一晩で指から上腕へ―ガスのない「人食いバクテリア」を見抜くGram染色
第119回医師国家試験 D問題 第24問
国試問題にチャレンジ
68歳の女性。右上肢の腫れと強い痛みを主訴に来院した。昨夜から右中指の腫れと痛みを自覚していたが,今朝には腫脹と強い痛みが上腕まで拡大し,我慢することが出来なくなったため受診した。既往歴に特記すべきことはない。意識は清明。体温37.9℃。脈拍112/分,整。血圧82/60mmHg。呼吸数24/分。SpO2 99%(room air)。右手から上腕部の腫脹と圧痛を認める。右中指から手首にかけての皮膚所見(A)を下に示す。血液所見:Hb 12.3g/dL,白血球16,300,血小板20万。血液生化学所見:アルブミン3.0g/dL,総ビリルビン0.8mg/dL,AST 88U/L,ALT 20U/L,LD 310U/L(基準124~222),CK 720U/L(基準41~153),尿素窒素22mg/dL,クレアチニン1.2mg/dL。CRP 30mg/dL。右上腕造影CTでは筋間組織に液体貯留と筋肉内の造影不良域を認めるが,ガス像は認めない。来院翌日に陽性となった血液培養のボトル内容のGram染色標本(B)を下に示す。 原因微生物はどれか。

- a.Clostridium perfringens
- b.Pseudomonas aeruginosa
- c.Staphylococcus aureus
- d.Streptococcus pyogenes
- e.Vibrio vulnificus
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
皮膚所見に比べて不釣り合いに強い痛み、数時間単位での急速な拡大、ショックを伴う軟部組織感染症では、蜂窩織炎ではなく壊死性筋膜炎を疑い、CK上昇やCTでの筋膜に沿った液体貯留・筋壊死が診断を支持します。基礎疾患のない人に発症し、ガス像がなく、血液培養のGram染色で鎖状に並ぶGram陽性球菌がみられれば、A群β溶血性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)による劇症型溶血性レンサ球菌感染症を考えます。ガス像があればClostridium属、肝硬変と海水・魚介類曝露があればVibrio vulnificus、房状の陽性球菌なら黄色ブドウ球菌と、背景と染色像で鑑別を進めます。治療の柱は緊急デブリドマンで、ペニシリン系に毒素産生を抑えるクリンダマイシンを併用し、循環管理を並行します。「見た目と痛みの乖離」に気づき、Gram染色で菌を絞り込む力は、時間との勝負になる重症感染症の診療に欠かせません。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・68歳女性。既往歴に特記事項なく、易感染性をきたす基礎疾患(糖尿病、肝硬変など)は示されていない。 ・前夜に右中指の腫れと痛みで始まり、翌朝には腫脹と激痛が上腕まで広がっている。半日程度で病変が指から上腕へ進展しており、きわめて急速な経過である。 ・脈拍112/分、血圧82/60mmHg、呼吸数24/分。頻脈と低血圧を伴い、ショック状態にある。意識は清明、体温37.9℃。 ・皮膚所見(A):中指から手首にかけて、皮膚が暗紫色〜黒色に変色し、先端部には壊死・潰瘍を思わせる変化がみられ、その周囲に発赤が広がる。 ・白血球16,300、CRP 30mg/dLと炎症反応が著明に高い。CK 720U/L、LD 310U/L、AST 88U/L(ALT 20U/Lとの解離)は筋組織の傷害を示唆する。クレアチニン1.2mg/dLと腎機能の軽度低下、アルブミン3.0g/dLと低下もある。 ・造影CT:筋膜に沿った筋間の液体貯留と、筋肉内の造影不良域(壊死を示唆)を認めるが、ガス像はない。 ・血液培養陽性ボトルのGram染色(B):紫色に染まる(Gram陽性)球菌が数珠のように鎖状につながって並んでいる。
