フライパンが持てない調理師の手首―母指を握って尺屈で痛むde Quervain病
第119回医師国家試験 A問題 第39問
国試問題にチャレンジ
48歳の女性。左手関節痛を主訴に来院した。1か月前からフライパンなどを持つときに左手関節痛がある。外傷歴はない。職業は調理師で1日8時間を週6日間,厨房で作業を行っている。左手関節橈側に腫脹と圧痛を認める。筋力低下と感覚障害を認めない。指関節に異常を認めない。左母指を他の4指で握り込み,手関節を尺屈させると疼痛が誘発される。右手に症状はない。 考えられる疾患はどれか。
- a.ばね指
- b.関節リウマチ
- c.手根管症候群
- d.肘部管症候群
- e.de Quervain病
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
手を酷使する中年女性の手関節橈側の痛みで、母指を握り込んで手関節を尺屈させると疼痛が誘発される(Eichhoff/Finkelsteinテスト陽性)場合は、de Quervain病を考えます。本症は手背第1区画を通る長母指外転筋腱と短母指伸筋腱の狭窄性腱鞘炎で、妊娠・授乳期の女性にも多くみられます。感覚障害や筋力低下を伴えば手根管症候群や肘部管症候群などの絞扼性神経障害を、指の付け根の弾発現象があればばね指を、対称性の多発関節炎なら関節リウマチを考えるというように、痛みの部位と神経症状の有無で鑑別を進めます。治療は安静・固定・ステロイド注射などの保存療法が基本で、難治例では腱鞘切開術を行います。伸筋支帯の区画という解剖学的知識と誘発手技の意味を結びつけて理解することが、手の外来診療の基礎になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・48歳女性。1か月前から、フライパンなど重い物を持つときに左手関節が痛む。外傷歴はない。 ・調理師として1日8時間・週6日、厨房で手を酷使している。 ・左手関節の橈側(母指側)に腫脹と圧痛がある。 ・筋力低下や感覚障害はなく、神経障害を示す所見はない。 ・指関節に異常はなく、右手には症状がない(片側性)。 ・母指を他の4指で握り込んだ状態で手関節を尺屈させると痛みが誘発される。
診断へのプロセス
外傷歴がなく、特定の動作(物を把持して手首に負荷をかける動作)で痛みが出現していることから、骨折などの外傷ではなく、使い過ぎ(overuse)による腱・腱鞘の炎症を考える。痛みと腫脹・圧痛の部位は手関節橈側、すなわち橈骨茎状突起付近である。 母指を握り込んで手関節を尺屈させる手技はEichhoffテスト(わが国ではFinkelsteinテストとして扱われることも多い)であり、この手技で母指を伸展・外転させる腱が伸張され、橈骨茎状突起部で疼痛が誘発されれば陽性である。これは手背第1区画(伸筋支帯の最も橈側のトンネル)を通る長母指外転筋腱と短母指伸筋腱の狭窄性腱鞘炎、すなわちde Quervain病に特徴的な所見である。 神経症状がないことから絞扼性神経障害(手根管症候群、肘部管症候群)は否定的であり、指関節に異常がなく片側の限局した症状であることから関節リウマチも考えにくい。
設問の考え方
手関節橈側の痛み+手の使い過ぎ+Eichhoff(Finkelstein)テスト陽性という組み合わせからde Quervain病と診断する。好発は手を多く使う中年女性や、妊娠・出産期・授乳期の女性である。
選択肢考察
- ×a. ばね指
ばね指は、手指の屈筋腱が中手骨頭部掌側にある靱帯性腱鞘(A1プーリー)を通過する部分で生じる狭窄性腱鞘炎である。指の付け根(MP関節掌側)の圧痛・腫脹、指の屈伸時の引っかかり(弾発現象、ばね現象)が特徴で、進行すると指が曲がったまま伸びなくなる。病変部位は手関節ではなく指の付け根であり、本症例では指関節に異常がなく弾発現象もみられないため該当しない。
- ×b. 関節リウマチ
