腫瘤なき嗄声―「2枚の内視鏡像」が映し出す声帯の動きと反回神経麻痺
第118回医師国家試験 F問題 第36問
国試問題にチャレンジ
60歳の女性。嗄声を主訴に来院した。1か月前から声がかすれることに気付いた。様子をみていたが症状が改善しないため受診した。安静呼吸時と発声時の喉頭内視鏡像(A,B)を示す。 考えられるのはどれか。

- a.声帯癌
- b.声帯結節
- c.声帯ポリープ
- d.声帯麻痺
- e.ポリープ様声帯
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
1か月以上持続する嗄声は、急性喉頭炎では説明しにくく、器質的病変か声帯の運動障害を疑って喉頭内視鏡で評価します。安静呼吸時と発声時の像を比べ、腫瘤や白色病変、浮腫などがないのに片側の声帯が外転・内転しない場合は声帯麻痺であり、画像の右側が患者の左声帯にあたる点に注意が必要です。声帯結節は両側対称の小結節、声帯ポリープは多くが片側の平滑な腫瘤、ポリープ様声帯は両側全長の浮腫状腫大、声帯癌は粘膜不整や白色病変として見えるため、形の異常か動きの異常かで鑑別できます。反回神経は大動脈弓を回る左側で障害されやすく、甲状腺癌、肺癌、食道癌、胸部大動脈瘤、術後などが原因となるため、声帯麻痺を見たら頸部・胸部の画像検査で原因を探すことが重要です。嗄声という身近な症状の背後に重大な疾患が隠れうることを学ぶ点で、この問題は臨床推論の良い題材といえます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・60歳の女性 ・1か月前から持続する嗄声(声のかすれ)で、自然軽快していない ・喉頭内視鏡で安静呼吸時(A)と発声時(B)の2枚が提示されている
臨床経過からの考え方
感冒に伴う急性喉頭炎・声帯炎による嗄声であれば、通常は数日から2週間程度で改善する。1か月にわたり改善しない嗄声は、器質的病変(腫瘍、ポリープなど)か、声帯の運動障害(声帯麻痺)を疑い、喉頭内視鏡で原因を確認すべき状態である。特に中高年で持続する嗄声では、声帯癌のほか、反回神経の走行経路にある甲状腺・肺・食道・縦隔・大動脈の病変による声帯麻痺を念頭に置く必要がある。
内視鏡像の読み方
喉頭内視鏡像は、患者と向かい合う方向から見下ろしているため、画像の右側が患者の左声帯にあたる。 ・声帯の表面には腫瘤、白色病変、粗造な粘膜、浮腫などの器質的変化を認めない。 ・安静呼吸時(A)には本来左右の声帯が外転して声門が大きく開くはずだが、画像右側(患者の左)の声帯は外転せず正中寄りにとどまり、左右が非対称である。患側声帯は萎縮によりやや弓状にみえる。 ・発声時(B)には左右の声帯が正中で閉じるはずだが、患側声帯の動きが不十分なため声門に隙間が残っている(声門閉鎖不全)。
診断
声帯に器質的病変がなく、呼吸時・発声時を比べると片側(左)の声帯が動いていないことから、左声帯麻痺と判断できる。発声時の声門閉鎖不全により息が漏れ、気息性嗄声(息もれのある、かすれた声)を生じている。 本問のように「安静呼吸時と発声時」の2枚が並べて提示される場合は、声帯の形態ではなく「動き」をみるよう求められていると考えるとよい。器質的疾患であれば1枚の画像で病変そのものが示されるのが通常である。
選択肢考察
- ×a. 声帯癌
声帯癌(声門癌)は喫煙歴のある高齢男性に多く、早期から嗄声を呈する。内視鏡では声帯粘膜の粗造化、白色病変(白板症様)、不整な隆起性・潰瘍性病変などを認める。本例では声帯に腫瘍性病変を認めないため否定的である。なお進行した声門癌では声帯固定(声帯の可動性消失)を生じることがあるが、その場合は腫瘍性病変を伴う。
- ×b. 声帯結節
