夜も眠れない痒みと施設内の連鎖―顕微鏡が捉えたヒゼンダニと疥癬の基本
第117回医師国家試験 A問題 第67問
国試問題にチャレンジ
76歳の男性。全身の強い瘙痒を主訴に来院した。介護老人保健施設に入所中である。2か月前から全身に瘙痒があり,瘙痒のために夜も眠れないことがある。腋窩,体幹,四肢,手掌および陰部に紅色の丘疹や搔破痕がみられる。手掌の丘疹部から採取した検体の顕微鏡写真を示す。 正しいのはどれか。

- a.蚊により媒介される。
- b.有効な治療薬はない。
- c.ヒトからヒトへ感染する。
- d.近年はまれな疾患となった。
- e.アトピー性皮膚炎の原因の一つである。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
介護施設入所中の高齢者に夜間増悪する強い瘙痒と、手掌・腋窩・陰部などの紅色丘疹がみられたら疥癬を疑い、疥癬トンネルや丘疹の角質を顕微鏡で観察してヒゼンダニの虫体・虫卵を確認します。疥癬は媒介動物を介さず、主に肌と肌の直接接触でヒトからヒトへうつる感染症で、角化型疥癬では落屑を介した間接接触でも容易に集団発生します。治療はイベルメクチン内服やフェノトリン外用が中心で、虫卵に効きにくいため1週間後の再治療が基本です。現在も高齢者施設などでよくみられ、アトピー性皮膚炎の原因ではなく湿疹と誤認されやすい鑑別疾患であり、ステロイド外用で悪化する点に注意が必要です。高齢者の痒みを乾燥だけで片づけず疥癬を想起できることは、患者本人だけでなく施設全体の感染対策に直結します。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・76歳の男性で、介護老人保健施設に入所している(高齢者の集団生活)。 ・2か月前から全身に強い瘙痒があり、夜間に眠れないほどである(夜間に増悪する瘙痒)。 ・腋窩、体幹、四肢、手掌、陰部に紅色丘疹と搔破痕(掻きこわした痕)がある。 ・手掌の丘疹から採った検体を顕微鏡で観察すると、楕円形の胴体に短い脚をもつ小型のダニの虫体(および虫卵)が確認される。
診断へのプロセス
高齢者の強い瘙痒では、皮膚瘙痒症、老人性乾皮症(皮脂欠乏性湿疹)、薬疹、虫刺症、水疱性類天疱瘡の前駆期などが鑑別に挙がる。しかし本例では、①施設入所という集団生活の場で発症していること、②夜間に強まる瘙痒、③腋窩・陰部・手掌など疥癬の好発部位に丘疹が分布していること、④顔面・頭部への記載がないこと(通常疥癬は成人では顔・頭部を侵しにくい)、がそろっており、疥癬を強く疑う。そして手掌の皮疹からヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei var. hominis)が顕微鏡で検出されたことで、疥癬と確定診断できる。
設問の考え方
本問は疥癬という疾患の基本的性質(感染経路、治療、疫学、他疾患との関係)を問うている。疥癬はヒゼンダニがヒトの皮膚角層に寄生して起こる感染症であり、主に皮膚と皮膚の直接接触でヒトからヒトへうつる、という点を押さえていれば正解にたどり着ける。
選択肢考察
- ×a. 蚊により媒介される。
誤り。疥癬の病原体であるヒゼンダニは、ヒトの皮膚角層内に雌がトンネル(疥癬トンネル)を掘って産卵し、そこで生活環を完結させる。昆虫による媒介はなく、患者との肌の直接接触や、寝具・衣類を介した間接接触で伝播する。蚊が媒介するのはマラリア、デング熱、日本脳炎、ジカウイルス感染症などである。
- ×b. 有効な治療薬はない。
誤り。疥癬には有効な治療薬がある。わが国ではイベルメクチン内服(空腹時に体重あたり約200μg/kgを1回、1週間後に再投与することが多い)とフェノトリンローション外用(頸部以下の全身に塗布し、1週間間隔で繰り返す)が中心であり、そのほかクロタミトン外用、イオウ外用なども用いられる。虫卵には効きにくい薬が多いため、孵化した幼虫を叩く目的で1週間後に再治療するのが基本である。