診断へのプロセス
皮膚表面の所見に比べて痛みが不釣り合いに強く、数時間単位で病変が拡大し、ショックを伴う軟部組織感染症では、まず壊死性軟部組織感染症(壊死性筋膜炎)を考える。CTで筋膜・筋間に沿った液体貯留と筋壊死が示されたことはこれを支持する。 壊死性筋膜炎の起炎菌を絞り込む手がかりは次の3点である。 (1) ガス像がないこと:ガス産生菌(Clostridium属など)によるガス壊疽は考えにくい。 (2) 基礎疾患がない健常な高齢者に突然発症していること:肝硬変などを背景とするVibrio vulnificus感染症の典型像とは合わない。 (3) 血液培養のGram染色で連鎖状のGram陽性球菌が見えること:連鎖球菌属を示す。 以上から、A群β溶血性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)による壊死性筋膜炎と、それに伴う劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome:STSS)を最も考える。本例はショックに加え、軟部組織壊死、腎機能低下などの臓器障害を伴っており、この病態に合致する。
敗血症としての評価
qSOFA(quick SOFA:意識変容、呼吸数22/分以上、収縮期血圧100mmHg以下の3項目)のうち2項目(呼吸数24/分、収縮期血圧82mmHg)を満たしており、敗血症を強く疑う状況である。治療は緊急の外科的デブリドマンと抗菌薬(ペニシリン系+クリンダマイシン)、および循環管理を並行して行う。
選択肢考察
- ×a. Clostridium perfringens
ウェルシュ菌。土壌や動物の腸管内に存在する偏性嫌気性のGram陽性桿菌(太く大きな桿菌)である。外傷創の汚染などからガス壊疽(クロストリジウム性筋壊死)を起こし、組織内にガスを産生するため触診で握雪感、画像でガス像を認めるのが特徴である。また食中毒の原因菌でもある。本例はCTでガス像がなく、Gram染色も球菌であるため合わない。
- ×b. Pseudomonas aeruginosa
緑膿菌。ブドウ糖非発酵のGram陰性桿菌で、環境中(水回りなど)に広く分布する。主に免疫不全患者や入院患者での日和見感染(院内肺炎、カテーテル関連感染、熱傷創感染など)の原因となる。カルバペネム系、アミノグリコシド系、フルオロキノロン系のすべてに耐性を示すものは多剤耐性緑膿菌(MDRP)とよばれる。健常者に急速進行する壊死性筋膜炎を起こす代表菌ではなく、Gram染色でも陰性桿菌であるため本例には合わない。
- ×c. Staphylococcus aureus
黄色ブドウ球菌。Gram陽性球菌であるが、Gram染色ではブドウの房のような不規則な集塊(クラスター)を形成して見えるのが特徴で、本例のような鎖状配列とは異なる。伝染性膿痂疹、癤・癰、蜂巣炎(蜂窩織炎)、膿瘍などの化膿性皮膚軟部組織感染症や、毒素性ショック症候群の原因となり、壊死性筋膜炎の原因菌にもなりうる(MRSAを含む)。しかしGram染色所見が連鎖状である本例では最も考えにくい。
- ○d. Streptococcus pyogenes
A群β溶血性連鎖球菌(化膿レンサ球菌)。Gram陽性球菌で、Gram染色では菌が鎖状に連なって見える。本例の血液培養所見に一致する。基礎疾患のない健常者にも発症し、四肢の壊死性筋膜炎から数時間〜1日程度でショック・多臓器不全に至る劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)を起こすことがあり、俗に「人食いバクテリア」とよばれる。発熱外毒素(スーパー抗原として働く)などの毒素が病態に関わる。急速進行する激痛と皮膚壊死、ショック、ガス像のない筋膜・筋の壊死、連鎖状Gram陽性球菌の菌血症という本例の所見すべてと矛盾しない。なお本菌は、咽頭炎や伝染性膿痂疹のほか、感染後数週を経て発症する非化膿性合併症としてリウマチ熱(Ⅱ型アレルギー)や急性糸球体腎炎(Ⅲ型アレルギー)の原因にもなる。
