術前問診は未来予測―生活歴・服薬歴から周術期リスクを読み解く
第118回医師国家試験 B問題 第21問
国試問題にチャレンジ
術前診察時の患者情報と周術期のリスクとの組合せで誤っているのはどれか。
- a.喫煙 ―― 術後無気肺
- b.開口障害 ―― 気道確保困難
- c.大量飲酒 ―― 肺塞栓症
- d.抗凝固薬服用中 ―― 止血困難
- e.バナナ摂取後の蕁麻疹 ―― ラテックスアレルギー
対話形式の解説
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ドクターまとめ
術前診察では、患者の生活歴・服薬歴・アレルギー歴・身体所見から周術期合併症を予測し、準備や介入につなげます。喫煙は喀痰増加と線毛機能低下を介して術後無気肺・肺炎を、開口障害は喉頭展開や声門上器具挿入の困難を介して気道確保困難を、抗凝固薬は止血困難や区域麻酔時の硬膜外血腫を招き、バナナ・アボカド・キウイ・クリによるアレルギーはラテックス-フルーツ症候群としてラテックスアレルギーを示唆します。一方、肺塞栓症の多くは深部静脈血栓症に由来し、危険因子は長期臥床、肥満、高齢、妊娠、悪性腫瘍、手術などで、大量飲酒は直接の危険因子ではありません。大量飲酒患者ではアルコール離脱・術後せん妄、出血傾向、感染、麻酔薬必要量の増加に注意します。各情報が「どの機序でどのリスクにつながるか」を説明できることが、安全な周術期管理の第一歩です。
解答・解説
正解はcです
術前診察(術前評価)の目的は、患者の既往歴・生活歴・服薬歴・身体所見から周術期に起こりうる合併症を予測し、麻酔方法の選択や準備、術前の介入(禁煙指導、休薬など)につなげることである。本問は、術前に得られる情報とそこから予測される周術期リスクの対応関係を問うている。 考え方としては、各情報について「どのような機序でそのリスクにつながるか」を説明できるかを確かめるとよい。喫煙は気道分泌物と線毛機能を介して呼吸器合併症に、開口障害は喉頭展開・器具挿入の困難を介して気道確保困難に、抗凝固薬は凝固能低下を介して出血に、バナナによる蕁麻疹は果物とラテックスの交差反応性を介してラテックスアレルギーに、それぞれ結びつく。一方、大量飲酒は周術期に多彩な問題を起こすものの、肺塞栓症との間には直接の因果関係がなく、誤った組合せとなる。 「誤っているのはどれか」型の設問であるため、組合せとして成り立たないものを一つ選ぶ点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 喫煙 ―― 術後無気肺
正しい組合せである。喫煙は気道粘膜の杯細胞を増やして喀痰を増加させる一方、線毛運動を障害して痰の排出を妨げる。さらに喫煙に伴う慢性閉塞性肺疾患(COPD)があれば末梢気道の閉塞も加わる。術後は創部痛や麻酔薬・鎮痛薬の影響で咳嗽や深呼吸が弱くなるため、貯留した痰が気管支を塞ぎ、無気肺や術後肺炎が起こりやすい。このため術前には禁煙指導が行われ、禁煙期間が長いほど呼吸器合併症の減少が期待できる。
- ×b. 開口障害 ―― 気道確保困難
正しい組合せである。口が十分に開かないと、喉頭鏡を口腔内に挿入して喉頭を展開する操作が難しく、気管挿管が困難になる。また経口エアウェイやラリンジアルマスクなどの声門上器具の挿入も難しくなり、マスク換気が困難な場合の救済手段も限られる。開口障害(顎関節疾患、頭頸部腫瘍・放射線治療後など)は気道確保困難を予測する重要な術前所見であり、事前に把握できれば意識下挿管やファイバースコープ挿管などを計画できる。
- ○c. 大量飲酒 ―― 肺塞栓症
