ドクターヘリに乗せるのは誰か―「最大多数に最善を」で考える災害トリアージ
第115回医師国家試験 C問題 第40問
国試問題にチャレンジ
旅客機が着陸に失敗し,機体が大破した。空港の救急車・消防車の他に,周辺の消防署に応援が要請された。救命救急センターに患者を搬送するため,ドクターヘリも現場に向かっており,まもなく到着する予定である。 ドクターヘリで搬送する場合,優先すべき患者はどれか。
- a.下肢挫創はあるが,自力で歩行できる。
- b.頭部が挫滅しており,呼吸も脈もない。
- c.胸部に打撲傷があり,呼吸状態は安定している。
- d.興奮状態だが,簡単な指示に従うことができる。
- e.腹部に挫創があり,意識レベルがJCSⅢ-100である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
多数傷病者事故では「最大多数に最善の医療を」の原則に従い、トリアージで治療・搬送の優先順位を決めます。現場で行うSTART法では、歩行可能なら緑、気道確保しても呼吸がなければ黒、呼吸数30回/分以上または10回/分未満・橈骨動脈触知不能またはCRT2秒超・簡単な指示に従えない場合は赤、それ以外は黄と判定します。JCSⅢ桁は刺激しても覚醒せず指示に従えないため赤となり、腹部外傷による出血の懸念も加わるこの患者こそ、ドクターヘリで救命救急センターへ運ぶべき対象です。救命困難な黒の傷病者や歩行可能な緑の傷病者に限られた資源を割かないことが、結果として多くの命を救います。状態は刻々と変わるため、二次トリアージ(PAT法)を含めた繰り返しの評価が重要であることも押さえておきましょう。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
旅客機の着陸失敗・機体大破という事故で、一度に多数の傷病者が発生している。周辺の消防署に応援を求めていることからも、その場にある医療資源(人員・救急車・搬送手段)では全員に同時に十分な対応ができない「多数傷病者事故(MCI:mass casualty incident)」の状況だと分かる。
トリアージの考え方
医療の需要が供給を上回る場面では、「最大多数に最善の医療を」という原則に従い、緊急度と重症度で傷病者に優先順位を付ける。これがトリアージである。ドクターヘリは一度に運べる人数が限られる貴重な搬送手段なので、救命救急センターでの根本治療が間に合えば救命できる最優先治療群(赤)を優先して運ぶべきである。
一次トリアージ(START法)の手順
現場の最初の選別には、短時間で行えるSTART法(Simple Triage And Rapid Treatment)が使われる。 1. 歩行可能か → 歩ければ緑(保留群) 2. 自発呼吸はあるか → なければ気道確保を行い、それでも呼吸しなければ黒(死亡・救命困難群)、呼吸が再開すれば赤 3. 呼吸数 → 毎分30回以上または10回未満なら赤 4. 循環 → 橈骨動脈が触れない、または毛細血管再充満時間(CRT)が2秒を超える(日本の運用では脈拍120回/分超も含む)なら赤 5. 意識 → 簡単な指示に従えなければ赤 6. 上記のいずれにも当てはまらなければ黄(待機的治療群)
本問の考え方
各選択肢は一部の情報しか示していないため、すべての項目を評価して色を確定することはできない。そこで、示された情報だけで「赤」と言い切れるものを選ぶ。JCSⅢ-100は痛み刺激でも開眼しない深い意識障害であり、簡単な指示に従うことはできないので、START法の意識の項目で赤に該当する。さらに腹部の挫創があり、腹腔内臓器損傷や出血による重症化も懸念される。したがって、ドクターヘリで優先して搬送すべきなのはeの患者である。
選択肢考察
- ×a. 下肢挫創はあるが,自力で歩行できる。
START法では、最初に「歩けるかどうか」を確認し、自力で歩ける傷病者は緑(保留群、軽症)に分類する。下肢の挫創はあっても歩行できる程度の損傷であり、すぐに治療しなくても生命に関わる可能性は低い。ドクターヘリを使う優先度は低く、救護所での処置や後から来る一般の搬送手段で対応すればよい。
- ×b. 頭部が挫滅しており,呼吸も脈もない。
