別れ話と過量服薬―「エピソード」ではなく「生き方のパターン」を読む
第118回医師国家試験 D問題 第59問
国試問題にチャレンジ
24歳の女性。職場で過量服薬を繰り返すため通院中の精神科を受診した。小学生までは生活面と成績に問題なく,教師から高い評価を受けていた。中学生ごろから学校で突然怒り出すようになり,高校生から男性と交際して別れることを繰り返すようになった。20歳ごろから交際相手と別れ話が出るたびに自傷行為を繰り返していた。22歳で大学卒業後,事務職として就職。精神科の通院を開始して,抗うつ薬と睡眠薬の処方を受けるようになった。職場でミスを指摘されると,一度に10錠程度の睡眠薬を内服することを繰り返していた。 診断はどれか。
- a.双極性障害
- b.統合失調症
- c.自閉スペクトラム症
- d.注意欠如多動性障害〈注意欠如多動症〉
- e.パーソナリティ障害〈パーソナリティ症〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
思春期から続く感情の不安定さ、激しく不安定な対人関係、見捨てられ体験やストレスを契機とした自傷・過量服薬の反復は、境界性パーソナリティ障害(DSM-5のB群)の典型像です。パーソナリティ障害は一定期間の「病相」ではなく、青年期または成人期早期までさかのぼれる持続的な行動様式である点が、双極性障害などとの重要な違いです。躁病エピソードや幻覚・妄想がないことで双極性障害・統合失調症を、幼少期に問題がなかったことで自閉スペクトラム症・注意欠如多動症を除外できます。治療は精神療法が中心で薬物療法は補助的にとどまり、過量服薬を繰り返す例では処方の種類・量・日数への配慮と継続的な自殺リスク評価が欠かせません。「いつから、何をきっかけに起こるのか」という時間軸で症状を捉える視点は、精神科診断全般の基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・24歳の女性。小学生までは生活・学業とも問題がなく、教師からの評価も高かった。 ・中学生ごろから学校で突然怒り出すようになった:感情の不安定さ、怒りの制御困難。 ・高校生以降、男性との交際と別れを繰り返す:不安定で激しい対人関係。 ・20歳ごろから、別れ話が出るたびに自傷行為を繰り返す:見捨てられることへの強い反応としての自傷。 ・就職後、職場でミスを指摘されると睡眠薬を一度に10錠程度服用する行為を繰り返す:衝動的な自己破壊的行動(過量服薬の反復)。
診断へのプロセス
本例の特徴は、ある時点で急に始まった「病気のエピソード」ではなく、思春期(中学生ごろ)から成人期早期にかけて一貫して続く、感情・対人関係・衝動制御の偏りである点にある。このように青年期までさかのぼることができ、さまざまな場面で持続し、本人の苦痛や社会生活上の支障をもたらす思考・感情・行動の様式は、パーソナリティ障害〈パーソナリティ症〉の概念に合致する。 さらに内訳をみると、①対人関係の不安定さ(交際と別れの反復)、②見捨てられ体験を契機とした自傷、③不適切で激しい怒り、④叱責などのストレスを契機とした衝動的な過量服薬の反復、がそろっており、パーソナリティ障害の中でも境界性パーソナリティ障害(DSM-5の分類。ICD-10では情緒不安定性パーソナリティ障害の境界型に相当)が最も考えられる。 一方、気分の高揚や活動性の亢進を示す躁病エピソード、幻覚・妄想などの精神病症状、幼児期からの社会的コミュニケーションの障害やこだわり、幼少期からの不注意・多動は記載されていない。特に小学生までは生活面にも成績にも問題がなかったことは、幼児期・学童期に症状が明らかになる神経発達症(自閉スペクトラム症、ADHD)を考えにくくする手がかりである。
設問の考え方
「思春期以降に持続する対人関係・感情の不安定さ+反復する自傷・過量服薬」という組み合わせを見たら、まず境界性パーソナリティ障害を想起し、他の主要精神疾患を示唆する症状がないことを確認する。
選択肢考察
- ×a. 双極性障害
双極性障害は、躁病(または軽躁病)エピソードとうつ病エピソードを周期的に繰り返す気分障害である。躁病エピソードでは、気分の異常な高揚または易怒性、自尊心の肥大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、目標指向性の活動の増加、浪費などの快楽的活動への没頭がみられる。双極性障害でもうつ病相での自殺企図や躁病相での衝動的行動は起こりうるが、症状は一定期間持続する「エピソード」として現れ、病相の間は比較的安定していることが多い。本例の怒りや自傷は対人関係上の出来事(別れ話、ミスの指摘)をきっかけに短時間で反応的に生じるもので、躁病エピソードを示唆する所見もないため、誤りである。
- ×b. 統合失調症
統合失調症は、幻覚(特に幻聴)、妄想、まとまりのない会話や行動、自我障害(考えが抜き取られる、操られるといった体験)などの陽性症状と、感情の平板化・意欲低下などの陰性症状を特徴とし、多くは思春期〜成人早期に発症する。統合失調症でも、命令性の幻聴に従って自殺を図るなどの衝動的行動はありうるが、本例には精神病症状の記載が一切なく、社会機能の進行性の低下もない(大学を卒業し、就職している)。したがって誤りである。
