症状のない不整脈が教えてくれること―心房細動を見たら甲状腺を疑え
第100回医師国家試験 D問題 第14問
国試問題にチャレンジ
58歳の男性。高血圧で通院中,自覚症状はなかったが不整脈が発見された。身長163cm,体重70kg。体温36.5℃。脈拍84/分,不整。血圧142/90mmHg。眼瞼結膜に貧血を認めない。頸部は視診と触診とに異常を認めない。心尖拍動は左鎖骨中線上第5肋間に認める。胸部聴診では心拍の不整を認めるが,呼吸音に異常は認めない。心電図を示す。 この患者に必要な検査はどれか。

- a.下垂体機能
- b.甲状腺機能
- c.副甲状腺機能
- d.副腎皮質機能
- e.性腺機能
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心電図でP波の消失、基線のf波、R-R間隔の絶対的な不整を認めれば心房細動と診断します。心房細動を新たに見つけたら、診断で終わらず原因疾患の検索と塞栓症リスクの評価を行うことが重要で、原因検索として甲状腺機能(TSH、遊離T4)の測定は欠かせません。甲状腺ホルモンはβ受容体の感受性を高め心房筋の不応期を短縮させて心房細動を起こしやすくし、特に高齢者では典型症状に乏しく心房細動だけが手がかりとなることがあります。甲状腺機能亢進症による心房細動は、β遮断薬で心拍数を調節しつつ原疾患を治療すれば洞調律に戻ることが多く、CHADS2スコアによる抗凝固療法の判断と併せて押さえておきたい知識です。「治せる原因を見逃さない」という視点は、日常診療で不整脈に出会ったときの大切な出発点になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・58歳男性、高血圧で通院中。自覚症状はなく、診察で不整脈を指摘された。 ・脈拍84/分で不整。血圧142/90mmHgと軽度高値。BMIは約26(70÷1.63²)で軽度の肥満。 ・貧血なし、頸部の視診・触診で異常なし(甲状腺腫大は明らかでない)。心尖拍動は左鎖骨中線上第5肋間で、明らかな心拡大を示唆しない。呼吸音は正常で心不全徴候もない。 ・心電図:P波がなく、基線に細かく不規則な揺れ(f波:細動波)がみられ、R-R間隔が全く不規則(絶対性不整脈)であることから、心房細動(atrial fibrillation:AF)と判断する。
診断へのプロセス
心房細動を新たに見つけたときは、心電図診断で終わらず、「なぜ心房細動が起きたか」(基礎疾患・誘因)と「塞栓症のリスクはどうか」を評価する。心房細動の主な背景として、高血圧、弁膜症(特に僧帽弁狭窄症)、心不全、虚血性心疾患、心筋症、加齢、飲酒、睡眠時無呼吸、肥満、そして甲状腺機能亢進症が挙げられる。 本例は高血圧という基礎疾患を持つが、心房細動の原因として見逃してはならず、かつ治療によって心房細動そのものが改善しうる疾患が甲状腺機能亢進症である。高齢者の甲状腺機能亢進症では、動悸・体重減少・手指振戦・甲状腺腫などの典型的症状が目立たず、心房細動だけが手がかりとなることがある(無欲状甲状腺機能亢進症)。頸部に異常がないことは否定の根拠にならない。
設問の考え方
選択肢はいずれも内分泌検査であり、「心房細動の原因となる内分泌疾患は何か」を問うている。新規発症の心房細動では、症状の有無にかかわらず甲状腺機能(TSH、遊離T4)を測定することが勧められている。
選択肢考察
- ×a. 下垂体機能
下垂体疾患のなかでは、先端巨大症(成長ホルモン過剰)が高血圧や心肥大・心筋症を起こし、不整脈の背景となることはある。しかし本例には先端巨大症を疑わせる顔貌・手足の変化などの記載はなく、心房細動を見つけたときに一律に行う検査ではない。TSH産生下垂体腺腫による甲状腺機能亢進症もまれにあるが、まず調べるのは甲状腺機能であり、下垂体機能全般の評価は必要ない。
