「わかっているのにやめられない」―強迫行為が不安を鎮め、そして強めるしくみ
第115回医師国家試験 B問題 第18問
国試問題にチャレンジ
強迫性障害の患者にみられる強迫行為について正しいのはどれか。
- a.行為中の記憶がない。
- b.行為は夕方増悪する。
- c.行為によって不安は緩和される。
- d.患者は行為を合理的であると考えている。
- e.「行為をしなさい」という命令が外から頭の中に吹き込まれる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
強迫行為は、自分の意思に反して浮かぶ強迫観念による不安や苦痛を打ち消すために行われ、行うと不安は一時的に緩和されますが、その安心感が行為を強化して悪循環を生みます。患者の意識は清明で記憶も保たれ、決まった日内変動はなく、多くは自分の考えや行為の不合理性を自覚しています。考えが外から吹き込まれる思考吹入は統合失調症の自我障害、不合理性の自覚を欠く確信は妄想であり、自我所属性が保たれている点が強迫症状との鑑別の鍵です。治療はSSRIと曝露反応妨害法が柱で、後者は行為による不安軽減という悪循環を断つ考え方に基づきます。強迫・妄想・自我障害・解離を症状の性質から区別する力は、精神科診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
強迫性障害(強迫症、OCD:obsessive-compulsive disorder)の中核症状である強迫観念と強迫行為の性質を問う問題である。
強迫観念と強迫行為の関係
・強迫観念:自分の意思に反して繰り返し頭に浮かび、強い不安や苦痛を引き起こす考え・イメージ・衝動である(例:手が汚れて病気がうつるのではないか、鍵を閉め忘れたのではないか)。患者はそれが自分自身の心から生じたものだと分かっている。 ・強迫行為:強迫観念によって生じた不安や苦痛を打ち消す(中和する)ため、または恐れている出来事を防ぐために、繰り返さずにはいられない行為や心の中の行為である(例:何度も手を洗う、何度も確認する、決まった順序で物を並べる、頭の中で数を数える)。 強迫行為を行うと不安は一時的に軽くなるが、その安心感が行為を強化するため、行為はかえって増え、儀式化していく。この悪循環が強迫性障害の病態の中心である。
鑑別の視点
選択肢には、記憶の欠落(解離)、夕方の増悪、不合理性の欠如(妄想)、外部からの考えの吹き込み(自我障害)など、他の病態の特徴が並んでいる。強迫症状は「自分の考えであると自覚し(自我所属性が保たれる)、多くはばかばかしいと分かっていながらやめられない」点で、統合失調症の自我障害や妄想と区別される。
選択肢考察
- ×a. 行為中の記憶がない。
誤り。強迫行為は不安を減らす目的で本人が意識して行う行為であり、意識は清明で、行為中の記憶も保たれている。むしろ確認行為では「きちんとできたか」という記憶への確信がもてないことが問題となるが、記憶そのものが失われているわけではない。行為中の記憶が欠落するのは、解離性健忘・解離性遁走などの解離性障害や、てんかんの複雑部分発作(焦点意識減損発作)、せん妄などでみられる。
- ×b. 行為は夕方増悪する。
誤り。強迫行為に決まった日内変動はなく、症状の強さは強迫観念を誘発する状況(汚れたものに触れた、外出前など)に左右される。夕方から夜に症状が悪化するものとしては、むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)や、認知症・せん妄でみられる夕暮れ症候群(日没症候群)が代表的である。なお、うつ病では朝に気分が最も悪く夕方に軽くなる日内変動がみられる。
- ○c. 行為によって不安は緩和される。
正しい。強迫行為は、強迫観念によって生じた不安や苦痛を打ち消す(中和する)ために行われる。行為をすると不安は一時的に和らぐが、その効果は長続きせず、再び強迫観念が浮かぶと行為を繰り返すことになる。行為による不安軽減が行為を強化するため、治療(曝露反応妨害法)では、不安を引き起こす状況にあえて身を置き、強迫行為をしないで不安が自然に下がることを体験させる。
- ×d. 患者は行為を合理的であると考えている。
誤り。強迫性障害の患者の多くは、自分の考えや行為が過剰で不合理であると認識しており(不合理性の自覚)、それでもやめられないことに苦しむ。考えや行為が正しく合理的であると確信している場合は、妄想(訂正不能な誤った確信)の性質に近い。なお、DSM-5では病識の程度を「良好または十分」「不十分」「欠如・妄想的確信を伴う」に分けて特定することとされ、病識の乏しい例も存在するが、典型的には不合理性の自覚がある。
- ×e. 「行為をしなさい」という命令が外から頭の中に吹き込まれる。
誤り。他人の考えが外から自分の頭に入れられると感じる体験は思考吹入であり、自分の考えや行動が他者に操られる作為体験とともに、統合失調症でみられる自我障害(させられ体験)である。命令する声が聞こえる場合は命令性の幻聴であり、これも統合失調症の症状である。強迫観念は不快で望まないものであっても、患者自身の心から生じた考えであると自覚されている(自我所属性が保たれる)点で、これらと区別される。
強迫性障害(強迫症)の概要
・生涯有病率は1〜2%程度で、10歳代〜20歳代前半の若年発症が多い。男女差は小さい。 ・主な症状の型:汚染・洗浄(不潔恐怖と洗浄強迫)、確認(戸締まり・ガス栓などの確認強迫)、対称性・順序へのこだわり、加害の不安、数かぞえ など。 ・診断(DSM-5):強迫観念・強迫行為のいずれかまたは両方が存在し、時間を浪費させる(1日1時間以上など)か、著しい苦痛や社会的・職業的機能の障害を引き起こしている。物質や他の医学的疾患、他の精神疾患では説明できない。病識の程度を特定する。 ・併存しやすい疾患:うつ病、他の不安症、チック症(Tourette症候群を含む)。 ・関連疾患(強迫症および関連症群):身体醜形症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症。
治療
・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI。フルボキサミン、パロキセチンなど)が第一選択で、うつ病より高用量・長期間を要することが多い。三環系抗うつ薬のクロミプラミンも有効。難治例では抗精神病薬を少量追加することがある。 ・精神療法:認知行動療法、とくに曝露反応妨害法(ERP)が有効である。
鑑別に役立つ用語の整理
・強迫観念:自分の考えと自覚、不合理と分かっている、抵抗しようとする。 ・妄想:訂正不能な確信、不合理性の自覚がない。 ・思考吹入・作為体験:自分の思考・行為が外部から入れられ、操られる(自我障害、統合失調症)。 ・解離性健忘:心理的ストレスに関連した自伝的記憶の欠落。
POINT
・強迫行為は強迫観念による不安を打ち消す(中和する)ための行為で、行うと不安は一時的に軽減する。 ・患者は多くの場合、考えや行為の不合理性を自覚している(自我所属性あり)。 ・意識は清明で記憶も保たれ、決まった日内変動はない。 ・外から考えを吹き込まれる体験(思考吹入)は統合失調症の自我障害。 ・治療はSSRIと曝露反応妨害法。
