マーカーを一つずつ読み解く―男性間性交渉後の急性肝炎、犯人はA型肝炎ウイルス
第116回医師国家試験 A問題 第28問
国試問題にチャレンジ
23歳の男性。全身倦怠感,食欲不振,悪心を主訴に来院した。1週間前から症状が出現し,昨日から褐色調の尿が出るようになった。下痢はない。飲酒は機会飲酒。1か月前に同性間の性交渉歴がある。意識は清明。体温37.2℃。眼球結膜の黄染を認める。肝を右季肋部に2cm触知し,軽度の圧痛を認める。血液所見:赤血球490万,Hb 14.5g/dL,Ht 42%,白血球6,300(好中球42%,好酸球1%,好塩基球1%,単球9%,リンパ球45%,異型リンパ球2%),血小板28万,PT-INR 1.1(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白7.2g/dL,アルブミン3.9g/dL,IgG 1,140mg/dL(基準960~1,960),IgM 473mg/dL(基準65~350),総ビリルビン8.1mg/dL,直接ビリルビン5.7mg/dL,AST 984U/L,ALT 822 U/L,LD 423U/L(基準120~245),ALP 143U/L(基準38~113),γ-GT 266U/L(基準8~50)。免疫血清学所見:HBs抗原陰性,IgM型HBc抗体陰性,HCV抗体陰性,HCV-RNA陰性,IgM型HA抗体陽性,IgA型HEV抗体陰性,RPR 1倍未満(基準1倍未満),TPHA 320倍(基準80倍未満)。 この患者で考えられる疾患はどれか。
- a.A型肝炎
- b.B型肝炎
- c.C型肝炎
- d.D型肝炎
- e.E型肝炎
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
前駆症状に続く黄疸とトランスアミナーゼの著明な上昇は急性肝炎を示し、原因ウイルスの特定には各ウイルスの急性期マーカーを読むことが基本です。IgM型HA抗体陽性で他のマーカーが陰性なら急性A型肝炎と診断でき、B型はHBs抗原とIgM型HBc抗体、C型はHCV-RNA、E型はIgA型HEV抗体で評価し、D型はHBV感染が前提のためHBV陰性なら否定できます。A型肝炎は糞口感染で、生の貝類や汚染水に加えて男性間性交渉でも伝播し、潜伏期は2〜6週です。慢性化はしませんがまれに劇症化するため、PT-INRや意識状態の経過観察が欠かせず、性交渉歴がある場合は他の性感染症の評価も併せて行います。病歴から感染経路を推測し、検査マーカーで裏づけるという手順は、ウイルス性肝炎に限らず感染症診療全般の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・23歳男性。1週間前から全身倦怠感・食欲不振・悪心が続き、前日から褐色尿が出現した。 ・1か月前に男性間の性交渉歴がある。飲酒は機会飲酒程度で、アルコール性肝障害は考えにくい。 ・微熱(37.2℃)、眼球結膜の黄染、圧痛を伴う肝腫大(右季肋下2cm)。 ・血液検査:AST 984U/L、ALT 822U/Lと肝細胞障害を示す酵素が著明に上昇している。総ビリルビン8.1mg/dL(直接ビリルビン5.7mg/dLと直接型優位)で黄疸がある。ALP・γ-GTの上昇は軽度〜中等度にとどまる。 ・肝の合成能(アルブミン3.9g/dL、PT-INR 1.1)と血小板(28万)は保たれており、肝硬変や劇症化を示す所見はない。意識も清明で肝性脳症はない。 ・IgMが473mg/dLと上昇している。
診断のプロセス
前駆症状としての倦怠感・消化器症状に続いて黄疸が現れ、トランスアミナーゼが数百〜千U/L台に上昇する経過は、急性肝炎の典型像である。胆道系酵素の上昇が比較的軽く、トランスアミナーゼの上昇が主体であることから、胆石などによる閉塞性黄疸より肝細胞性の障害が考えやすい。褐色尿は、水溶性の直接ビリルビンが尿中に排泄されたためである。 急性肝炎の原因としては肝炎ウイルス(A〜E型)、EBウイルスやサイトメガロウイルス、薬物、アルコール、自己免疫性肝炎などを鑑別する。本例は肝炎ウイルスマーカーが網羅的に測定されており、それを一つずつ読めばよい。 ・IgM型HA抗体陽性:A型肝炎ウイルス(HAV)の急性感染を示す。 ・HBs抗原陰性、IgM型HBc抗体陰性:急性B型肝炎は否定的。 ・HCV抗体陰性、HCV-RNA陰性:C型肝炎は否定的。 ・IgA型HEV抗体陰性:急性E型肝炎は否定的。 したがってA型急性肝炎と診断できる。血清IgMの上昇も、急性ウイルス感染で最初に産生される抗体がIgMであることと合致する。 A型肝炎は経口感染(糞口感染)する。生の貝類(カキなど)や汚染された水・食物が古典的な感染源だが、口と肛門が接触する性行為でも伝播し、近年は男性間性交渉者(MSM)での集団発生が国内外で報告されている。本例では1か月前の性交渉から1週間前の症状出現までが約3週間であり、A型肝炎の潜伏期(2〜6週、平均約4週)に合致する。 なお、梅毒の検査はRPR陰性・TPHA陽性である。TPHAのような梅毒トレポネーマ抗原を用いる検査は治療後も陽性が長く続く一方、RPRのような非トレポネーマ検査は病勢を反映する。この組み合わせは過去の梅毒感染(治癒後)を示すと考えられ、現在活動性の梅毒による肝障害ではない。ただし性感染症の既往がある以上、HIVなど他の性感染症の検査も併せて考慮すべきである。