- ×c. 自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症(ASD)は神経発達症の一つで、DSM-5では、①社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な欠陥(社会的・情緒的な相互性の障害、非言語的コミュニケーションの障害、対人関係を発展・維持・理解することの障害)と、②行動・興味・活動の限定された反復的な様式(常同的な行動、同一性へのこだわり、限局した興味、感覚の過敏・鈍麻など)を特徴とする。症状は発達早期から存在することが要件である。本例は小学生まで問題なく過ごし、高評価を得ていたうえ、こだわりやコミュニケーションの質的障害を示す記述もないため、誤りである。
- ×d. 注意欠如多動性障害〈注意欠如多動症〉
注意欠如多動症(ADHD)は、不注意(ケアレスミス、注意の持続困難、話を聞いていないようにみえる、課題をやり遂げられない、整理が苦手、精神的努力を要する課題を避ける、物をなくす、気が散りやすい、忘れっぽい)と、多動性・衝動性(そわそわする、離席する、走り回る、静かに遊べない、じっとしていられない、しゃべりすぎる、質問が終わる前に答える、順番を待てない、他人を妨害する)を中核とする神経発達症である。DSM-5では各9項目のうち6項目以上(17歳以上では5項目以上)が6か月以上続き、いくつかの症状が12歳以前から存在することが求められる。本例では小学生まで生活面も学業も良好で、不注意や多動の記載はない。衝動的な行動はみられるが、それは対人関係のストレスに伴う感情の爆発であり、ADHDの症状とは性質が異なる。誤りである。
- ○e. パーソナリティ障害〈パーソナリティ症〉
パーソナリティ障害は、その人が属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験と行動の持続的様式で、認知(自己・他者・出来事のとらえ方)、感情(反応の幅・強さ・不安定さ・適切さ)、対人関係機能、衝動の制御のうち2領域以上に現れ、柔軟性を欠いて幅広い状況に広がり、著しい苦痛や社会的・職業的機能の障害をもたらすものである。その様式は少なくとも青年期または成人期早期にまでさかのぼることができ、他の精神疾患、物質、身体疾患では説明されない。本例は中学生ごろから感情の不安定さ(突然の怒り)、高校生以降の不安定な対人関係、別れ話のたびの自傷、叱責を契機とした過量服薬の反復と、感情・対人関係・衝動制御の偏りが青年期から一貫して続き、他の精神疾患を示す所見もない。特に境界性パーソナリティ障害の典型像であり、正しい。
パーソナリティ障害のクラスター分類(DSM-5)
・A群(奇妙で風変わり):猜疑性(妄想性)、シゾイド(統合失調質)、統合失調型 ・B群(演技的・感情的で移り気):反社会性、境界性、演技性、自己愛性 ・C群(不安や恐怖が強い):回避性、依存性、強迫性
境界性パーソナリティ障害の特徴(DSM-5、以下の9項目のうち5項目以上)
①現実の、または想像上の見捨てられ体験を避けようとする必死の努力 ②理想化とこき下ろしの両極端を揺れ動く、不安定で激しい対人関係 ③同一性の混乱(自己像や自己意識が著しく不安定) ④自己を傷つける可能性のある衝動性(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食など)が少なくとも2領域 ⑤自殺の行動・そぶり・脅し、または自傷行為の繰り返し ⑥著明な気分反応性による感情の不安定さ(通常は数時間、まれに数日以上は続かない) ⑦慢性的な空虚感 ⑧不適切で激しい怒り、または怒りの制御困難 ⑨一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状 若年女性に多く診断され、自傷や過量服薬を繰り返すため救急受診の契機となりやすい。治療の中心は精神療法(弁証法的行動療法、メンタライゼーションに基づく治療など)であり、薬物療法は症状に対する補助的な位置づけにとどまる。過量服薬を繰り返す例では、処方する薬剤の種類・量・日数への配慮(大量服薬の危険が大きい薬剤を避ける、処方日数を短くするなど)が重要である。
ICD分類との対応
ICD-10では境界性パーソナリティ障害は「情緒不安定性パーソナリティ障害」の境界型として位置づけられる。なお、ICD-11ではパーソナリティ障害の類型分類を廃止し、重症度(軽度・中等度・重度)と特性領域で記述する方式に変わったが、「ボーダーラインパターン」の特定用語が残されている。
POINT
・青年期から持続する感情の不安定さ・不安定な対人関係・自傷/過量服薬の反復 → 境界性パーソナリティ障害(B群) ・パーソナリティ障害は「病相(エピソード)」ではなく、青年期または成人期早期までさかのぼれる持続的な様式である ・幼少期に問題がなかったことは神経発達症(ASD、ADHD)を否定する手がかりとなる ・躁病エピソードや幻覚・妄想がないことで双極性障害・統合失調症を除外する
