「臨床診断」は遺伝子検査に負けない―Duchenne型筋ジストロフィーの遺伝カウンセリングで押さえる4つの落とし穴
第116回医師国家試験 C問題 第52問
国試問題にチャレンジ
第1子(3歳男児)が臨床的にDuchenne型筋ジストロフィーと診断されている両親が遺伝カウンセリングを受けるために来院した。第1子はこれまで遺伝子検査を受けたことがない。他にDuchenne型筋ジストロフィーと診断されている家族はいない。 正しいのはどれか。
- a.母親は本疾患の確定保因者である。
- b.本疾患に突然変異による発症はない。
- c.女性が本疾患の症状を示すことはない。
- d.本疾患の遺伝子検査の感度は100%である。
- e.第1子の遺伝子検査が陰性でも診断は変わらない。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Duchenne型筋ジストロフィーはジストロフィン遺伝子(Xp21)の変異によるX連鎖潜性遺伝疾患ですが、患者の約3分の1から4割は新生突然変異によるため、家系内に他の患者がいない孤発例では母親を確定保因者とは断定できず、生殖細胞系列モザイクの可能性も考慮します。女性保因者でもX染色体不活化の偏りなどによりCK高値や筋症状、心筋症を示すことがあり、保因者には心機能の定期評価が勧められます。初回に行われるMLPA法はエクソン単位の欠失・重複しか検出できず、変異の検出は全体の約7割にとどまるため、遺伝子検査が陰性でも臨床的に判断されたDMDの診断は変わらず、筋生検によるジストロフィン欠損の確認や塩基配列解析で確定を進めます。変異の特定は保因者診断や次子の再発リスク評価、エクソンスキップ療法などの治療選択につながります。遺伝形式の原則と例外を正確に理解することは、遺伝カウンセリングで家族に誠実で過不足のない説明をするための基盤となります。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
3歳男児が臨床的にDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)と診断されているが、遺伝子検査はまだ受けていない。家系内に他の患者はおらず、いわゆる孤発例である。この状況で両親が遺伝カウンセリングを受けに来ている。
考え方
DMDはX染色体短腕(Xp21)にあるジストロフィン遺伝子の変異によるX連鎖潜性(劣性)遺伝疾患である。教科書的には「母親が保因者で男児に発症する」という図式で覚えがちだが、遺伝カウンセリングでは次の3点を正確に理解しておく必要がある。 (1) 孤発例では、母親が保因者である場合のほかに、患児自身に新たに生じた変異(新生突然変異)や、母親の卵子系列だけに変異をもつ生殖細胞系列モザイクの可能性がある。したがって母親を「確定保因者」とは断定できない。 (2) 女性保因者でも症状を呈することがある。 (3) ジストロフィン遺伝子は巨大で変異の種類が多様なため、ひとつの遺伝子検査で全例の変異を検出できるわけではない。 とくに(3)が正解に直結する。一般診療で最初に行われるMLPA法(多数のエクソンを一度にプローブで増幅し、コピー数の増減を調べる方法)はエクソン単位の欠失・重複を検出する検査であり、DMDの約7割を占める欠失・重複型は見つかるが、点変異や数塩基の挿入・欠失、スプライス部位の変異といった小さな変異は検出できない。つまり遺伝子検査が陰性であっても DMD を否定する根拠にはならず、臨床的に DMD と判断された診断はそのまま維持される。その場合は筋生検でジストロフィン蛋白の欠損を確認したり、全エクソンの塩基配列解析を追加したりして確定に進む。
選択肢考察
- ×a. 母親は本疾患の確定保因者である。
誤り。家系内に他の患者がいない孤発例では、患児の変異が受精前後に新たに生じた新生突然変異である可能性や、母親の生殖細胞の一部だけが変異をもつ生殖細胞系列モザイクの可能性があり、母親の体細胞に変異があるとは限らない。母親を保因者と断定するには、患児の変異を特定したうえで母親の遺伝子検査を行う必要がある。なお、母親に兄弟やおじなど母方の親族にも男性患者がいる場合や、母親が別々の父親との間で複数の患児をもうけた場合などは、確定保因者(obligate carrier)とみなされる。
- ×b. 本疾患に突然変異による発症はない。
誤り。DMDは新生突然変異の頻度が高い疾患で、患者の約3分の1〜4割は母親が保因者ではなく、新たに生じた変異によるとされる。ジストロフィン遺伝子は約2.4Mbとヒト最大級の遺伝子であり、変異が起こりやすいことが一因と考えられている。また、患児が男性で子どもをもつことがまれであるため、変異が家系から失われる分を新生変異が補う形で患者頻度が保たれている。