関節リウマチは滑膜の炎症を主体とする全身性の自己免疫疾患で、手指の近位指節間(PIP)関節・中手指節(MP)関節や手関節などに、左右対称性の多発関節炎をきたすことが多い。朝のこわばりを伴うことが多い。本症例は片側の手関節橈側に限局した痛みで、指関節に異常がなく、特定の動作で誘発される痛みであることから考えにくい。
- ×c. 手根管症候群
手根管症候群は、手根骨と横手根靱帯で囲まれた手根管の中で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害である。母指・示指・中指と環指の橈側半分のしびれや感覚障害が主症状で、夜間や明け方に増悪しやすい。進行すると母指球筋の萎縮と母指の対立運動障害(猿手)をきたす。Phalenテスト(手関節の掌屈保持でしびれが誘発)やTinel徴候が陽性となる。本症例は感覚障害も筋力低下もないため否定的である。
- ×d. 肘部管症候群
肘部管症候群は、肘関節内側の肘部管で尺骨神経が圧迫・牽引される絞扼性神経障害である。小指と環指尺側のしびれ・感覚障害、骨間筋の萎縮、進行すると鷲手変形をきたし、Froment徴候(母指内転筋の筋力低下を長母指屈筋で代償し、母指IP関節が屈曲する)が陽性となる。病変部位は肘であり、手関節橈側の痛みとは合わず、神経症状もないため否定的である。
- ○e. de Quervain病
de Quervain病は、手関節背側の第1区画を通る長母指外転筋腱と短母指伸筋腱が、橈骨茎状突起部の腱鞘で締め付けられて起こる狭窄性腱鞘炎である。手を酷使する人、中年女性、妊娠・授乳期の女性に多い。橈骨茎状突起部の疼痛・腫脹・圧痛があり、母指を握り込んで手関節を尺屈させる手技(Eichhoff/Finkelsteinテスト)で疼痛が誘発される。本症例は調理師という手を酷使する職業、手関節橈側の腫脹と圧痛、この誘発テスト陽性、神経症状がないことのすべてが合致する。
de Quervain病の診断と治療
・病態:伸筋支帯の下には伸筋腱が通る6つの区画(トンネル)があり、最も橈側の第1区画には長母指外転筋腱と短母指伸筋腱が通る。母指や手関節の反復動作で腱と腱鞘がこすれ合い、腱鞘が肥厚して腱の滑走が妨げられる。第1区画内に隔壁があり、2つの腱が別々の区画に分かれている例では難治性になりやすい。 ・誘発テスト:Eichhoffテストは患者自身が母指を握り込んで手関節を尺屈させる方法、Finkelsteinテストは検者が患者の母指をつかんで手関節を尺屈させる方法(原法)である。わが国では両者を区別せずFinkelsteinテストと呼ぶことも多い。 ・治療:まず保存療法(局所の安静、母指を含めた装具・シーネ固定、消炎鎮痛薬の外用・内服、腱鞘内ステロイド注射)を行う。改善しない場合は第1区画の腱鞘切開術を行う。手術では橈骨神経浅枝を損傷しないよう注意する。
手関節・手指の痛みをきたす主な疾患
・ばね指:屈筋腱のA1プーリーでの狭窄性腱鞘炎。指の付け根の痛みと弾発現象。 ・母指CM関節症:第1中手骨と大菱形骨の間の手根中手関節(CM関節)の変形性関節症。つまみ動作やビンのふたを開ける動作で母指の付け根が痛む。中高年女性に多い。 ・手根管症候群:正中神経の絞扼。妊娠・更年期女性、透析患者、手の使い過ぎに多い。 ・Kienböck病:月状骨の無腐性壊死。手をよく使う青壮年の男性に多い。 ・ガングリオン:関節包や腱鞘から発生し、ゼリー状の内容物を含む嚢腫。手関節背側に多く、若い女性に多い。 ・外傷:橈骨遠位端骨折(Colles骨折、Smith骨折)、舟状骨骨折(嗅ぎタバコ窩の圧痛)。
POINT
・手を酷使する中年女性・妊娠授乳期女性の手関節橈側の痛み → de Quervain病を考える。 ・病変は手背第1区画(長母指外転筋腱・短母指伸筋腱)の狭窄性腱鞘炎。 ・母指を握り込んで手関節を尺屈させると疼痛 → Eichhoff(Finkelstein)テスト陽性。 ・感覚障害・筋力低下がなければ絞扼性神経障害(手根管症候群・肘部管症候群)は否定的。 ・ばね指は指屈筋腱のA1プーリーでの腱鞘炎で、弾発現象が特徴。
