腫瘍は縮小、でも体はだるい―免疫チェックポイント阻害薬が招いた甲状腺機能低下症にどう向き合うか
第120回医師国家試験 D問題 第62問
国試問題にチャレンジ
76歳の男性。2週間前から続く全身倦怠感を主訴に来院した。進行肺腺癌と診断され,4か月前から免疫チェックポイント阻害薬を投与中である。高血圧症に対してカルシウム拮抗薬を内服している。意識は清明。脈拍72/分,整。血圧120/80mmHg。甲状腺腫を触知しない。血液所見:赤血球422万,Hb 12.8g/dL,白血球8,600。血液生化学所見:血糖104mg/dL,トリグリセリド180mg/dL,LDLコレステロール224mg/dL,Na 142mEq/L,K 4.5mEq/L,Cl 100mEq/L,ACTH 46pg/mL(基準60以下),プロラクチン〈PRL〉45ng/mL(基準15以下),TSH 52μU/mL(基準0.2~4.0),FT4 0.2ng/dL(基準0.8~2.2),コルチゾール10.2μg/dL(基準5.2~12.6)。胸部造影CTでは肺癌原発巣の縮小がみられた。 適切な対応はどれか。
- a.スタチンの投与
- b.ドパミン作動薬の投与
- c.甲状腺ホルモン薬の投与
- d.グルココルチコイドの投与
- e.免疫チェックポイント阻害薬の中止
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
医学生
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ドクター
医学生
ドクターまとめ
免疫チェックポイント阻害薬の投与中に倦怠感が現れたら、甲状腺機能障害、下垂体炎、副腎不全、1型糖尿病などの内分泌irAEを疑って検査を行います。TSH高値とFT4低値は原発性甲状腺機能低下症を示し、それに伴う高LDLコレステロール血症やTRH増加による軽度高プロラクチン血症は二次的変化なので、まずレボチロキシンによる補充を行います。内分泌irAEはステロイドではなくホルモン補充で管理し、腫瘍に奏効している免疫チェックポイント阻害薬は原則継続できます。甲状腺ホルモン補充の前には副腎機能を確認し、副腎不全が併存していればグルココルチコイドを先行させること、高齢者では少量から始めることも重要です。複数の検査異常を一つの病態で説明して治療の優先順位を決める考え方は、がん免疫療法の時代の内科診療に欠かせない視点です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・76歳男性。2週間続く全身倦怠感。全身倦怠感の原因は、内分泌異常(甲状腺・副腎・下垂体)、電解質異常、貧血、感染症、悪性腫瘍の進行、薬剤の副作用、うつ状態など幅広い。 ・進行肺腺癌に対し4か月前から免疫チェックポイント阻害薬(ICI:immune checkpoint inhibitor)を投与中 → 免疫関連有害事象(irAE:immune-related adverse events)を必ず念頭に置く。 ・TSH 52μU/mLと著明高値、FT4 0.2ng/dLと低値 → 甲状腺自体が障害されたことによる原発性甲状腺機能低下症。甲状腺腫は触知しない。 ・LDLコレステロール224mg/dL、トリグリセリド180mg/dL → 脂質異常症。甲状腺ホルモンが不足すると肝臓のLDL受容体が減少し、LDLの取り込みが落ちるためLDLコレステロールが上昇する(続発性脂質異常症)。 ・プロラクチン45ng/mLと軽度高値 → 原発性甲状腺機能低下症では視床下部からのTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)分泌が増え、TRHが下垂体のプロラクチン分泌も刺激するために生じる二次的な変化と考えられる。 ・ACTH 46pg/mL、コルチゾール10.2μg/dLはいずれも基準範囲内で、Na・K・血糖も正常 → 副腎不全や下垂体炎によるACTH分泌低下を示唆する所見はない。 ・胸部造影CTで原発巣は縮小 → ICIは有効に作用している。
診断
ICIによるirAEとしての原発性甲状腺機能低下症(それに伴う続発性脂質異常症・軽度高プロラクチン血症)。
設問の考え方
倦怠感、脂質異常、高プロラクチン血症はいずれも甲状腺機能低下症で一元的に説明できる。したがって原因である甲状腺ホルモン不足を補うことが治療の中心となる。内分泌系のirAEはホルモン補充で管理でき、腫瘍に効いているICIを中止する必要はない。甲状腺ホルモンを開始する前には副腎皮質機能が保たれていることを確認するのが原則であり、本例ではACTH・コルチゾールが正常なので、そのまま甲状腺ホルモン補充を始めてよい。
選択肢考察
- ×a. スタチンの投与