呼吸も脈もない時点ですでに心肺停止の状態であり、しかも頭部が挫滅しているため救命の見込みはない。START法では、気道確保をしても自発呼吸が戻らない傷病者は黒(死亡または救命困難群)に分類し、搬送や治療の優先順位は最も低くなる。平常時の救急医療であれば心肺蘇生を行う状況でも、多数傷病者が出ている災害時には、救命できる可能性の高い傷病者に限られた資源を回すことが優先される。
- ×c. 胸部に打撲傷があり,呼吸状態は安定している。
歩行の可否、循環や意識については書かれていないので、色を確定することはできない。ただし呼吸状態が安定していることから、呼吸の項目では赤の基準に当てはまらない。歩ければ緑、歩けなくても循環と意識に異常がなければ黄(待機的治療群)となる。胸部打撲では後から気胸や血胸が明らかになることがあるため、再評価は必要だが、示された情報の範囲ではeより優先度は低い。
- ×d. 興奮状態だが,簡単な指示に従うことができる。
興奮していても簡単な指示に従えるのであれば、START法の意識の項目では赤の基準(指示に従えない)に当てはまらない。呼吸や循環の情報がないので色を確定することはできないが、示された情報だけで最優先とする根拠はなく、緑または黄にとどまる可能性が高い。なお、興奮の背景に低酸素、ショック、頭部外傷などが隠れていることもあるため、経過中の再評価は欠かせない。
- ○e. 腹部に挫創があり,意識レベルがJCSⅢ-100である。
JCS(Japan Coma Scale)Ⅲ-100は「痛み刺激に対して払いのけるような動作をするが、開眼しない」状態で、刺激しても覚醒しない重い意識障害である。簡単な指示に従うことはできないので、START法の意識の項目で赤(最優先治療群)に分類される。また腹部に挫創があることから、腹腔内の臓器損傷や出血性ショックを伴っている可能性もある。救命救急センターで手術などの根本治療を早く受けられれば救命できる可能性があるため、ドクターヘリで最優先に搬送すべき傷病者である。
トリアージ区分(トリアージタッグの色)
・赤(区分Ⅰ):最優先治療群。生命に関わる重篤な状態で、ただちに処置や搬送が必要なもの(気道閉塞、呼吸不全、ショック、重度の意識障害など)。 ・黄(区分Ⅱ):待機的治療群。今すぐ生命に関わることはないが、早めに処置が必要なもの。 ・緑(区分Ⅲ):保留群。歩行可能な軽症者で、専門医の治療をほぼ必要としないもの。 ・黒(区分0):死亡群、または救命の見込みがないもの。 搬送・治療の優先順位は赤→黄→緑→黒の順である。
一次トリアージと二次トリアージ
・一次トリアージ(START法):災害現場で最初に行う。歩行、呼吸、循環、意識という少ない項目で、1人あたり短時間で振り分ける。 ・二次トリアージ(PAT法:生理学的・解剖学的評価法):救護所などで行う。生理学的評価(意識、呼吸数、脈拍、血圧、SpO2、体温など)に加え、解剖学的評価(開放性頭蓋骨骨折、緊張性気胸、骨盤骨折、両側大腿骨骨折など)や受傷機転、災害時要援護者(小児、高齢者、妊婦など)であるかどうかも考慮して判定する。
トリアージの留意点
・傷病者の状態は時間とともに変わるので、トリアージは一度で終わりにせず、繰り返し行う。 ・トリアージタッグは原則として右手首に付ける(右手首に付けられないときは左手首、足首、首の順)。災害現場ではカルテの役割も担う。 ・JCS(Japan Coma Scale):Ⅰ(刺激しなくても覚醒している:1、2、3)、Ⅱ(刺激すると覚醒する:10、20、30)、Ⅲ(刺激しても覚醒しない:100、200、300)の3段階9区分で評価する。Ⅲ-100は払いのける動作をする、Ⅲ-200は手足を少し動かしたり顔をしかめたりする、Ⅲ-300は痛み刺激にまったく反応しない状態である。
POINT
・多数傷病者事故では「最大多数に最善の医療を」の原則に従い、トリアージで優先順位を決める。 ・ドクターヘリなど限られた搬送手段は、赤(最優先治療群)の傷病者に使う。 ・START法:歩ける→緑、気道確保しても呼吸なし→黒、呼吸数30回/分以上または10回/分未満・橈骨動脈触知不能またはCRT>2秒・指示に従えない→赤、それ以外→黄。 ・JCSⅢ桁(刺激しても覚醒しない)は簡単な指示に従えないため赤になる。
