腹水は低いほうへ、腸管ガスは高いほうへ―shifting dullnessの「次の体位」を原理から理解する
第116回医師国家試験 E問題 第40問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。下腿浮腫を主訴に来院した。1週間前から下腿浮腫を自覚し,徐々に増強したため受診した。20歳台からアルコールの多飲歴がある。意識は清明。頸部リンパ節を触知しない。前胸部にくも状血管腫を認める。 打診でshifting dullnessを確認する際,仰臥位の次にとらせる体位はどれか。
- a.座位
- b.立位
- c.砕石位
- d.側臥位
- e.腹臥位
対話形式の解説
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ドクターまとめ
長期の飲酒歴とくも状血管腫はアルコール性肝硬変を示唆し、低アルブミン血症、門脈圧亢進、ナトリウム・水貯留によって浮腫や腹水が生じます。腹水の確認に用いるshifting dullnessは、仰臥位で側腹部の濁音界を確認したあと側臥位にし、腹水が下側へ、腸管ガスが上側へ移ることで濁音界が移動するかをみる打診法です。座位・立位・砕石位・腹臥位はこの手技には用いず、膝肘位で少量の腹水をみるpuddle signは別の手技として区別します。身体診察で検出できる腹水はある程度の量が必要で、少量の腹水には腹部超音波検査が鋭敏です。「液体は低いほうへ、ガスは高いほうへ」という原理から手技を理解しておくと、OSCEでも実臨床でも迷わず診察できます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
1. 55歳男性、1週間前から下腿浮腫が出現し徐々に増強している。 2. 20歳台から長期にわたるアルコール多飲歴がある。 3. 前胸部にくも状血管腫(spider angioma:中心の細動脈から放射状に細い血管が広がる皮膚病変)がある。
診断へのプロセス
下腿浮腫の原因には、心不全、腎疾患(ネフローゼ症候群など)、肝疾患、低栄養、深部静脈血栓症、静脈弁不全、リンパ浮腫、蜂窩織炎、薬剤性などがある。本例は長期の飲酒歴があり、くも状血管腫を認める。くも状血管腫は肝でのエストロゲン代謝が低下する慢性肝疾患、特に肝硬変で出現する所見である。したがってアルコール性肝硬変が強く疑われる。 肝硬変ではアルブミン合成の低下による低アルブミン血症(膠質浸透圧の低下)と、門脈圧亢進症、さらに二次性アルドステロン症によるナトリウム・水の貯留が加わり、下腿浮腫や腹水が生じる。そこで身体診察で腹水の有無を評価する。
shifting dullness(濁音界の移動)の手技
腹水は液体なので重力に従って低い方へ移動し、ガスを含む腸管は浮いて高い方へ移動する。この性質を利用した打診法である。 1. 仰臥位で、臍部から側腹部へ向かって打診する。臍周囲は浮いた腸管のガスにより鼓音、側腹部は貯留した腹水により濁音となり、その境界(濁音界)に印をつける。 2. 次に患者を側臥位にし(例:右側臥位)、数十秒待って腹水が移動するのを待ってから、再び上側(左側)の側腹部から臍方向に打診して濁音界を確認する。 3. 腹水があれば、上になった側腹部は鼓音に変わり、濁音界は下側(ベッド側)へ移動する。この濁音界の移動を shifting dullness 陽性とする。 よって、仰臥位の次にとらせる体位は側臥位である。
選択肢考察
- ×a. 座位
誤り。座位にすると腹水は骨盤腔(下腹部)に集まるが、shifting dullnessは仰臥位と側臥位の間で左右方向の濁音界の移動を比べる手技であり、座位は用いない。座位では腹壁が緊張して打診の評価もしにくい。
- ×b. 立位
誤り。立位でも腹水は下腹部に移動するが、shifting dullnessの手技には含まれない。腹水が疑われる肝硬変患者を立たせて打診することは、診察手順として一般的でなく安全面でも不適切である。
- ×c. 砕石位
誤り。砕石位は仰臥位で股関節と膝関節を屈曲し、下肢を開いて挙上する体位で、内診、直腸診、膀胱鏡、会陰部の手術などで用いる。腹水の打診診察には用いない。
- ○d. 側臥位
正しい。仰臥位で側腹部の濁音界を確認した後に側臥位にすると、腹水は下側の側腹部へ移動し、ガスを含む腸管は上側へ浮き上がる。そのため上側の側腹部が濁音から鼓音に変わり、濁音界が移動する。この変化を確認するのがshifting dullnessであり、仰臥位の次には側臥位をとらせる。
- ×e. 腹臥位
誤り。単純な腹臥位では腹部の前面を打診できず、shifting dullnessの評価には用いない。なお、四つんばい(膝肘位)にして最も低くなった臍周囲を打診し、少量の腹水を検出する方法(puddle sign)があるが、これはshifting dullnessとは別の手技であり、診察の負担も大きく現在はあまり用いられない。
腹水の身体診察
視診:腹部膨隆、仰臥位で側腹部が張り出す蛙腹、臍の突出。門脈圧亢進があれば腹壁静脈の怒張(メドゥーサの頭)。 打診: ・側腹部の濁音(flank dullness) ・shifting dullness(濁音界の移動):仰臥位→側臥位で濁音界が移動する。 ・puddle sign:膝肘位で臍周囲を打診し、少量の腹水を検出する。 触診: ・波動(fluid wave):一方の側腹部を軽く叩き、反対側の手で波動を感じる。腹壁脂肪を介した伝導を除くため、助手(または患者自身)の手の尺側縁を腹部正中に当てて行う。 身体診察で検出できる腹水はある程度の量(目安として数百mL以上)が必要であり、少量の腹水の検出には腹部超音波検査が最も鋭敏である。
肝硬変でみられる身体所見
くも状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房、精巣萎縮(エストロゲン過剰)、黄疸、腹水、腹壁静脈怒張、脾腫、羽ばたき振戦(肝性脳症)、ばち指など。
肝硬変で腹水が生じる機序
1. 門脈圧亢進による類洞内圧の上昇とリンパ液の漏出 2. アルブミン合成低下による膠質浸透圧の低下 3. 内臓血管の拡張による有効循環血漿量の減少→レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の活性化、抗利尿ホルモンの分泌亢進→ナトリウムと水の貯留 治療はナトリウム制限、利尿薬(スピロノラクトンなどの抗アルドステロン薬とループ利尿薬)、トルバプタン、難治例では腹水穿刺排液やアルブミン投与などを行う。
POINT
・shifting dullnessは仰臥位で側腹部の濁音界を確認し、次に側臥位にして濁音界が移動するかをみる腹水の診察法である。 ・腹水は低い方へ、腸管ガスは高い方へ移動する原理を利用する。 ・長期飲酒歴+くも状血管腫は肝硬変を示唆し、浮腫や腹水の原因は低アルブミン血症・門脈圧亢進・ナトリウム貯留である。 ・少量の腹水の検出には腹部超音波検査が鋭敏である。
