「治らないあざ」は危険信号―高齢者の頭部に広がる紫紅色斑と血管肉腫
第116回医師国家試験 A問題 第60問
国試問題にチャレンジ
80歳の男性。左側頭部から左頰部の皮疹を主訴に来院した。3か月前に左側頭部に紫紅色斑が出現した。次第に拡大,隆起し,出血するようになった。10年前から心房細動で抗凝固薬を服用中である。皮疹の契機について思い当たることはないという。左側頭部に皮疹を認める。鱗屑は認めない。左頸部リンパ節を触知する。左側頭部の写真を下に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.血管肉腫
- b.有棘細胞癌
- c.老人性紫斑
- d.血管拡張性肉芽腫
- e.抗凝固薬の内服による紫斑
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
高齢者の頭部・顔面に、あざのような紫紅色斑が数か月かけて拡大し、隆起・結節化して出血を伴い、所属リンパ節腫大までみられる場合は、皮膚血管肉腫を強く疑います。老人性紫斑や抗凝固薬による紫斑は平坦で数週間のうちに吸収されるため、拡大・隆起・リンパ節腫大は説明できず、抗凝固薬内服はむしろ判断を誤らせる要素になりえます。有棘細胞癌は角化を伴う結節から始まり、血管拡張性肉芽腫は外傷を誘因とする単発の良性小腫瘤である点で区別されます。血管肉腫は確定診断に皮膚生検を要し、CD31やERGなどの内皮マーカーが陽性で、リンパ節や肺に転移しやすく血気胸をきたすこともある予後不良の腫瘍です。「治らない紫斑は生検を考える」という原則は、高齢者診療で見逃しを防ぐための重要な視点となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・80歳の高齢男性で、病変部位は左側頭部〜左頰部(頭頸部)である。 ・3か月前に紫紅色斑として始まり、徐々に拡大し、さらに隆起して出血するようになった。斑(平坦な病変)から隆起性病変へと変化している点が重要である。 ・打撲などの思い当たるきっかけはない。 ・心房細動のため10年前から抗凝固薬を内服しており、出血しやすい背景がある。 ・鱗屑(皮膚表面のフケ様のかさかさ)はない。 ・病変と同じ側の左頸部リンパ節を触知する。頭頸部の所属リンパ節であり、悪性腫瘍のリンパ節転移を疑わせる。 ・写真では、左側頭部から頰部にかけて境界不明瞭な紫紅色斑が広がり、側頭部はなだらかに隆起し、耳介上方に暗紫色〜黒紫色の小結節が集まっている。
鑑別診断のプロセス
高齢者の紫斑と抗凝固薬内服という組み合わせからは、まず老人性紫斑や薬剤による皮下出血が思い浮かぶ。しかしこれらは数週間で吸収されて消えるもので、3か月かけて拡大し、隆起・結節化し、出血を伴うようになる経過とは合わない。さらに同側の頸部リンパ節腫大があることから、腫瘍性病変、それも転移をきたす悪性腫瘍を考えるべきである。 高齢者の頭部(特に頭皮・顔面)に、打撲後のあざのような紫紅色斑として始まり、次第に結節・潰瘍・出血を伴っていく悪性腫瘍は、皮膚血管肉腫が典型である。有棘細胞癌も高齢者の顔面に生じ、リンパ節転移をきたすが、紫斑様の局面から始まる経過は示さない。以上から、最も考えられるのは頭部の血管肉腫である。確定診断には皮膚生検(病理組織検査)を行う。
選択肢考察
- ○a. 血管肉腫
正しい。血管肉腫は血管内皮細胞由来の悪性腫瘍で、皮膚では高齢者の頭部・顔面に最も多い。初期は境界不明瞭な紫紅色斑で、打撲後のあざ(皮下出血)と見分けにくい。進行すると隆起して暗紫色の結節や潰瘍を形成し、易出血性となる。所属リンパ節転移や、肺などへの血行性転移を起こしやすく、肺転移による血気胸が死因になることもある。本例の、高齢男性の側頭部に生じた紫紅色斑が数か月で拡大・隆起・出血し、同側頸部リンパ節腫大を伴うという経過は、本症に典型的である。