- ○c. ヒトからヒトへ感染する。
正しい。ヒトに寄生するヒゼンダニはヒトの皮膚でしか長く生存できず、感染源は患者である。通常疥癬では主に添い寝や介護時の身体接触など、肌と肌の直接接触で感染する。角化型疥癬(かつてのノルウェー疥癬)では寄生数が非常に多く、剥がれ落ちた鱗屑(落屑)にも多数の虫体が含まれるため、寝具・衣類などを介した間接接触でも容易に感染し、施設内での集団発生の原因となる。本例のように介護施設で発症した場合は、同室者や介護者への感染拡大防止策が必要となる。
- ×d. 近年はまれな疾患となった。
誤り。疥癬は現在も日常的にみられる疾患であり、特に高齢者施設や病院での集団発生がしばしば報告されている。高齢化に伴う施設入所者の増加、免疫が低下した患者の増加、診断の遅れ(湿疹や皮膚瘙痒症と誤認され、ステロイド外用で悪化・拡大する)などが背景にある。
- ×e. アトピー性皮膚炎の原因の一つである。
誤り。アトピー性皮膚炎は、皮膚バリア機能の低下とアトピー素因(IgE抗体を産生しやすい体質、家族歴など)を基盤に、汗、乾燥、搔破、環境アレルゲン(室内塵中のチリダニなど)、ストレスなどの悪化因子が複合的に関与して生じる慢性湿疹である。ここで関与するのはハウスダスト中のチリダニのアレルゲンであり、皮膚に寄生するヒゼンダニではない。疥癬はアトピー性皮膚炎の原因ではないが、湿疹と見誤られやすい鑑別疾患である。
疥癬の概要
・病原体: ヒゼンダニ(体長約0.4mmの雌成虫、肉眼ではほぼ見えない)。雌は角層内にトンネルを掘り進みながら産卵し、卵は数日で孵化、約2週間で成虫となる。 ・潜伏期: 約1か月(通常疥癬)。感染後すぐには痒みが出ず、虫体や排泄物へのアレルギー反応が成立してから強い瘙痒が出現する。 ・症状: 夜間に増悪する激しい瘙痒。好発部位は指間、手掌、手関節屈側、肘、腋窩、臍周囲、下腹部、陰部、臀部など。 ・皮疹: ①疥癬トンネル(手関節屈側・手掌・指間などにみられる数mmの線状の灰白色の皮疹で、盲端部に雌成虫がいる。疥癬に特異的)、②体幹・四肢の紅色丘疹、③陰嚢・陰茎などの小結節(疥癬結節)。
病型
・通常疥癬: 寄生数は数十匹程度まで。主に直接接触で感染する。 ・角化型疥癬: 免疫低下者(高齢者、ステロイドや免疫抑制薬使用者、HIV感染者など)に生じ、寄生数は100万〜200万匹にのぼることもある。手掌・足底・肘・膝などに灰白色〜黄白色の厚い角質増殖を生じ、瘙痒は軽いこともある。感染力が極めて強く、個室管理・ガウンや手袋着用などの接触予防策が必要。
診断
・疥癬トンネルや丘疹から角質を採取し、KOH(水酸化カリウム)法などで顕微鏡観察して虫体・虫卵を確認する。ダーモスコピーで疥癬トンネル盲端部の虫体を確認する方法も有用。
治療と対策
・イベルメクチン内服、フェノトリンローション外用が中心。治療後もアレルギー反応として痒みがしばらく続くことがある。 ・ステロイド外用は虫の増殖を許し悪化させる(角化型疥癬への移行も招く)ため避ける。 ・同居者・施設内の接触者を同時に診察・治療する。角化型疥癬では寝具・衣類の熱処理(50℃10分以上でダニは死滅)や掃除機による落屑除去を行う。
POINT
・介護施設入所の高齢者+夜間に強い全身瘙痒+手掌・腋窩・陰部の丘疹 → 疥癬を疑う。 ・顕微鏡でヒゼンダニの虫体・虫卵を確認して確定診断する。疥癬トンネルが特徴的。 ・感染経路はヒトからヒトへの接触感染(通常疥癬は主に直接接触、角化型疥癬は落屑を介した間接接触でも感染)。 ・治療はイベルメクチン内服、フェノトリン外用。ステロイド外用は悪化させるため禁忌的。 ・現在も高齢者施設などで集団発生がみられる、身近な感染症である。
