StudyMed医師国家試験

手を引いたら泣いて腕を下げたまま―幼児の「動かさない腕」は肘内障を疑え

第120回医師国家試験 A問題 第34問

国試問題にチャレンジ

第120回 A問題 第34問

4歳の女児。左上肢を動かさないため母親に連れられ夜間救急外来を受診した。日中,祖父母と一緒にショッピングセンターに出かけた際に,急に駆け出そうとしたため祖父がつないでいた手を引っ張ったところ,急に泣き出し左上肢を動かさなくなった。指示に従って左手指を曲げることはできるが,左肩左肘は動かそうとしない。  考えられる診断はどれか。

  1. a.上腕骨顆上骨折
  2. b.正中神経麻痺
  3. c.肘内障
  4. d.肘関節脱臼
  5. e.腕神経叢損傷

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、幼児が急に片腕を動かさなくなったときの鑑別がテーマだ。注目してほしいのは3つ。年齢、受傷機転、そして「どこが動いて、どこが動かないか」。この組み合わせで診断はかなり絞り込めるよ。
医学生医学生
腕全体を動かさないと聞くと、神経が傷ついて麻痺しているのかと心配になります。
ドクタードクター
そう感じるのは自然だね。でも手指は指示どおりに曲げられている。神経損傷による本当の麻痺なら手指の運動にも影響が出やすいから、これは痛みのせいで腕を使わない、いわゆる偽性麻痺と考えるのが妥当なんだ。
医学生医学生
痛いから動かさないだけで、神経の働き自体は保たれているということですね。
ドクタードクター
その通り。そして受傷機転は、手をつないだまま駆け出そうとした子どもの腕を大人が引っ張ったというもの。肘を伸ばした前腕に、長軸方向の牽引力が急に加わった状況だ。転倒や転落のような強い外力ではない。この年齢と機転なら、まず考えるのは肘内障だよ。
医学生医学生
整形外科の講義で、肘内障は橈骨頭の亜脱臼と習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。橈骨頭を輪状に包んで支える輪状靱帯から、橈骨頭が一部すり抜けて、靱帯が腕橈関節に嵌まり込んだ状態だ。幼児は橈骨頭が小さく靱帯も緩いから起こりやすい。好発は1〜5歳、特に2〜3歳前後。痛みで腕を体の横に下げたまま、肘は軽く曲げ前腕は回内位で動かさない、というのが典型的な姿だ。
医学生医学生
上腕骨顆上骨折も小児の肘でよく出てくるので、少し迷いました。
ドクタードクター
小児の肘周囲骨折で最も多いから、候補に挙げるのは大事だよ。ただ典型的な受傷機転は遊具からの転落や、肘を伸ばして手をついた転倒だ。肘が大きく腫れて皮下出血や変形を伴い、神経障害や上腕動脈損傷によるフォルクマン拘縮が問題になる。手を引かれただけの今回とは合わない。
医学生医学生
肘関節脱臼も同じ理由で外れますか。
ドクタードクター
そうだね。肘関節脱臼は手をついて転倒し、肘が過伸展されるような強い外力で起こることが多く、大部分は後方脱臼。著明な変形や腫脹を伴うし、年長児から成人に多い外傷だ。
医学生医学生
正中神経麻痺なら、母指と示指が曲がらない祝福の手になるんでしたよね。
ドクタードクター
その通り。高位の麻痺では祝福の手、低位では母指球筋が萎縮して対立ができない猿手になる。今回は手指を曲げられているし、正中神経だけの障害では肩や肘まで動かさないことも説明できない。
医学生医学生
腕神経叢損傷は、産科の実習で肩甲難産の後の分娩麻痺として話を聞きました。
ドクタードクター
新生児ではまさにそれが代表例だね。それ以外ではバイクや高速での転倒など、肩と頸部の間を強く引き離す大きな外力で生じる。全型なら手指も含めて上肢全体が弛緩性に麻痺し、感覚障害も伴う。軽い牽引で、手指も動く今回は考えにくい。
医学生医学生
軽い牽引、腫れや変形なし、手指は動く、の3点がそろえば肘内障ということですね。X線は撮るんですか。
ドクタードクター
肘内障はX線で異常が出ないから、診断は病歴と身体所見による臨床診断が基本だ。機転が典型的でないときや腫れ・変形があるときに、骨折を除外する目的で撮影する。治療は徒手整復で、肘を曲げながら前腕を回外する回外法や、前腕を強く回内する過回内法がある。橈骨頭を母指で押さえておくとクリックを触れ、数分から十数分で子どもが自然に腕を使い始める。固定は通常いらない。
医学生医学生
夜間救急でそれを見られたら、保護者の方もすごく安心しそうです。
ドクタードクター
そうだね。ただ再発しやすいから、子どもの手や前腕を急に強く引っ張らないよう保護者に指導することも大切だ。それから、腕を動かさない子どもでは、発熱や局所の熱感があれば化膿性関節炎や骨髄炎、説明と合わない損傷や繰り返す外傷があれば児童虐待も念頭に置く。「肘内障だろう」と決めつけず、病歴と所見が典型かどうかを確かめる姿勢を忘れないでほしい。

