StudyMed医師国家試験

術後の「初めての一歩」に潜む危険―肺塞栓症はふくらはぎで防ぐ

第116回医師国家試験 E問題 第11問

国試問題にチャレンジ

第116回 E問題 第11問

周術期の肺塞栓症に対する予防法として正しいのはどれか。

  1. a.絶飲食
  2. b.長期臥床
  3. c.酸素投与
  4. d.尿道カテーテル留置
  5. e.弾性ストッキング着用

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、周術期の肺塞栓症をどう予防するかという問題だ。選択肢はどれも病棟でよく見かける処置ばかりだけど、それぞれが血栓のできやすさにどう影響するかを考えるのが着眼点だよ。まず、周術期の肺塞栓症の血栓はどこから来ることが多いか、覚えているかな。
医学生医学生
下肢の深部静脈にできた血栓が飛んでくるんでしたよね。循環器の講義で、深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症はひと続きの病態だと習いました。
ドクタードクター
その通り。両者をまとめて静脈血栓塞栓症と呼ぶ。下肢や骨盤の静脈で生じた血栓がはがれ、右心系を通って肺動脈を詰まらせるわけだ。では、静脈に血栓ができる条件は?
医学生医学生
Virchowの3徴ですね。血流のうっ滞、血管内皮の障害、凝固能の亢進です。
ドクタードクター
完璧だ。手術患者はこの3つがそろいやすい。麻酔や安静で下肢の筋肉が動かず血液がよどみ、手術操作で血管が傷つき、手術侵襲や脱水、悪性腫瘍で血液が固まりやすくなる。だから予防の基本は、この3要素、特に下肢静脈のうっ滞をなくすことなんだ。
医学生医学生
そう考えると、弾性ストッキングが正解ですか。外科を回ったとき、術前の患者さんが白いストッキングを履いていたのを覚えています。
ドクタードクター
正解。弾性ストッキングは足首で一番強く、上に行くほど弱くなる段階的な圧迫をかける。表在静脈を圧排して深部静脈の血流速度を上げ、うっ滞を防ぐことで深部静脈血栓症、ひいては肺塞栓症を予防するんだ。理学的予防法の代表だよ。ほかの選択肢も一つずつ見ていこう。絶飲食はどうかな。
医学生医学生
手術前には絶飲食にするので、むしろ普通の周術期管理のように思えてしまいました。
ドクタードクター
誤嚥予防のために術前の絶飲食は必要だけど、それはあくまで必要最小限でいい。長く続けると脱水で血液が濃縮され、粘稠度が上がって凝固亢進の方向に働く。最近は術後回復能力強化、いわゆるERASの考え方でも、過度な絶飲食を避けて早く経口摂取を再開することが重視されているよ。
医学生医学生
長期臥床は、筋ポンプが働かなくなるからダメなんですよね。
ドクタードクター
そう。ふくらはぎの筋肉が収縮して静脈血を押し上げる筋ポンプ作用が止まり、下肢に血液がたまる。そして怖いのは、臥床中にできた血栓が、初めて立ち上がったり歩いたり、排便でいきんだりした瞬間にはがれて肺に飛ぶことなんだ。だから早期離床が大切で、歩けない間もベッド上で足首の底背屈運動をしてもらう。
医学生医学生
酸素投与は、肺塞栓症が起きたときの治療ですよね。予防にはならないということですか。
ドクタードクター
その理解でいい。酸素は低酸素血症への支持療法で、血栓の形成そのものは防げない。むしろ不要な酸素チューブが長くついていると、それが離床を遅らせる要因にもなる。尿道カテーテルも同じ発想で考えてみよう。
医学生医学生
カテーテルが入っているとトイレに歩いて行かなくなるので、離床が遅れてうっ滞を招く、ということでしょうか。
ドクタードクター
まさにそう。しかもカテーテル関連尿路感染症のリスクもあるから、不要になったら速やかに抜くのが原則だ。チューブ類は患者をベッドに縛りつける、と意識しておくといい。
医学生医学生
予防法は弾性ストッキングのほかに何がありますか。
ドクタードクター
3本柱で整理しよう。1つ目は早期離床と下肢の運動。2つ目は理学的予防法で、弾性ストッキングと、下肢に巻いたカフを周期的に膨らませてふくらはぎを圧迫する間欠的空気圧迫法がある。どちらも出血リスクがないのが利点だ。3つ目は低用量未分画ヘパリンや低分子量ヘパリン、フォンダパリヌクスなどの抗凝固薬で、出血リスクとのバランスで使う。リスクが高いほど強い予防法を選び、最高リスクでは抗凝固療法と理学的予防法を併用するんだ。
医学生医学生
高リスクになるのはどんな手術ですか。
ドクタードクター
股関節や膝関節の置換術、骨盤内の悪性腫瘍手術などが代表だね。そこに高齢、肥満、静脈血栓塞栓症の既往、血栓性素因、エストロゲン製剤の使用といった患者側の因子を重ねて評価する。それから弾性ストッキングにも注意点があって、閉塞性動脈硬化症など下肢虚血のある人では血流をさらに悪くするので禁忌だ。サイズが合わないと皮膚障害も起こる。
医学生医学生
術後に初めて歩いた患者さんが急に息苦しさを訴えてSpO2が下がったら、まず肺塞栓症を疑うべきですね。
ドクタードクター
その通り。突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、ショックが典型で、造影CTや下肢静脈超音波、Dダイマーで評価し、治療は抗凝固療法が基本になる。予防も発症時の対応も、病棟で必ず役立つ知識だよ。