- ×c. 女性が本疾患の症状を示すことはない。
誤り。女性保因者の多くは無症状だが、半数以上で血清クレアチンキナーゼ(CK)高値を認め、一部では筋力低下、筋痛、筋けいれん、易疲労性などの骨格筋症状を示す(症候性保因者)。また拡張型心筋症などの心筋障害をきたすことがあり、保因者にも定期的な心機能評価(心エコーなど)が勧められる。症状が出る機序としては、正常アレルをもつX染色体が偏って不活化されるX染色体不活化の偏り(skewed X-inactivation)が代表的である。さらにTurner症候群(45,X)やX染色体と常染色体の転座をもつ女性では、男性と同様の重い症状を呈しうる。
- ×d. 本疾患の遺伝子検査の感度は100%である。
誤り。ジストロフィン遺伝子は79個のエクソンをもつ非常に大きな遺伝子であり、変異の内訳はエクソン単位の欠失が約6割、重複が約1割弱、残りが点変異(ナンセンス変異など)、微小な挿入・欠失、スプライス部位の変異といった小さな変異である。通常最初に行われるMLPA法は欠失・重複しか検出できないため、検出できるのは全体の約7割にとどまる。微小変異は遺伝子全体に散在しており、検出には全エクソンとその周辺イントロンの塩基配列解析や、筋組織から得たmRNAの解析など追加の検査が必要になる。深部イントロン変異などではそれでも見つからない例があり、どの方法でも感度100%とはいえない。
- ○e. 第1子の遺伝子検査が陰性でも診断は変わらない。
正しい。選択肢dで述べたとおり、遺伝子検査、とくに初回のMLPA法では患者のおよそ3割で変異が見つからない。したがって検査が陰性でも、臨床経過(歩行開始の遅れ、登攀性起立〈Gowers徴候〉、腓腹筋の仮性肥大、著明なCK高値など)からDMDと判断された診断は覆らない。この場合は筋生検を行い、免疫組織化学染色やウエスタンブロット法によりジストロフィン蛋白の欠損を確認すれば確定診断となる。並行して微小変異を検索する塩基配列解析を行い、変異が特定できれば母親の保因者診断や将来の治療選択(エクソンスキップ療法の適応判断など)に役立てる。
Duchenne型筋ジストロフィーの概要
・ジストロフィン遺伝子(Xp21)の変異によるX連鎖潜性遺伝疾患。男児約3,500人に1人の頻度で、最も多い小児期発症の筋ジストロフィーである。 ・ジストロフィンは筋細胞膜を裏打ちして膜を安定化させる蛋白で、欠損すると収縮のたびに筋線維が壊れ、壊死と再生を繰り返しながら脂肪・線維組織に置き換わっていく。 ・臨床経過: 2〜5歳ころに転びやすい、走れないなどで気づかれる。登攀性起立(Gowers徴候)、動揺性歩行、腓腹筋の仮性肥大が特徴的。10歳前後で歩行不能となり、その後、呼吸不全と心筋症が予後を左右する。 ・検査: 血清CKが著明高値(正常の数十〜数百倍)。乳幼児期から高値である。
Becker型筋ジストロフィーとの違い
同じジストロフィン遺伝子の変異でも、読み枠(コドンの3塩基区切り)がずれる変異(out-of-frame)では機能的な蛋白がほとんど作られずDuchenne型に、読み枠が保たれる変異(in-frame)では短いながらも一部機能する蛋白ができ、軽症のBecker型になる傾向がある(読み枠説)。
遺伝子診断の流れ
(1) MLPA法でエクソン単位の欠失・重複を調べる(保険適用)。 (2) 陰性なら筋生検でジストロフィン蛋白の欠損を確認し、診断を確定させる。 (3) 微小変異の同定には、全エクソンの塩基配列解析やmRNA解析を行う。わが国では神経・筋疾患の患者登録システム(Remudy)を通じて解析を受けられる体制がある。
遺伝カウンセリングでの留意点
・孤発例の母親が保因者である確率は、古典的には約3分の2とされる(残り約3分の1が新生突然変異)。 ・母親の体細胞の遺伝子検査が陰性でも、生殖細胞系列モザイクの可能性があるため、次子の再発リスクはゼロとはいえない。 ・保因者女性は骨格筋症状や心筋症をきたすことがあるため、保因者と判明した場合は心機能の定期チェックが勧められる。 ・変異が特定されると、エクソン53スキップ薬(ビルトラルセン)など変異の種類に応じた治療の適応判断にもつながる。
POINT
・DMDはX連鎖潜性遺伝だが、患者の約3分の1〜4割は新生突然変異による。孤発例の母親を確定保因者とは断定できない。 ・生殖細胞系列モザイクのため、母親の遺伝子検査が陰性でも次子への再発リスクは残る。 ・女性保因者も高CK血症、筋症状、心筋症を示すことがある(X染色体不活化の偏りなど)。 ・初回のMLPA法で検出されるのは欠失・重複のみで、全体の約7割。遺伝子検査が陰性でもDMDは否定できない。 ・遺伝子検査陰性時は筋生検でジストロフィン欠損を確認して確定診断する。