まとめ

肘内障は、1〜5歳の幼児が肘伸展位で前腕を急に引っ張られた際に、橈骨頭が輪状靱帯から亜脱臼して起こる病態です。直後から泣いて患肢を下げたまま動かさなくなりますが、腫脹や変形はほとんどなく、神経障害はないため手指は動かせます。上腕骨顆上骨折や肘関節脱臼は転落・転倒などの強い外力で生じて著明な腫脹・変形を伴い、正中神経麻痺や腕神経叢損傷では手指を含む運動麻痺が生じる点で鑑別できます。診断は病歴と身体所見による臨床診断が基本で、X線は骨折除外のために用い、治療は回外法や過回内法による徒手整復です。救急外来で頻繁に出会う病態だからこそ、典型像を確実に押さえたうえで、骨折、感染、虐待などの見逃してはならない疾患を意識することが大切です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・患児は4歳の女児で、肘内障の好発年齢(おおむね1〜5歳、特に2〜3歳前後)に含まれる。 ・受傷機転は「手をつないだ状態で、駆け出そうとした子どもの腕を大人が引っ張った」というもので、肘を伸ばした前腕に長軸方向の牽引力が急に加わった状況である。転倒・転落のような直達外力や、肘に強い衝撃が加わる外傷ではない。 ・直後から泣き出し、左上肢を動かさなくなった。これは痛みによって患肢の使用を避けている状態(いわゆる偽性麻痺)を示唆する。 ・指示に従って左手指を屈曲できる。手指の運動が保たれていることから、神経の損傷による真の運動麻痺は考えにくい。 ・肩・肘は動かそうとしない。肘周囲の痛みのため、上肢全体を体の横に下げたまま(典型的には肘軽度屈曲・前腕回内位)動かさない姿勢となる。

診断への考え方

幼児が手を引っ張られた直後に患肢を使わなくなり、腫脹・変形などの明らかな外傷所見の記載がなく、手指は動かせる、という組み合わせは肘内障の典型像である。肘内障は、橈骨頭(橈骨の近位端)を取り巻いて支えている輪状靱帯から橈骨頭が一部すり抜け(亜脱臼し)、靱帯が腕橈関節の間に嵌まり込むことで生じる。幼児では橈骨頭が小さく輪状靱帯も緩いため起こりやすい。 鑑別としては、骨折(上腕骨顆上骨折など)や脱臼のように強い外力で起こる外傷、神経損傷による麻痺が挙がるが、受傷機転が軽微な牽引であること、手指の運動が保たれていることから、これらは否定的と考えられる。

選択肢考察

  1. ×a.  上腕骨顆上骨折

    上腕骨顆上骨折は小児の肘周囲骨折で最も多いが、典型的な受傷機転は遊具などからの転落や、手をついて転倒した際(肘伸展位での転倒)である。肘の著明な腫脹・皮下出血・変形を伴い、合併症として正中神経・橈骨神経などの神経障害や上腕動脈損傷によるフォルクマン拘縮(前腕屈筋群の阻血性拘縮)が問題となる。本症例は手を引っ張られただけの軽い牽引で、転倒・転落の記載がないため考えにくい。

  2. ×b.  正中神経麻痺

    正中神経は前腕の屈筋群(浅指屈筋、深指屈筋の示指・中指部分、長母指屈筋など)や母指球筋を支配する。原因は外傷(上腕骨顆上骨折や手関節部の切創など)、手根管症候群などの絞扼性障害、腫瘍、神経炎などである。高位で麻痺すると母指・示指が屈曲できない「祝福の手」となり、低位の麻痺では母指球筋が萎縮して母指の対立ができない「猿手」となる。本症例は指示に従って手指を曲げられており、正中神経麻痺を積極的に疑う所見はない。また肩・肘まで動かさないことは正中神経単独の麻痺では説明できない。

