・医療事故情報収集等事業(日本医療機能評価機構)による事例の収集と医療安全情報の提供 ・医療事故調査制度(2015年施行):医療に起因する予期せぬ死亡が起きた場合、医療機関が院内調査を行い、医療事故調査・支援センターに報告する仕組み ・根本原因分析(RCA)などによる事故要因の分析 ・患者確認(フルネームと生年月日など2つ以上の識別子での確認)、リストバンドやバーコード照合の活用
POINT
・「人は誰でも間違える」という前提に立ち、エラーが事故に直結しない仕組みをつくることが医療安全の基本である。 ・個人の責任追及ではなく、システムの改善で事故を減らす。 ・フールプルーフ、フェイルセーフ、ダブルチェック、スイスチーズモデルの考え方を押さえる。 ・他施設の事故事例やヒヤリ・ハットの共有は予防に役立つ(ハインリッヒの法則)。 ・患者との良好な関係は紛争予防に役立つが、事故そのものをなくすわけではない。