まとめ

周術期の肺塞栓症の多くは下肢・骨盤の深部静脈血栓が遊離して起こる肺血栓塞栓症であり、その成因は血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進というVirchowの3徴で説明されます。予防の要は下肢静脈のうっ滞を防ぐことで、段階的圧迫で深部静脈の血流を速める弾性ストッキングは理学的予防法の代表です。一方、過度の絶飲食は脱水による凝固亢進を、長期臥床は筋ポンプの停止を招き、酸素投与は予防効果がなく、尿道カテーテルなどのチューブ類は離床を遅らせる要因になります。予防は早期離床・下肢運動、弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法、抗凝固薬の3本柱をリスクに応じて組み合わせ、下肢虚血のある患者では弾性ストッキングが禁忌である点にも注意が必要です。術後の初回歩行や排便時の急な呼吸困難を見たら肺塞栓症を想起することが、周術期管理の基本となります。

解答・解説

正解はeです

周術期の肺塞栓症は、ほとんどが肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)である。その塞栓源の大部分は下肢や骨盤内の深部静脈にできた血栓(深部静脈血栓症:deep vein thrombosis:DVT)であり、血栓が遊離して静脈血流に乗り、右心系を経て肺動脈を閉塞することで発症する。PTEとDVTは一連の病態であるため、両者をまとめて静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と呼ぶ。 静脈血栓の成因は、ウィルヒョウ(Virchow)の3徴として知られる①血流のうっ滞、②血管内皮の障害、③血液凝固能の亢進で説明される。手術患者では、麻酔・安静臥床による下肢の筋ポンプ作用の停止(うっ滞)、手術操作による血管損傷(内皮障害)、手術侵襲・脱水・悪性腫瘍などによる凝固亢進がそろいやすく、VTEの高リスク状態にある。 したがって予防の基本は、これら3要素、とりわけ下肢静脈のうっ滞を解消することにある。選択肢を「うっ滞・脱水・離床の遅れを助長するのか、防ぐのか」という観点で見ると、下肢を外から圧迫して静脈還流を促す弾性ストッキングの着用だけが予防法として正しい。

選択肢考察

  1. ×a.  絶飲食

    誤り。必要以上に長く絶飲食を続けると、脱水により血液が濃縮されて粘稠度が上がり、凝固能亢進の方向に働くため、むしろ血栓形成を助長する。術前の絶飲食は誤嚥予防のために必要最小限にとどめ、術後も可能な限り早く経口摂取を再開するのが望ましい。術前の過度な絶飲食を避ける考え方は、術後回復能力強化(ERAS:enhanced recovery after surgery)プログラムでも重視されている。