誤り。LDLコレステロール高値は甲状腺機能低下症による続発性脂質異常症と考えられ、甲状腺ホルモン補充により改善が期待できる。続発性脂質異常症ではまず原因疾患の治療を優先し、その後も持続する場合にスタチンなどを検討する。また甲状腺機能低下症の状態ではスタチンによる筋障害(ミオパチー、横紋筋融解症)が起こりやすいことも、先行投与を避ける理由となる。
- ×b. ドパミン作動薬の投与
誤り。ドパミン作動薬(カベルゴリンなど)はプロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ)などの治療薬である。本例の軽度高プロラクチン血症は、原発性甲状腺機能低下症に伴うTRH増加による二次的なもので、甲状腺ホルモン補充によってTRHが下がれば正常化が期待でき、ドパミン作動薬の適応はない。
- ○c. 甲状腺ホルモン薬の投与
正しい。TSH高値・FT4低値の原発性甲状腺機能低下症で、全身倦怠感や脂質異常症の原因となっているため、甲状腺ホルモン薬(レボチロキシン:T4製剤)による補充療法を行う。副腎機能は保たれており、補充を始めて問題ない。高齢者では虚血性心疾患などの心血管系への負担を避けるため、少量から開始してTSH・FT4をみながら漸増するのが原則である。
- ×d. グルココルチコイドの投与
誤り。ACTH・コルチゾールは基準範囲内で、低Na血症や低血糖もなく、副腎不全や下垂体炎を示唆する所見はないため、グルココルチコイド補充の適応はない。また甲状腺機能低下症のirAEは自己免疫による甲状腺の破壊が完成した状態であり、ステロイドで甲状腺機能が回復するわけではない。なお、副腎不全と甲状腺機能低下症が併存している場合には、先に甲状腺ホルモンだけを補うとコルチゾールの代謝が亢進して急性副腎不全(副腎クリーゼ)を誘発しうるため、グルココルチコイドの補充を先行させる。
- ×e. 免疫チェックポイント阻害薬の中止
誤り。ICIは肺癌に奏効しており、内分泌系のirAEは適切なホルモン補充により管理可能であるため、原則として中止せずに継続する。症状が強い場合に一時的に休薬し、補充により症状が安定すれば再開することはあるが、甲状腺機能低下症を理由に恒久的に中止する必要はない。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)とirAE
・ICIは、T細胞の働きにブレーキをかける分子(PD-1、PD-L1、CTLA-4など)を阻害し、腫瘍に対する免疫応答を強める薬剤である(例:ニボルマブ、ペムブロリズマブ、アテゾリズマブ、イピリムマブ)。 ・免疫のブレーキが外れることで自己の臓器に対する炎症(irAE)が起こりうる。皮膚障害、大腸炎、肝障害、間質性肺炎、内分泌障害、腎障害、心筋炎、重症筋無力症、神経障害など、ほぼ全身に生じうる。 ・多くのirAEでは重症度(Grade)に応じてICIの休薬・中止や副腎皮質ステロイドによる免疫抑制を行うが、内分泌irAEは例外的で、ホルモン補充療法で管理し、ICIを継続できることが多い。
内分泌irAEの代表
・甲状腺機能障害:最も頻度が高い。抗PD-1/PD-L1抗体で多い。破壊性甲状腺炎により一過性の甲状腺中毒症(TSH低値、FT4高値)が先行し、その後に甲状腺機能低下症へ移行するパターンがよくみられる。甲状腺中毒期は対症療法(β遮断薬など)で、抗甲状腺薬は使わない。機能低下期はレボチロキシンで補充する。 ・下垂体炎(下垂体機能低下症):抗CTLA-4抗体で多い。ACTH単独欠損の形をとることも多く、続発性副腎不全として倦怠感、食欲不振、低Na血症、低血糖をきたす。ヒドロコルチゾンで補充する。 ・原発性副腎不全:まれ。 ・劇症1型糖尿病を含む1型糖尿病:急激な高血糖、糖尿病ケトアシドーシスで発症しうる。インスリン治療が必須。 ・ICI投与中は、症状がなくても定期的に甲状腺機能、血糖、電解質、コルチゾール・ACTHなどを測定してスクリーニングする。
甲状腺機能低下症の臨床像
・症状:倦怠感、寒がり、体重増加、便秘、皮膚乾燥、浮腫(粘液水腫)、嗄声、徐脈、記憶力低下、うつ傾向など。 ・検査:原発性ではTSH上昇・FT4低下。高LDLコレステロール血症、CK上昇、低Na血症、高プロラクチン血症などを伴うことがある。 ・治療:レボチロキシン補充。高齢者や心疾患のある患者では少量から開始し、数週間ごとに増量する。副腎不全の合併があればグルココルチコイド補充を先行させる。
POINT
・ICI投与中の倦怠感 → irAE(特に甲状腺機能障害・下垂体炎・副腎不全・1型糖尿病)を疑い内分泌検査を行う。 ・TSH高値+FT4低値 → 原発性甲状腺機能低下症 → レボチロキシンで補充。 ・甲状腺機能低下症に伴う高LDLコレステロール血症・高プロラクチン血症は二次的変化で、原疾患の治療を優先する。 ・甲状腺ホルモン補充の前に副腎機能を確認する。副腎不全合併時はグルココルチコイドを先に補充する。 ・内分泌irAEはホルモン補充で管理し、ICIは原則継続できる。