  3. ○c.  肘内障

    肘を伸ばした状態で前腕を急に引っ張られたことを契機に、幼児が泣き出して患肢を下げたまま動かさなくなる、という経過が肘内障の典型である。橈骨頭が輪状靱帯から亜脱臼した状態で、痛みのため肩・肘を含めた上肢全体を使おうとしないが、神経障害はないので手指の運動は保たれる。本症例の年齢・受傷機転・症状のすべてと合致する。夜間・休日の救急外来でしばしば遭遇する病態である。

  4. ×d.  肘関節脱臼

    肘関節脱臼は手を伸ばして転倒し、肘が過伸展されるような強い外力で生じることが多く、大部分は後方脱臼である。肘の著明な変形・腫脹を伴い、骨折(内側上顆骨折など)や神経・血管損傷を合併することもある。年長児〜成人に多い外傷であり、手を引っ張られた程度の牽引で生じるとは考えにくい。

  5. ×e.  腕神経叢損傷

    腕神経叢損傷はオートバイ事故やスキーなど高速での転倒、機械への巻き込みなど、肩と頸部の間を強く引き離す大きな外力で生じる。上位型(C5・C6)では肩の挙上・肘の屈曲ができなくなり、全型では手指も含めて上肢全体が弛緩性に麻痺し、感覚障害も伴う。新生児では骨盤位分娩や肩甲難産に伴う分娩麻痺として起こる。本症例は手指を動かすことができ、受傷機転も軽微であるため考えにくい。

肘内障の概要

・病態:輪状靱帯は尺骨の橈骨切痕に付着して橈骨頭を輪状に包む靱帯である。幼児では橈骨頭・橈骨頸部の形態が未熟で靱帯も緩いため、肘伸展・前腕回内位で長軸方向に牽引されると橈骨頭が輪状靱帯から部分的に抜け出し、靱帯が腕橈関節に嵌まり込む(橈骨頭の亜脱臼)。 ・好発:1〜5歳、特に2〜3歳前後。左側にやや多いとされる(大人が利き手でない方の手で子どもの左手を引くことが多いため)。再発しやすい。 ・受傷機転:手をつないでいて引っ張られた、寝返りで腕が体の下に巻き込まれた、など。乳児では寝返りによる発症もある。 ・症状:急に泣き出し、患肢を体の横に下げたまま(肘軽度屈曲・前腕回内位)動かさない。肘外側(橈骨頭付近)に圧痛があるが、腫脹・変形はほとんどない。手指は動かせる。 ・診断:特徴的な病歴と身体所見による臨床診断が基本である。単純X線では異常を認めないため、受傷機転が典型的でない場合や腫脹・変形がある場合に、骨折を除外する目的で撮影する。超音波で輪状靱帯の嵌入を確認できることもある。 ・治療:徒手整復。回外法(肘を屈曲しながら前腕を回外する)や過回内法(前腕を強く回内する)があり、橈骨頭を母指で押さえておくと整復時のクリック(整復音)を触知できる。整復後、数分〜十数分で患児は自然に上肢を使い始める。固定は通常不要である。 ・予防:子どもの手や前腕を急に強く引っ張らないよう保護者に指導する。

小児の上肢を動かさない場合の鑑別の目安

・軽い牽引後、腫脹なし、手指は動く → 肘内障 ・転落・転倒後、肘の著明な腫脹・変形 → 上腕骨顆上骨折、上腕骨外側顆骨折、肘関節脱臼など ・発熱、局所の熱感・腫脹 → 化膿性関節炎、骨髄炎 ・新生児、分娩時の難産 → 分娩麻痺(腕神経叢損傷)、鎖骨骨折 ・繰り返す外傷、説明と矛盾する損傷 → 児童虐待も念頭に置く

POINT

・肘内障:1〜5歳の幼児が手を引っ張られた直後に泣いて上肢を下げたまま動かさない。腫脹・変形はなく、手指は動く。 ・病態は輪状靱帯からの橈骨頭の亜脱臼。X線では異常なし(骨折除外目的に撮影)。 ・治療は徒手整復(回外法・過回内法)で、整復時にクリックを触知し、その後すぐ上肢を使い始める。 ・上腕骨顆上骨折・肘関節脱臼は転落・転倒など強い外力で生じ、著明な腫脹・変形を伴う。 ・手指の運動が保たれていれば、神経麻痺(正中神経麻痺、腕神経叢損傷)は否定的。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。