- ×b. 有棘細胞癌
誤り。有棘細胞癌(扁平上皮癌)は表皮角化細胞由来の悪性腫瘍で、高齢者の顔面・手背などの日光露光部や、熱傷瘢痕・慢性潰瘍の上に生じやすい。紅色〜皮膚色の硬い結節や局面として始まり、角化(鱗屑・角質塊)を伴い、進行すると中央が潰瘍化してカリフラワー状となる。リンパ節転移もきたすが、紫紅色斑として始まり広範囲に広がる経過は示さず、本例のように鱗屑を欠く紫斑様の病変とは合致しない。
- ×c. 老人性紫斑
誤り。老人性紫斑は加齢による真皮の膠原線維の減少と血管の支持組織の脆弱化によって、自覚しない程度の軽い外力でも生じる皮下出血である。手背や前腕の伸側に好発し、境界明瞭な紫斑として現れる。抗凝固薬内服やステロイド使用があると生じやすい。数週間で吸収され、褐色の色素沈着を残して消える。隆起・結節形成や、リンパ節腫大を伴うことはなく、本例の経過とは合わない。
- ×d. 血管拡張性肉芽腫
誤り。血管拡張性肉芽腫(化膿性肉芽腫、毛細血管拡張性肉芽腫ともいう)は毛細血管が増生する良性の病変で、小外傷が誘因となることが多い。数週間で急速に増大する、数mm〜2cm程度の鮮紅色〜暗赤色の半球状〜有茎性の腫瘤で、表面がびらんして出血しやすい。手指・口唇・歯肉・顔面などに好発し、妊娠中にも生じやすい。単発の小腫瘤であり、周囲に広範囲の紫紅色斑を伴ったり、リンパ節に転移したりすることはない。
- ×e. 抗凝固薬の内服による紫斑
誤り。ワルファリンや直接経口抗凝固薬(DOAC)などの内服で凝固能が低下すると、軽い外力で皮下出血を生じやすくなる。しかしこれは平坦な紫斑で、時間とともに吸収・退色するものであり、隆起して結節を作ることや、3か月にわたって拡大し続けること、リンパ節腫大を伴うことは説明できない。本例の抗凝固薬内服は、出血しやすさに関与している可能性はあるが、病変の本態ではない。
皮膚血管肉腫の要点
・血管内皮細胞由来の悪性軟部腫瘍で、皮膚では高齢者(特に男性)の頭部・顔面に好発する。 ・頭部の打撲が発見のきっかけになることが多く、「ぶつけた後のあざがなかなか治らない」と受診する例が典型である。 ・初期は境界不明瞭な紫紅色斑で、拡大しながら隆起・結節化し、潰瘍・出血を伴う。主病巣の周囲に衛星病巣が散在することもある。 ・病理組織では、異型な内皮細胞が不規則に吻合する血管腔を形成して真皮内に浸潤性に増殖する。免疫染色ではCD31、ERGなどの血管内皮マーカーが陽性となる。 ・リンパ節転移や、肺への血行性転移をきたしやすい。肺転移巣が破れると気胸・血胸(血気胸)を起こすことがある。 ・予後は不良で、5年生存率は低い。治療は外科的切除と放射線療法を組み合わせ、タキサン系抗癌薬(パクリタキセル、ドセタキセル)などの化学療法も用いられる。 ・頭頸部以外では、乳癌術後のリンパ浮腫を背景に上肢に生じるもの(Stewart-Treves症候群)や、放射線照射部位に生じるものがある。
高齢者の顔面・頭部に生じる主な皮膚悪性腫瘍
・基底細胞癌:黒色の光沢のある小結節(蝋様光沢)。転移はまれ。 ・有棘細胞癌:角化を伴う紅色結節・潰瘍。日光露光部、熱傷瘢痕などに生じる。日光角化症が前駆病変となる。 ・悪性黒子型黒色腫:顔面の不規則な色素斑が長い期間かけて拡大する。 ・血管肉腫:頭部の紫紅色斑から結節・潰瘍に進展する。 ・メルケル細胞癌:高齢者の顔面に急速に増大する紅色結節。
POINT
・高齢者の頭部・顔面に「あざのような紫紅色斑」が拡大し、隆起・出血・結節化 → 血管肉腫を疑う。 ・打撲が発見の契機となることが多く、紫斑との鑑別が重要。治らない紫斑は生検を考える。 ・リンパ節転移・肺転移(血気胸)をきたしやすく予後不良。 ・老人性紫斑・抗凝固薬による紫斑は平坦で数週間で吸収され、隆起やリンパ節腫大は伴わない。