- ○b. 甲状腺機能
甲状腺ホルモンは心筋のβ受容体の感受性を高め、心拍数を増加させ、心房筋の不応期を短縮させるため、心房細動を起こしやすくする。甲状腺機能亢進症の患者の約10〜20%に心房細動がみられ、特に高齢者に多い。高齢者では典型的な甲状腺中毒症状が乏しく、心房細動が唯一の所見であることもある。潜在性甲状腺機能亢進症(遊離T4は正常でTSHのみ低値)でも心房細動のリスクが高まる。原因が甲状腺機能亢進症であれば、甲状腺機能を正常化することで洞調律に戻ることが期待できるため、TSHと遊離T4の測定は欠かせない。
- ×c. 副甲状腺機能
原発性副甲状腺機能亢進症では高カルシウム血症によりQT短縮がみられ、副甲状腺機能低下症では低カルシウム血症によりQT延長がみられるなど心電図変化は起こりうるが、心房細動の代表的な原因ではない。本例で優先して評価する必要はない。
- ×d. 副腎皮質機能
副腎皮質の疾患のうち、原発性アルドステロン症やCushing症候群は二次性高血圧の原因となり、原発性アルドステロン症では心房細動の頻度が高いとする報告もある。しかし本例は低カリウム血症を示す筋力低下や、Cushing徴候(満月様顔貌、中心性肥満、皮膚線条など)の記載がなく、心房細動の原因検索として最初に必要な検査ではない。なお頻脈性不整脈を起こしやすい褐色細胞腫は副腎髄質の疾患であり、副腎皮質機能検査とは別である。
- ×e. 性腺機能
性腺機能(テストステロンなど)の異常は、心房細動の原因として臨床的に評価する対象ではない。本例で調べる意義はない。
心房細動の心電図所見
・P波の消失。 ・f波(細動波):基線の細かく不規則な揺れ。心房が毎分350〜600回程度の無秩序な興奮をしている。 ・R-R間隔が全く不規則(絶対性不整脈)。QRS波は通常幅が狭い。
心房細動の主な原因・背景
・心疾患:高血圧性心疾患、僧帽弁狭窄症などの弁膜症、心不全、虚血性心疾患、心筋症、心膜炎。 ・心臓以外:甲状腺機能亢進症、慢性肺疾患、睡眠時無呼吸症候群、肥満、多量飲酒、手術後など。 ・加齢:60歳以上で急増する。 ・明らかな基礎疾患のないものは孤立性心房細動と呼ぶ。
新規に心房細動を認めたときの評価
・基礎疾患の検索:心エコー(弁膜症、心機能、左房径、左房内血栓の有無など)、甲状腺機能、胸部X線、血液検査(電解質、腎機能など)。 ・脳塞栓症のリスク評価:CHADS2スコア(心不全、高血圧、75歳以上、糖尿病が各1点、脳卒中・一過性脳虚血発作の既往が2点)などを用いて抗凝固療法の適応を判断する。本例は高血圧で1点となる。 ・治療方針:抗凝固療法、心拍数の調節(レートコントロール)、洞調律の維持(リズムコントロール、カテーテルアブレーションなど)。
甲状腺機能亢進症と心臓
・洞性頻脈、心房細動、収縮期高血圧(脈圧の増大)、高拍出性心不全を起こしうる。 ・高齢者では症状が乏しく、心房細動や心不全、体重減少のみが表れることがある。 ・甲状腺機能亢進症に伴う心房細動は、甲状腺機能の正常化で自然に洞調律に戻ることが多い。β遮断薬で心拍数を調節しつつ原疾患を治療する。
POINT
・心電図でP波消失、f波、R-R間隔の不規則 → 心房細動。 ・心房細動を見つけたら、原因検索として甲状腺機能(TSH、遊離T4)を必ず調べる。 ・高齢者の甲状腺機能亢進症は典型的症状に乏しく、心房細動だけが手がかりのことがある。 ・心房細動では原因疾患の検索と、CHADS2スコアなどによる塞栓症リスク評価を併せて行う。
