胃はなぜ「吸収しない臓器」なのか―ただひとつ通り抜けるエタノールの秘密
第119回医師国家試験 C問題 第17問
国試問題にチャレンジ
胃から吸収されるのはどれか。
- a.鉄
- b.葉酸
- c.脂肪酸
- d.エタノール
- e.グルコース
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃は粘液層と密着結合によるバリア構造をもち、絨毛・微絨毛による広い吸収面積や栄養素の輸送体をほとんど欠くため、栄養素の吸収はわずかです。例外的に胃から吸収される代表がエタノールで、小さく脂溶性もある分子のため単純拡散で膜を通過しますが、胃からの吸収は全体の約2割にとどまり、約8割は小腸で吸収されるため胃排出の速さが血中濃度の上昇を左右します。鉄・葉酸は十二指腸〜空腸上部、脂肪酸・グルコースはミセル形成や輸送体を介して小腸、ビタミンB12・胆汁酸は回腸末端で吸収されます。部位ごとの吸収物質を整理しておくと、胃切除後の鉄欠乏性貧血やビタミンB12欠乏、骨代謝障害といった臨床上の問題を予測し、長期フォローに生かすことができます。
解答・解説
正解はdです
胃の主な役割は、食物を一時的に貯留し、胃酸とペプシンで消化を始め、粥状にして少しずつ十二指腸へ送り出すことである。胃粘膜は表面を粘液層で覆われ、上皮細胞どうしが密着結合(タイトジャンクション)で強く結ばれているうえ、小腸のような絨毛や微絨毛による広い吸収面積も、栄養素を運ぶ専用の輸送体もほとんどもたない。そのため、栄養素の大部分は小腸で吸収され、胃から吸収される物質は限られる。 胃から吸収されうるのは、特別な輸送体を必要とせず、細胞膜(脂質二重層)を単純拡散で通り抜けられる小さな分子や脂溶性の分子である。その代表がエタノール(アルコール)であり、ほかにアスピリンなどの弱酸性薬物(酸性の胃内では非イオン型の割合が増え、膜を通りやすい)や水の一部が挙げられる。 したがって本問は、「輸送体を介して小腸で吸収される栄養素(鉄・葉酸・脂肪酸・グルコース)」と「単純拡散で胃からも吸収されるエタノール」を区別できるかを問うている。
選択肢考察
- ×a. 鉄
鉄の主な吸収部位は十二指腸から空腸上部である。食物中の非ヘム鉄(主に植物性食品に含まれ、多くは3価鉄Fe3+)は、胃酸や食物中のビタミンCの働き、さらに十二指腸粘膜の還元酵素(十二指腸シトクロムb)によって2価鉄Fe2+となり、2価金属輸送体DMT1を介して小腸上皮細胞に取り込まれる。ヘム鉄(肉や魚に含まれるヘムに結合した鉄)はヘムのまま別の経路で取り込まれ、非ヘム鉄より吸収率が高い。胃酸は鉄を吸収しやすい形に整える働きをもつが、吸収そのものは胃では起こらない。このため胃切除後や胃酸分泌抑制薬の長期使用では鉄欠乏性貧血をきたしやすい。
- ×b. 葉酸
葉酸は主に空腸(十二指腸〜空腸上部)で吸収される。食物中の葉酸の多くはグルタミン酸が複数つながったポリグルタミン酸型であり、小腸刷子縁の酵素(葉酸コンジュガーゼ)によってモノグルタミン酸型に分解されてから、輸送体(プロトン共役型葉酸輸送体など)を介して取り込まれる。葉酸はDNA合成に必要な補酵素として働き、欠乏すると巨赤芽球性貧血を、妊娠初期の不足では胎児の神経管閉鎖障害(二分脊椎、無脳症など)のリスクを高める。
- ×c. 脂肪酸
食物中の脂肪(主にトリグリセリド)は、胆汁酸による乳化と膵リパーゼによる分解を受けて脂肪酸とモノグリセリドになり、胆汁酸とともにミセルを形成して小腸(主に空腸)の上皮細胞に取り込まれる。長鎖脂肪酸は上皮細胞内でトリグリセリドに再合成され、カイロミクロンとしてリンパ管(乳び管)に入り、胸管を経て静脈系(大循環)へ入る。中鎖脂肪酸はミセル形成をほとんど必要とせず、そのまま門脈を経て肝臓へ運ばれる。いずれも吸収部位は小腸であり、胃ではない。
- ○d. エタノール
エタノールは分子量が小さく(約46)、水にも脂質にもなじむ性質をもつため、輸送体を必要とせず単純拡散で細胞膜を通過でき、胃粘膜からも吸収される。摂取したエタノールのおよそ20%が胃から、残りのおよそ80%が小腸(特に十二指腸・空腸上部)から吸収される。小腸の方が吸収面積が大きく吸収が速いため、胃内容物の排出速度が血中アルコール濃度の上昇に大きく影響する。空腹時や胃切除後では胃から小腸への移行が速く、血中濃度が急速に高くなりやすい。逆に食物とともに飲むと胃内にとどまる時間が延び、吸収は緩やかになる。
- ×e. グルコース
でんぷんなどの糖質は、唾液や膵液のアミラーゼで二糖類などに分解され、さらに小腸刷子縁の二糖類分解酵素(マルターゼ、スクラーゼ、ラクターゼなど)による膜消化で単糖となる。グルコースは小腸上皮細胞の管腔側にあるナトリウム依存性グルコース輸送体SGLT1によるNa+との共輸送(二次性能動輸送)で取り込まれ、基底膜側のGLUT2を通って血中へ出て、門脈を経て肝臓へ運ばれる。輸送体を必要とするため、胃からはほとんど吸収されない。
消化管の部位と主な吸収物質
・胃:エタノール、一部の弱酸性薬物(アスピリンなど)、水の一部。栄養素はほとんど吸収されない。 ・十二指腸〜空腸上部:鉄、カルシウム、葉酸など。 ・空腸:糖質(単糖)、アミノ酸・ペプチド、脂質、水溶性・脂溶性ビタミンの大部分。 ・回腸末端:ビタミンB12(胃壁細胞が分泌する内因子と結合した形で吸収される)、胆汁酸(腸肝循環)。 ・大腸:水と電解質(Na+)、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸。
胃が栄養素を吸収しにくい理由
・粘液層と密着結合により、物質が通り抜けにくいバリア構造になっている。 ・絨毛・微絨毛がなく、吸収面積が小腸に比べて非常に小さい。 ・グルコースやアミノ酸などの栄養素を運ぶ輸送体がほとんど発現していない。
胃切除後に起こりやすい吸収障害
・鉄欠乏性貧血:胃酸減少による非ヘム鉄の還元・可溶化の低下、十二指腸を食物が通らない再建法(Billroth II法、Roux-en-Y法)による吸収部位の迂回。 ・ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血:胃全摘で内因子が失われるため。体内の貯蔵量が多いので、術後数年たってから発症する。 ・骨粗鬆症などの骨代謝障害:カルシウムやビタミンDの吸収低下による。
POINT
・胃から吸収される代表的な物質はエタノールである(約20%が胃、約80%が小腸)。 ・エタノールは小さな分子で単純拡散により膜を通過できるため、輸送体を持たない胃からも吸収される。 ・鉄・葉酸は十二指腸〜空腸上部、脂肪酸・グルコースは小腸、ビタミンB12・胆汁酸は回腸末端で吸収される。