声帯結節は声の酷使(歌手、教師、保育士、小児など)によって生じ、声帯の前1/3と中1/3の境界付近(膜様部の中央)に、通常両側対称性の小さな結節として現れる。発声時に結節同士が接触して声門閉鎖を妨げる。本例の内視鏡像にはこのような結節は認めず、声帯の運動障害が主体であるため該当しない。
- ×c. 声帯ポリープ
声帯ポリープは急激な声の酷使などを契機に、多くは片側の声帯前方〜中央の遊離縁に生じる表面平滑な広基性または有茎性の腫瘤である。本例では声帯にポリープ状の腫瘤を認めず、声帯の可動性の左右差が所見の中心であるため誤りである。
- ○d. 声帯麻痺
声帯に器質的病変を認めない一方、安静呼吸時に画像右側(患者の左)の声帯が外転せず左右非対称であり、発声時にも患側声帯が正中まで十分に内転できず声門に隙間が残っている。これは片側の声帯の運動障害、すなわち左声帯麻痺(左反回神経麻痺)の所見である。声門閉鎖不全による息もれのため気息性嗄声を呈し、1か月持続する経過とも合致する。診断後は原因検索として頸部〜胸部の画像検査(CTなど)で甲状腺、肺、食道、縦隔リンパ節、大動脈の病変を調べる必要がある。
- ×e. ポリープ様声帯
ポリープ様声帯(ラインケ浮腫)は、声帯粘膜直下のラインケ腔に浮腫が生じ、声帯全長にわたって両側性に浮腫状・ポリープ状に腫大する疾患である。喫煙との関連が強く、中年以降の女性に多い。声は低く太くなる(低音化した嗄声)。本例では声帯の浮腫状腫大を認めないため誤りである。
声帯の運動と支配神経
声帯を動かす内喉頭筋のうち、輪状甲状筋(声帯を緊張させる)は上喉頭神経外枝の支配であり、それ以外の内喉頭筋はすべて反回神経(下喉頭神経)の支配である。声帯を外転させる(声門を開く)唯一の筋は後輪状披裂筋であり、これも反回神経支配である。反回神経はいずれも迷走神経の枝である。
反回神経の走行と麻痺の原因
・右反回神経は右鎖骨下動脈を、左反回神経は大動脈弓を前方から後方へくぐってUターンし、気管と食道の間の溝を上行して喉頭に入る。 ・左のほうが胸腔内を長く走行するため障害を受けやすく、左反回神経麻痺の頻度が高い。 ・主な原因:甲状腺癌、甲状腺手術・頸部手術後、肺癌(特に左上葉・縦隔リンパ節転移)、食道癌、胸部大動脈瘤(左)、縦隔腫瘍、心臓・大血管手術後、気管挿管後、ウイルス感染、特発性など。喉頭癌・下咽頭癌の浸潤による声帯固定もある。 ・したがって声帯麻痺を認めたら、頸部・胸部の画像検査で原因を検索することが重要である。
症状
・片側麻痺:声門閉鎖不全による気息性嗄声、発声持続時間の短縮、誤嚥(特に水分でむせる)。呼吸困難は通常生じない。 ・両側麻痺:両側声帯が正中付近で固定すると声はある程度保たれるが、声門が狭くなり吸気性喘鳴・呼吸困難をきたし、気管切開が必要となることがある。
治療
原因疾患の治療に加え、麻痺が回復しない場合は音声治療、声帯内注入術、甲状軟骨形成術I型(披裂軟骨内転術を併用することもある)などで声門閉鎖を改善させる。
嗄声をきたす主な疾患の内視鏡所見の比較
・声帯結節:両側対称性、声帯前1/3と中1/3の境界付近の小結節 ・声帯ポリープ:多くは片側性、表面平滑な腫瘤 ・ポリープ様声帯:両側声帯全長の浮腫状腫大、喫煙者に多い ・声帯癌:粘膜不整、白色病変、隆起・潰瘍、進行例で声帯固定 ・声帯麻痺:器質的病変なし、片側声帯の運動障害、発声時の声門間隙
POINT
・喉頭内視鏡像は画像の右が患者の左声帯である。 ・安静呼吸時と発声時の2枚が示されたら、声帯の「動き」を比較する。 ・器質的病変がなく片側声帯が動かない→声帯麻痺(反回神経麻痺)。気息性嗄声を呈する。 ・反回神経麻痺は大動脈弓を回る左側に多く、甲状腺癌・肺癌・食道癌・胸部大動脈瘤・術後などの原因検索が必須である。 ・声帯結節は両側対称、声帯ポリープは片側、ポリープ様声帯は両側全長の浮腫、声帯癌は粘膜不整・白色病変。
