胎盤も産道も母乳も通らない―垂直感染の「仲間外れ」を見抜く
第120回医師国家試験 F問題 第25問
国試問題にチャレンジ
垂直感染しないのはどれか。
- a.サイトメガロウイルス
- b.ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
- c.Pneumocystis jirovecii
- d.Streptococcus agalactiae(GBS)
- e.Toxoplasma gondii
対話形式の解説
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ドクターまとめ
垂直感染(母子感染)には経胎盤感染・経産道感染・経母乳感染の3経路があり、サイトメガロウイルスやトキソプラズマはTORCH症候群の代表として経胎盤感染し、GBSは分娩時の経産道感染で新生児の敗血症や髄膜炎を起こし、HIVは3経路すべてで感染しえます。一方、Pneumocystis jiroveciiは細胞性免疫不全者に肺炎を起こす日和見真菌で、経気道的に伝播すると考えられており、垂直感染の病原体ではありません。HIV母子感染児にみられるニューモシスチス肺炎は、垂直感染したHIVによる免疫不全の結果であり、両者の因果関係を混同しないことが重要です。GBSスクリーニングと分娩時抗菌薬投与、HBV母子感染予防、HTLV-1に対する栄養法、HIVの抗レトロウイルス療法と帝王切開など、経路に応じた予防策とあわせて理解しておくことが、妊婦健診や新生児診療の実践につながります。
解答・解説
正解はcです
テーマ
垂直感染(母子感染)とは、病原体が母体から胎児・新生児へ直接うつることをいう。感染の経路は大きく次の3つに分けられる。 ・経胎盤感染(胎内感染): 母体血中の病原体が胎盤を越えて胎児に達する。例: サイトメガロウイルス、風疹ウイルス、トキソプラズマ、梅毒トレポネーマ、パルボウイルスB19、ジカウイルス ・経産道感染(分娩時感染): 分娩の際に産道の血液・分泌物や常在菌に児が曝露される。例: B群溶血性レンサ球菌(GBS)、単純ヘルペスウイルス、B型肝炎ウイルス、クラミジア、淋菌 ・経母乳感染: 母乳を介して出生後に感染する。例: ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)、HIV、サイトメガロウイルス
考え方
各選択肢の病原体について「上記のいずれかの経路で児に感染し、先天感染症や新生児感染症を起こすことが知られているか」を確認すればよい。サイトメガロウイルスとトキソプラズマはTORCH症候群(胎内感染で児に奇形・障害を生じる病原体群の総称)の代表であり、HIVは3経路すべてで、GBSは主に産道で感染する。一方、ニューモシスチスは免疫不全者に肺炎を起こす日和見病原体であり、母体から胎児・新生児へ移行して先天感染や新生児感染症を起こす病原体としては扱われない。したがって垂直感染しないのはPneumocystis jiroveciiである。
選択肢考察
- ×a. サイトメガロウイルス
垂直感染する。サイトメガロウイルス(CMV)はTORCH症候群の「C」にあたり、先天感染の原因として頻度が最も高いウイルスである。主な経路は経胎盤感染で、妊娠中の初感染だけでなく再活性化や再感染でも胎児に感染しうる。先天性CMV感染症では胎児発育不全、小頭症、脳室周囲石灰化、肝脾腫、血小板減少、網脈絡膜炎などを呈し、後遺症として感音難聴や精神運動発達遅滞が問題となる。産道分泌物や母乳を介した周産期感染もありうる(正期産児では通常無症状だが、早産児では症状を呈することがある)。
- ×b. ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉
垂直感染する。HIVは経胎盤感染(胎内感染)、分娩時の経産道感染、経母乳感染のいずれの経路でも児に感染しうる。母子感染のうち最も多いのは分娩前後の感染とされる。予防として、妊娠中からの抗レトロウイルス療法による母体ウイルス量の抑制、選択的帝王切開(ウイルス量のコントロール状況による)、分娩時の母体へのジドブジン点滴、新生児への抗ウイルス薬予防投与、人工栄養(断乳)が行われ、これらにより母子感染率は1%未満にまで低下させることができる。