  2. ×b.  長期臥床

    誤り。臥床が続くと、ふくらはぎの筋肉の収縮による静脈血の押し上げ(筋ポンプ作用)が働かず、下肢静脈に血液がうっ滞してDVTが形成されやすくなる。そこで生じた血栓が、初めて立ち上がる・歩く・排便するといった離床の開始時に遊離し、PTEを起こすことが多い。予防としては臥床期間を短くし、早期離床・早期歩行を促すことが重要であり、ベッド上でも足関節の底背屈運動などの下肢運動を積極的に行わせる。

  3. ×c.  酸素投与

    誤り。酸素投与は低酸素血症に対する治療・支持療法であり、静脈血栓の形成そのものを防ぐ作用はない。PTEを発症した後の低酸素血症に対しては酸素投与が行われるが、予防法にはあたらない。また、必要のない酸素投与を長く続けると、チューブ類の存在により離床が遅れる要因にもなる。

  4. ×d.  尿道カテーテル留置

    誤り。尿道カテーテルは尿量の管理や排尿困難への対処のために用いるもので、血栓予防の効果はない。むしろ留置が長引くと患者がトイレまで歩く機会が失われ、離床が遅れて下肢静脈のうっ滞を招く。カテーテル関連尿路感染症の予防の観点からも、不要になったら速やかに抜去すべきである。

  5. ○e.  弾性ストッキング着用

    正しい。弾性ストッキングは足首で最も強く、上方へ行くほど弱くなる段階的な圧迫を下肢に加えることで、表在静脈を圧排して深部静脈の血流速度を高め、静脈血のうっ滞を防ぐ。これによりDVTの形成、ひいてはPTEの発症を予防する。理学的予防法の代表であり、間欠的空気圧迫法とともに周術期のVTE予防に広く用いられる。ただし、閉塞性動脈硬化症などの下肢虚血がある患者では血流をさらに悪化させるおそれがあるため禁忌であり、サイズの不適合による皮膚障害にも注意が必要である。

周術期VTE予防の3本柱

1.早期離床・積極的な運動:術後できるだけ早く歩行を開始する。歩けない間もベッド上で足関節の自動運動を行う。 2.理学的予防法:弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法(intermittent pneumatic compression:IPC。下肢に巻いたカフに空気を周期的に送り、ふくらはぎをマッサージするように圧迫して静脈還流を促す)。出血のリスクがないことが利点である。 3.薬物的予防法:低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン(エノキサパリン)、フォンダパリヌクスなどの抗凝固薬。出血のリスクとのバランスを考えて用いる。

リスクに応じた予防法の選択(国内ガイドラインの考え方)

・低リスク:早期離床と積極的な運動 ・中リスク:弾性ストッキングまたは間欠的空気圧迫法 ・高リスク:間欠的空気圧迫法または抗凝固療法 ・最高リスク:抗凝固療法と理学的予防法(間欠的空気圧迫法など)の併用 リスクは手術の種類(例:股関節・膝関節置換術、骨盤内の悪性腫瘍手術は高リスク)と、患者側の付加的危険因子(高齢、肥満、VTEの既往、血栓性素因、悪性疾患、長期臥床、エストロゲン製剤の使用など)を合わせて評価する。

周術期PTEの臨床像

術後、初めての歩行や排便、体位変換などをきっかけに、突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、SpO2低下、ショックなどで発症することが典型的である。診断には造影CT(肺動脈の造影欠損)や下肢静脈超音波、Dダイマーなどを用い、治療は抗凝固療法が基本で、重症例では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除術が考慮される。

POINT

・周術期PTEの塞栓源の大部分は下肢・骨盤の深部静脈血栓(DVT) ・静脈血栓の成因はウィルヒョウの3徴(血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進) ・予防法:早期離床・下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬 ・長期臥床、脱水(過度の絶飲食)、カテーテル類による離床の遅れはリスクを高める ・PTEは術後初回歩行・排便など離床開始時に起こりやすい ・弾性ストッキングは下肢虚血(閉塞性動脈硬化症など)では禁忌

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。