選択肢考察
- ○a. A型肝炎
IgM型HA抗体は感染後早期、発症時からすでに陽性となり、数か月で陰性化するため、急性A型肝炎の診断に用いられる。本例はこれが陽性で、ほかの肝炎ウイルスマーカーはすべて陰性である。黄疸を伴う急性肝炎の臨床像、男性間の性交渉歴(糞口経路での感染機会)も合致し、性交渉(1か月前)から症状出現(1週間前)までの約3週間はA型肝炎の潜伏期(2〜6週)の範囲内である。A型肝炎は慢性化せず、多くは安静と対症療法で自然に治癒するが、まれに劇症化するため、PT-INRや意識状態の経過観察が必要である。
- ×b. B型肝炎
B型肝炎も性行為で感染するため、病歴からは鑑別に挙がる。しかし急性B型肝炎ではHBs抗原が陽性となり、IgM型HBc抗体が高い値で陽性となるのが特徴である。本例は両者とも陰性であり、B型肝炎は否定的である。
- ×c. C型肝炎
C型肝炎は主に血液を介して感染し、性行為による感染効率は低いが、HIV感染者や男性間性交渉者では性的感染も報告されている。HCV抗体は感染から陽性化までに時間がかかり、急性期には陰性のことがあるが、その場合でもHCV-RNAは早期から検出される。本例はHCV抗体・HCV-RNAともに陰性であり、C型肝炎は否定的である。
- ×d. D型肝炎
D型肝炎ウイルス(HDV)は自力では増殖できない不完全なRNAウイルスで、外殻としてHBVのHBs抗原を必要とする。そのため、HBVとの同時感染か、HBVキャリアへの重複感染としてしか成立しない。本例はHBs抗原陰性・IgM型HBc抗体陰性でHBV感染がないため、D型肝炎は考えられない。日本ではD型肝炎はまれである。
- ×e. E型肝炎
E型肝炎もA型と同じく経口感染するウイルス性肝炎で、日本ではブタ・イノシシ・シカなどの生肉や加熱不十分な肉・レバーの摂取が主な感染源である。急性E型肝炎の診断にはIgA型HEV抗体が保険適用の検査として用いられるが、本例では陰性であり、E型肝炎は否定的である。
ウイルス性肝炎の比較
・A型(HAV):RNAウイルス。糞口感染(生の貝類、汚染水、性行為)。潜伏期2〜6週。慢性化しない。診断はIgM型HA抗体。ワクチンあり。 ・B型(HBV):DNAウイルス。血液・体液感染(性行為、母子感染、針刺し)。潜伏期1〜6か月。成人の初感染は多くが一過性だが、遺伝子型Aなどでは慢性化しやすい。急性期診断はHBs抗原とIgM型HBc抗体。ワクチンあり。 ・C型(HCV):RNAウイルス。主に血液感染。高率に慢性化し、肝硬変・肝細胞癌の原因となる。診断はHCV抗体とHCV-RNA。直接作用型抗ウイルス薬(DAA)で高率に排除できる。 ・D型(HDV):不完全RNAウイルス。HBV存在下でのみ感染。 ・E型(HEV):RNAウイルス。経口感染(加熱不十分なブタ・イノシシ・シカ肉など)。妊婦で劇症化しやすく、免疫不全者では慢性化することがある。診断はIgA型HEV抗体。
急性肝炎の経過と注意点
前駆期(倦怠感、食欲不振、悪心、発熱など感冒様症状)→黄疸期(褐色尿、黄疸、肝腫大)→回復期と進む。トランスアミナーゼが著明に上昇し、通常はALT優位となることが多い。最も注意すべきは急性肝不全(劇症肝炎)への進展で、プロトロンビン時間の延長(PT-INR 1.5以上、またはPT 40%以下)や肝性脳症の出現が指標となる。
梅毒血清反応の読み方
・非トレポネーマ検査(RPRなど)陽性・トレポネーマ検査(TPHA、TPLAなど)陽性:活動性梅毒(または治療後間もない時期)。 ・非トレポネーマ陰性・トレポネーマ陽性:梅毒治癒後(陳旧性)が多い。 ・非トレポネーマ陽性・トレポネーマ陰性:生物学的偽陽性(抗リン脂質抗体症候群、妊娠など)または感染ごく初期。 ・両者陰性:非感染、または感染ごく初期。
POINT
・急性肝炎の病型診断は、各ウイルスの急性期マーカーで行う:A型はIgM型HA抗体、B型はHBs抗原とIgM型HBc抗体、C型はHCV-RNA(とHCV抗体)、E型はIgA型HEV抗体。 ・D型肝炎はHBVの存在が前提であり、HBV陰性なら否定できる。 ・A型肝炎は糞口感染で、生の貝類に加え男性間性交渉でも伝播する。慢性化しない。 ・RPR陰性・TPHA陽性は梅毒治癒後のパターン。 ・急性肝炎ではPT-INRと意識状態を追い、劇症化に注意する。