- ○c. Pneumocystis jirovecii
これが正解である。Pneumocystis jirovecii(ニューモシスチス・イロベチイ)は真菌に分類される病原体で、HIV感染症(CD4陽性T細胞数が200/μL未満)、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬の長期使用、悪性腫瘍に対する化学療法などで細胞性免疫が低下した宿主に、日和見感染症としてニューモシスチス肺炎(PCP)を起こす。感染は飛沫・空気を介した経気道的な人から人への伝播によると考えられており、胎盤や産道、母乳を通じて児に先天感染・新生児感染症を起こす病原体ではない。なお、HIV母子感染の児では乳児期にニューモシスチス肺炎を発症することがあるが、これは垂直感染したHIVによる免疫不全の結果として起こる日和見感染であり、ニューモシスチス自体の垂直感染ではない点に注意する。
- ×d. Streptococcus agalactiae(GBS)
垂直感染する。Streptococcus agalactiae(B群溶血性レンサ球菌、GBS)は妊婦の腟や直腸に常在していることがあり(保菌率はおよそ10〜30%)、分娩時に産道を通過する際に児へ感染する(経産道感染)。新生児では敗血症、肺炎、髄膜炎といった重篤な感染症の原因となり、生後7日未満に発症する早発型は主に垂直感染による。予防のため妊娠35〜37週頃に腟入口部と肛門周囲(直腸)の培養検査を行い、陽性なら陣痛発来時または破水時からペニシリン系抗菌薬(アンピシリンなど)を母体に静注する。なお、生後7日以降に発症する遅発型は、垂直感染に加えて出生後の水平感染も関与する。
- ×e. Toxoplasma gondii
垂直感染する。Toxoplasma gondii(トキソプラズマ)は原虫で、TORCH症候群の「T」にあたる。ネコの糞便に含まれるオーシストや、加熱不十分な食肉中のシストを摂取することで感染する。妊娠中に母体が初感染すると経胎盤感染を起こし、先天性トキソプラズマ症として水頭症、脳内石灰化、網脈絡膜炎(三徴)や精神運動発達遅滞をきたす。胎児への感染率は妊娠週数が進むほど高くなるが、児の重症度は妊娠早期の感染ほど高い。妊娠前に既感染(抗体陽性)であれば、通常は胎児感染の心配はない。
TORCH症候群
胎内感染により児に先天異常・障害をきたす代表的な病原体の頭文字をとったものである。 ・T: Toxoplasma(トキソプラズマ) ・O: Others(梅毒、水痘・帯状疱疹ウイルス、パルボウイルスB19、ジカウイルスなど) ・R: Rubella(風疹ウイルス) ・C: Cytomegalovirus(サイトメガロウイルス) ・H: Herpes simplex virus(単純ヘルペスウイルス。主に経産道感染)
経路別に整理した主な垂直感染
・経胎盤感染: CMV、風疹、トキソプラズマ、梅毒、パルボウイルスB19、水痘・帯状疱疹ウイルス、ジカウイルス、HIV ・経産道感染: GBS、単純ヘルペスウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HIV、クラミジア・トラコマチス、淋菌 ・経母乳感染: HTLV-1、HIV、CMV
主な予防策
・GBS: 妊娠35〜37週頃のスクリーニング培養と、陽性例での分娩時抗菌薬投与 ・B型肝炎ウイルス: HBs抗原陽性妊婦の児に、出生後早期(12時間以内が目安)のHBグロブリンとB型肝炎ワクチン投与 ・HTLV-1: 母乳を介する感染が主であり、完全人工栄養などの栄養法により感染リスクを下げる ・HIV: 抗レトロウイルス療法、帝王切開、新生児への予防投与、断乳 ・性器ヘルペス: 分娩時に病変がある場合は帝王切開を考慮する
POINT
・垂直感染の経路は経胎盤感染・経産道感染・経母乳感染の3つ ・CMVとトキソプラズマはTORCH症候群の代表で経胎盤感染する ・HIVは胎内・産道・母乳の3経路すべてで感染しうる ・GBSは経産道感染で新生児の敗血症・髄膜炎を起こすため、妊娠後期にスクリーニングする ・Pneumocystis jiroveciiは細胞性免疫不全者に肺炎を起こす日和見真菌であり、垂直感染の病原体ではない