誤った組合せであり、これが正解である。周術期の肺塞栓症は、ほとんどが下肢や骨盤内の深部静脈血栓症(DVT)に由来する。その発生にはVirchowの3要素(血流のうっ滞、血管内皮障害、血液凝固能の亢進)が関与し、危険因子としては長期臥床、肥満、高齢、妊娠・産褥、悪性腫瘍、手術(特に骨盤・下肢の手術)、エストロゲン製剤の使用、血栓症の既往などが挙げられる。大量飲酒はこれらに含まれず、肺塞栓症の直接の危険因子とはいえない。大量飲酒で注意すべき周術期リスクは、アルコール離脱症状や術後せん妄、麻酔薬必要量の増加、肝機能障害や血小板減少に伴う出血傾向、感染症などである。
- ×d. 抗凝固薬服用中 ―― 止血困難
正しい組合せである。ワルファリンや直接経口抗凝固薬(DOAC)などの抗凝固薬は、凝固因子の産生や働きを抑えてフィブリン形成を妨げる。そのため術中に毛細血管レベルからにじみ出るような出血(oozing)が続き、止血に難渋することがある。術前には服薬内容を確認し、手術の出血リスクと血栓塞栓症のリスクを比べて休薬期間やヘパリンへの置き換え(ヘパリンブリッジ)の要否を判断する。また硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔では、抗凝固状態での穿刺が硬膜外血腫の原因となるため、休薬の確認が特に重要である。
- ×e. バナナ摂取後の蕁麻疹 ―― ラテックスアレルギー
正しい組合せである。天然ゴム(ラテックス)に含まれる蛋白質と、バナナ、アボカド、キウイフルーツ、クリなどの果物に含まれる蛋白質は構造がよく似ており、一方に感作されるともう一方にも反応する交差反応が起こる(ラテックス-フルーツ症候群)。したがって、これらの果物で蕁麻疹などのアレルギー症状を起こした既往がある患者では、ラテックスアレルギーを合併している可能性がある。手術室ではラテックス製の手袋やカテーテル類に接触するため、該当患者ではラテックスフリーの環境を整えてアナフィラキシーを予防する必要がある。
術前診察で確認する主な項目と予測されるリスク
・喫煙歴:喀痰増加、気道過敏性、術後無気肺・肺炎。一酸化炭素ヘモグロビンの増加による酸素運搬能の低下。創傷治癒遅延。 ・気道評価(開口度、Mallampati分類、頸部の可動域、甲状オトガイ間距離、歯牙の状態、肥満・いびき):マスク換気困難、挿管困難。 ・服薬歴:抗凝固薬・抗血小板薬(出血、区域麻酔での脊髄硬膜外血腫)、降圧薬・糖尿病治療薬などの継続や中止の判断。 ・アレルギー歴:薬剤、ラテックス、食物(バナナ・アボカド・キウイフルーツ・クリなどはラテックスとの交差反応に注意)。 ・飲酒歴:アルコール離脱症候群、術後せん妄、麻酔薬の必要量増加、アルコール性心筋症や不整脈、肝障害・血小板減少による出血傾向、易感染性。 ・既往歴・家族歴:心疾患、呼吸器疾患、悪性高熱症の家族歴など。
周術期の肺血栓塞栓症
大部分は下肢・骨盤内の深部静脈血栓が遊離して肺動脈を閉塞することで起こる。術後の初回歩行や体位変換、排便などをきっかけに、突然の呼吸困難、胸痛、頻脈、SpO2低下で発症することが多い。危険因子は長期臥床、肥満、高齢、妊娠、悪性腫瘍、骨盤・下肢の手術、エストロゲン製剤、血栓症の既往、先天性凝固異常(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC・S欠乏症)などである。予防として早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固療法がリスクに応じて用いられる。
POINT
・喫煙は喀痰増加・線毛機能低下を介して術後無気肺・肺炎のリスクとなる。 ・開口障害は喉頭展開・声門上器具挿入を難しくし、気道確保困難を予測させる。 ・抗凝固薬服用中は出血・止血困難に加え、区域麻酔時の硬膜外血腫にも注意する。 ・バナナ、アボカド、キウイフルーツ、クリのアレルギーはラテックスアレルギーとの交差反応(ラテックス-フルーツ症候群)を疑う。 ・肺塞栓症の危険因子は長期臥床、肥満、妊娠、悪性腫瘍、手術などであり、大量飲酒は直接の危険因子ではない。大量飲酒ではアルコール離脱・術後せん妄、出血傾向、感染に注意する。
