胎盤が外れてブレーキ解除―乳汁分泌を止めていたのはエストロゲンだった
第99回医師国家試験 D問題 第59問
国試問題にチャレンジ
産褥期の乳汁分泌に抑制的に作用するのはどれか。
- a.プロラクチン
- b.オキシトシン
- c.サイロキシン
- d.インスリン
- e.エストロゲン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
乳汁分泌に関わるホルモンは、乳腺を発育させるエストロゲン・プロゲステロン、乳汁をつくらせるプロラクチン(下垂体前葉)、乳汁を押し出すオキシトシン(下垂体後葉)に分けて整理でき、インスリン・甲状腺ホルモン・コルチゾールなどは補助的に泌乳を促進します。エストロゲンは妊娠中に乳管の発育を促す一方、高濃度ではプロラクチンの催乳作用を抑えるため、胎盤娩出によるエストロゲン・プロゲステロンの急低下が産褥期の乳汁分泌開始の引き金となります。胎盤遺残で乳汁分泌が遅れることや、エストロゲン含有経口避妊薬で乳汁量が減りうることもこの抑制作用で説明できます。乳汁分泌の抑制には現在ドパミン作動薬が用いられ、ドパミン拮抗薬は乳汁漏出の原因となるため、ドパミン–プロラクチン系の理解とあわせて押さえておくことが臨床に直結します。
解答・解説
正解はeです
乳汁分泌(泌乳)には複数のホルモンが関わっており、役割は大きく次の3つに分けて考えると整理しやすい。 【乳腺を発育させる】妊娠中に胎盤から大量に分泌されるエストロゲン(乳管の発育)とプロゲステロン(腺房=乳汁をつくる袋状構造の発育)。 【乳汁をつくらせる(催乳)】下垂体前葉から分泌されるプロラクチン。インスリン、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)、甲状腺ホルモン(サイロキシン)、成長ホルモンなどは、乳腺細胞の代謝や乳汁成分の合成を支える補助的(許容的)なホルモンとして働く。 【乳汁を押し出させる(射乳)】下垂体後葉から分泌されるオキシトシン。 妊娠中もプロラクチンは徐々に増加しているが、乳汁の本格的な分泌は起こらない。これは、胎盤由来の高濃度のエストロゲンとプロゲステロンが乳腺でのプロラクチンの作用を抑えているためである。分娩で胎盤が娩出されるとこれらのホルモンは急激に低下し、この「ブレーキ」が外れることで、産褥2〜3日目ごろから乳汁分泌が本格化する。 したがって選択肢の中で乳汁分泌に抑制的に働くのはエストロゲンである。発育(妊娠中)には促進的、分泌(産褥期)には抑制的という二面性を理解しておくことが本問のポイントである。
選択肢考察
- ×a. プロラクチン
下垂体前葉から分泌され、乳腺の腺房上皮細胞に働いて乳汁(乳糖、カゼインなどの乳蛋白、脂肪)の合成を促す催乳ホルモンである。乳汁分泌の中心となるホルモンであり、抑制的には作用しない。分泌は視床下部からのドパミンによって抑えられており、授乳時の乳頭吸啜刺激はこのドパミンによる抑制を弱めてプロラクチン分泌を増やす。
- ×b. オキシトシン
視床下部で産生され下垂体後葉から放出されるホルモンで、乳頭の吸啜刺激によって反射的に分泌される。腺房を取り囲む筋上皮細胞を収縮させ、たまった乳汁を乳管へ押し出す射乳作用をもつ。乳汁の排出を促すものであり、抑制的には作用しない。同時に子宮筋も収縮させるため、授乳は産褥期の子宮復古を助ける。
- ×c. サイロキシン
甲状腺ホルモン(T4)であり、全身の代謝を高めるとともに、乳腺細胞の代謝や乳汁成分の合成を支え、乳汁分泌に促進的(許容的)に働く。甲状腺機能低下症では乳汁分泌が不十分になることがある。抑制的には作用しない。
- ×d. インスリン
乳腺細胞へのブドウ糖の取り込みを促し、乳糖や乳脂肪の合成に必要なエネルギー・材料を供給する。コルチゾールなどとともに、プロラクチンの作用を補助して乳汁分泌に促進的に働くホルモンであり、抑制的には作用しない。
- ○e. エストロゲン
妊娠中は乳管の発育を促して乳腺の準備を整えるが、乳腺に直接作用してプロラクチンの催乳作用を抑えるため、高濃度のままでは乳汁分泌は起こらない(プロゲステロンも同様に抑制的に働く)。エストロゲンは分娩直前にピークとなり、胎盤娩出とともに急速に低下することで抑制が外れ、プロラクチンの作用が発揮されて乳汁分泌が始まる。授乳中にエストロゲンを含む経口避妊薬を用いると乳汁量が減少しうるのも、この抑制作用による。
乳汁分泌の段階
・乳腺の発育(妊娠中): エストロゲン、プロゲステロン、プロラクチン、ヒト胎盤性ラクトゲン(hPL)などが乳管・腺房を発育させる。妊娠後期には少量の初乳様分泌がみられることもある。 ・乳汁分泌の開始(産褥期): 胎盤娩出によりエストロゲン・プロゲステロンが急減し、プロラクチンの作用が発揮される。産褥2〜3日ごろに乳房緊満とともに分泌量が増える。産褥初期の乳汁は初乳と呼ばれ、分泌型IgAなどの免疫物質や蛋白質に富む。 ・乳汁分泌の維持: 授乳(吸啜刺激)と乳汁の排出が繰り返されることで維持される。吸啜刺激はプロラクチン分泌(産生)とオキシトシン分泌(射乳)の両方を促す。 【胎盤遺残と乳汁分泌】胎盤の一部が子宮内に残るとエストロゲン・プロゲステロンが低下しきらず、乳汁分泌が遅れることがある。 【乳汁分泌の抑制】死産などで乳汁分泌を止める必要がある場合、現在はドパミン作動薬(カベルゴリン、ブロモクリプチン)でプロラクチン分泌を抑える。かつてはエストロゲン製剤が用いられた時期もあったが、血栓症のリスクなどから現在は行われない。 【プロラクチン分泌を高める薬剤】ドパミン拮抗薬(スルピリド、メトクロプラミド、ドンペリドンなど)は高プロラクチン血症・乳汁漏出の原因となる。
POINT
・催乳(乳汁の産生): プロラクチン(下垂体前葉) ・射乳(乳汁の排出): オキシトシン(下垂体後葉) ・補助的に促進: インスリン、コルチゾール、甲状腺ホルモン、成長ホルモン ・妊娠中の乳腺発育を促すが乳汁分泌は抑える: エストロゲン、プロゲステロン ・胎盤娩出によるエストロゲン・プロゲステロンの急低下が乳汁分泌開始の引き金となる。