- ×e. Vibrio vulnificus
ビブリオ・バルニフィカス。好塩性のGram陰性桿菌で、夏季の温暖な海水や汽水域、魚介類に存在する。健常者ではほとんど発症しないが、肝硬変などの肝疾患(特に鉄過剰状態)、糖尿病、免疫抑制状態の患者が生の魚介類を摂取したり、海水で創が汚染されたりすると、急速に進行する壊死性筋膜炎や敗血症を起こし、致死率が高い。壊死性筋膜炎を起こす点は本例と共通するが、本例には肝疾患などの基礎疾患や海水・魚介類への曝露歴がなく、Gram染色も陽性球菌であるため合わない。
壊死性筋膜炎(壊死性軟部組織感染症)
皮下脂肪組織から浅層筋膜に沿って感染と壊死が急速に広がる重症軟部組織感染症である。起炎菌により大きく2型に分けられる。 ・Ⅰ型(多菌種混合型):嫌気性菌と腸内細菌科細菌などの混合感染。糖尿病、末梢血管疾患、術後、会陰部(Fournier壊疽)などが背景となりやすい。ガス産生を伴うことがある。 ・Ⅱ型(単一菌型):主にA群連鎖球菌(ときに黄色ブドウ球菌)による。健常者にも生じ、四肢に多い。 このほかVibrio vulnificus(肝硬変患者と海水・魚介類)、Aeromonas属(淡水曝露)なども特殊な起炎菌として知られる。
蜂巣炎との鑑別に役立つ所見
・皮膚所見に比べて不釣り合いに強い疼痛 ・数時間単位での急速な病変拡大 ・皮膚の暗紫色変化、水疱・血疱、壊死、知覚低下 ・ショックや臓器障害などの全身症状 ・CK上昇、CTでの筋膜に沿った液体貯留 確定診断は外科的試験切開による筋膜の壊死確認(指で筋膜が容易に剝離される、悪臭のある灰色の滲出液など)であり、疑った時点で外科へ相談する。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)
主にA群連鎖球菌(近年はG群などのβ溶血性連鎖球菌も)による。ショックに加え、腎障害、肝障害、凝固異常(DIC)、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、全身性紅斑性発疹、軟部組織壊死などの多臓器障害を伴う。わが国では感染症法の5類感染症(全数把握)であり、診断後7日以内に届け出る。
治療
・緊急の外科的デブリドマン(壊死組織の広範な切除。必要なら四肢切断):壊死部は血流が乏しく抗菌薬が届きにくいため、手術が治療の柱となる。 ・抗菌薬:A群連鎖球菌と確定すればペニシリン系(ペニシリンG大量など)にクリンダマイシンを併用する。クリンダマイシンはタンパク合成を阻害して毒素産生を抑制し、菌量が多く増殖が停滞した状態でもβ-ラクタム系の効果低下(Eagle効果)を補うと考えられている。起炎菌が不明な段階では広域の抗菌薬(MRSAも考慮)で開始する。 ・ショックに対する輸液・昇圧薬などの集中治療。重症例では免疫グロブリン製剤の併用が検討されることもある。
Gram染色の基本
・Gram陽性球菌:鎖状=連鎖球菌、房状(クラスター)=ブドウ球菌、ランセット型の双球菌=肺炎球菌 ・Gram陽性桿菌:Clostridium属(大型)、Listeria、Bacillusなど ・Gram陰性桿菌:腸内細菌科、緑膿菌、Vibrio属など
POINT
・皮膚所見に比べ不釣り合いな激痛、急速な拡大、ショック → 壊死性筋膜炎を疑い、緊急デブリドマンを検討する。 ・健常者に発症し、ガス像がなく、血液培養で連鎖状のGram陽性球菌 → A群連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)による劇症型溶血性レンサ球菌感染症。 ・ガス像あり → Clostridium属(ガス壊疽)や混合感染を考える。 ・肝硬変患者+海水・生の魚介類 → Vibrio vulnificus(Gram陰性桿菌)。 ・Gram陽性球菌の配列:鎖状は連鎖球菌、房状はブドウ球菌。 ・治療はデブリドマン+ペニシリン系+クリンダマイシン(毒素産生抑制)。
