胸やけの元凶は「酸」―逆流性食道炎の治療をPPIから読み解く
第99回医師国家試験 E問題 第29問
国試問題にチャレンジ
胃食道逆流症〈逆流性食道炎〉の治療に最も有用なのはどれか。
- a.抗コリン薬
- b.非ステロイド性抗炎症薬
- c.プロトンポンプ阻害薬
- d.Helicobacter pylori除菌治療
- e.迷走神経切断術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃食道逆流症で粘膜傷害と症状を起こす主因は逆流した胃酸であり、治療の中心は強力な酸分泌抑制で、プロトンポンプ阻害薬(PPI)が第一選択とされてきました。現在はP-CAB(ボノプラザン)も用いられ、特に重症の逆流性食道炎では初期治療の選択肢となっています。抗コリン薬や迷走神経切断術は下部食道括約筋圧の低下や胃排出遅延により逆流を悪化させ、NSAIDsは粘膜防御を弱める薬で治療にはなりません。H. pylori除菌後は胃酸分泌が回復して逆流性食道炎が出現することがある点も重要です。「酸を抑えるか」「逆流防止機構を損なうか」という2つの視点は、胸やけ患者の薬剤選択や服薬歴の確認にそのまま役立ちます。
解答・解説
正解はcです
胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease: GERD)は、胃内容物(主に胃酸)が食道へ逆流することで、胸やけや呑酸(酸っぱい液が口まで上がってくる感覚)などの症状、あるいは食道粘膜の傷害(びらん・潰瘍)を生じる疾患である。内視鏡で粘膜傷害を認めるものを逆流性食道炎(びらん性 GERD)、症状はあるが粘膜傷害を認めないものを非びらん性胃食道逆流症(NERD)という。
病態の要点
・逆流防止機構の破綻: 下部食道括約筋(lower esophageal sphincter: LES)圧の低下、一過性 LES 弛緩(嚥下と無関係に LES が一時的にゆるむ現象)の増加、食道裂孔ヘルニアなど ・食道のクリアランス(逆流物を胃へ押し戻す能力)の低下 ・胃酸分泌の多さや胃排出の遅延
治療を考える視点
粘膜傷害と症状の主な原因は逆流した胃酸であるため、治療の中心は胃酸分泌の強力な抑制である。したがって、最も有用なのは酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)となる。逆に、LES 圧を下げたり胃の運動を低下させたりする薬剤・処置は逆流を悪化させる方向に働く。選択肢を「胃酸を抑えるか」「逆流防止機構・胃排出を損なうか」という 2 つの観点で評価すると判断しやすい。
選択肢考察
- ×a. 抗コリン薬
抗コリン薬はアセチルコリンのムスカリン受容体への作用を遮断し、副交感神経(迷走神経)の働きを抑える薬である。胃酸分泌をある程度抑制する作用はあるが、その効果は弱い。一方で、LES の収縮を弱めて LES 圧を低下させ、さらに胃の運動を抑えて胃排出を遅らせるため、胃内容物が食道へ逆流しやすくなる。このため GERD をむしろ悪化させる要因となり、治療薬としては不適切である。なお、LES 圧を低下させる薬剤としては、抗コリン薬のほかにカルシウム拮抗薬、硝酸薬、テオフィリンなども知られている。
- ×b. 非ステロイド性抗炎症薬
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)はシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害してプロスタグランジンの産生を抑える。プロスタグランジンには胃・食道粘膜の血流維持や粘液分泌などの粘膜防御作用があるため、NSAIDs はこれを弱めて消化性潰瘍や粘膜傷害の原因となる。GERD に対する治療効果はなく、むしろ食道粘膜傷害を悪化させうる薬剤であり、誤りである。
- ○c. プロトンポンプ阻害薬
プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor: PPI、オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール、エソメプラゾールなど)は、胃壁細胞で胃酸分泌の最終段階を担う H+/K+-ATPase(プロトンポンプ)を阻害する。ヒスタミン、アセチルコリン、ガストリンのいずれの刺激による酸分泌も最終段階で抑えられるため、H2 受容体拮抗薬より強力で持続的な酸分泌抑制が得られる。逆流する胃液の酸度が下がることで、食道粘膜傷害の治癒と症状の改善が得られ、GERD の第一選択薬として位置づけられてきた。再発しやすい疾患であるため、初期治療後も維持療法(継続投与や症状出現時のオンデマンド投与)が行われることが多い。現在は、同じくプロトンポンプを阻害するカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB、ボノプラザン)も酸分泌抑制薬として用いられ、特に重症の逆流性食道炎では初期治療の選択肢とされている。以上より、選択肢の中で最も有用である。
- ×d. Helicobacter pylori除菌治療
Helicobacter pylori(H. pylori)感染は萎縮性胃炎を引き起こし、胃粘膜の萎縮に伴って胃酸分泌が低下する。このため感染者ではかえって GERD が起こりにくい面がある。除菌によって胃炎が改善し胃酸分泌が回復すると、除菌後に逆流性食道炎が新たに出現したり、逆流症状を訴えたりする例がある(多くは軽症である)。除菌治療は消化性潰瘍の再発予防や胃癌の予防などを目的とするものであり、GERD の治療にはならない。したがって誤りである。
- ×e. 迷走神経切断術
迷走神経切断術は、胃への迷走神経刺激を断つことで胃酸分泌を抑える手術であり、かつて消化性潰瘍の外科治療として行われた。しかし、迷走神経は胃の運動や LES 周囲の機能にも関与するため、切断によって胃排出の遅延や噴門部の逆流防止機構の障害が生じ、逆流はむしろ起こりやすくなる。GERD の治療にはならず、誤りである。なお、H2 受容体拮抗薬や PPI、H. pylori 除菌治療の普及により、現在では消化性潰瘍に対してもほとんど行われない。GERD に対する外科治療としては、胃底部を食道に巻き付けて逆流防止機構を補強する噴門形成術(Nissen 法など、主に腹腔鏡下)が用いられる。
GERD の治療の整理
1. 生活習慣の改善: 減量(肥満の是正)、就寝前 2〜3 時間の食事を避ける、就寝時の頭部挙上、腹部を締め付ける衣服や前かがみ姿勢を避ける、禁煙、飲酒・脂肪食・過食の是正など 2. 薬物療法 ・酸分泌抑制薬: PPI、P-CAB(ボノプラザン)が中心。H2 受容体拮抗薬は効果が劣り、補助的に用いられる。 ・その他: 消化管運動機能改善薬、制酸薬、アルギン酸塩(粘膜保護)などを補助的に用いることがある。 3. 外科治療: 薬物療法で効果が不十分な例、長期内服を望まない例、大きな食道裂孔ヘルニアを伴う例などで、腹腔鏡下噴門形成術(Nissen 法など)が行われる。
GERD の悪化因子
・LES 圧を下げるもの: 抗コリン薬、カルシウム拮抗薬、硝酸薬、テオフィリン、β刺激薬、喫煙、飲酒、脂肪食、チョコレート、カフェインなど ・腹圧を上げるもの: 肥満、妊娠、前かがみ姿勢、便秘など ・その他: 食道裂孔ヘルニア、高齢者の円背、H. pylori 除菌後の胃酸分泌回復
合併症
長期の逆流により、食道狭窄、出血、Barrett 食道(下部食道の扁平上皮が円柱上皮に置き換わった状態)を生じる。Barrett 食道は食道腺癌の発生母地となる。
逆流性食道炎の内視鏡分類
ロサンゼルス分類(改訂版)では、粘膜傷害の広がりにより grade N、M、A、B、C、D に分類し、C・D が重症とされる。
POINT
・GERD の治療の中心は胃酸分泌抑制であり、PPI(および P-CAB)が第一選択。 ・抗コリン薬や迷走神経切断術は LES 圧低下・胃排出遅延により逆流を悪化させる。 ・NSAIDs は粘膜傷害の原因であり GERD の治療薬ではない。 ・H. pylori 除菌後は胃酸分泌が回復し、逆流性食道炎が出現することがある(除菌は GERD の治療ではない)。 ・薬物療法抵抗例では腹腔鏡下噴門形成術(Nissen 法)を考慮する。
