「朝起きられない」は怠けじゃない―起立性調節障害を確かめる起立試験
第114回医師国家試験 F問題 第44問
国試問題にチャレンジ
10歳の女児。起立時の気分不良を主訴に母親に連れられて来院した。朝はなかなか起きられず,起立時に気分不良があり,時に目の前が暗くなりふらふらすることがある。午前中は特に調子が悪い。頭痛,腹痛が続き,食欲は不良である。乗物酔いを起こしやすいという。意識は清明。顔面はやや蒼白である。神経診察で異常を認めない。尿所見,血液所見および血液生化学所見に異常を認めない。 診断に最も有用な検査はどれか。
- a.起立試験
- b.視野検査
- c.脳波検査
- d.温度眼振検査
- e.重心動揺検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
学童期後半から思春期に、起立時の気分不良や立ちくらみ、朝起きられず午前中に不調、頭痛・腹痛・食欲不振・乗り物酔い・顔色不良がみられれば、起立性調節障害を疑います。まず貧血、心疾患、てんかん、内分泌疾患などの器質的疾患を除外し、臥位から能動起立させて10分間血圧と心拍数を測定する起立試験で診断と病型分類を行います。病型には起立直後性低血圧、体位性頻脈症候群、血管迷走神経性失神、遷延性起立性低血圧があり、視野検査・脳波・温度眼振検査・重心動揺検査は循環調節の異常をとらえられないため診断には役立ちません。治療は疾患の説明と生活指導、水分・塩分摂取が基本で、必要に応じてミドドリンなどの昇圧薬を用います。「怠け」と誤解されがちな子どもの不調を正しく評価し、家族や学校と連携して支えるための基本となる知識です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・10歳の女児。学童期後半から思春期にかけては、自律神経による循環調節が不安定になりやすい年代である。 ・訴えは、起立時の気分不良、立ちくらみ(目の前が暗くなりふらふらする)、朝起きられない、午前中に特に調子が悪い、頭痛・腹痛の持続、食欲不振、乗物酔いしやすい、である。診察では顔面がやや蒼白である。 ・意識は清明で、神経診察は正常である。尿・血液・血液生化学検査にも異常がなく、貧血、甲状腺機能異常、電解質異常、腎・肝疾患などの器質的な原因を示す所見はない。
診断へのプロセス
起立に伴って症状が出て午前中に悪化し、午後には軽くなるという日内変動は、起立性調節障害〈OD:orthostatic dysregulation〉に特徴的である。起立性調節障害は、起立したときに下半身へ移動した血液を、交感神経による血管収縮や心拍増加で十分に代償できない自律神経機能不全である。その結果、脳血流や全身の循環が保てなくなる。日本小児心身医学会のガイドラインでは11の身体症状が挙げられており、3つ以上(強い場合は2つ以上)当てはまればODを疑う。本例は、立ちくらみ、起立時の気分不良、朝起きられず午前中に調子が悪い、顔色不良、食欲不振、腹痛、頭痛、乗物酔いと、多くの項目に該当する。 ODを疑ったら、まず鉄欠乏性貧血、心疾患(不整脈など)、てんかん、甲状腺機能異常、副腎機能不全、脳腫瘍などの器質的疾患を除外する。本例では神経所見と一般検査が正常であり、器質的疾患は考えにくい。
設問の考え方
ODの診断を確定させ、さらに病型(サブタイプ)を決めるのに必要なのは、臥位から起立させたときの血圧と心拍数の変化を実際に測定する起立試験である。視野・脳波・前庭機能・平衡機能といった検査はODでは異常を示さず、診断には役立たない。
選択肢考察
- ○a. 起立試験
起立性調節障害の診断と病型分類に欠かせない検査である。安静臥位(10分程度)で血圧・心拍数を測定したあと、自ら立ち上がらせ(能動起立)、起立直後から10分間、収縮期血圧・拡張期血圧・心拍数を経時的に測定する。あわせて立ちくらみや気分不良などの症状が再現されるかを観察する。起立直後の血圧回復の遅れ、心拍数の過剰な増加、持続的な血圧低下、急激な血圧低下と徐脈による失神などのパターンから、病型を判定する(補足参照)。症状は午前中に出やすいため、可能であれば午前中に行うと異常をとらえやすい。よって正しい。
- ×b. 視野検査
視野検査は、緑内障、網膜疾患、視神経・視交叉・視放線などの視覚路の障害(下垂体腫瘍による両耳側半盲など)を調べる検査である。本例の「目の前が暗くなる」は、起立時に脳・網膜への血流が一時的に低下して起こる眼前暗黒感であり、視野の器質的な欠損ではない。ODでは視野異常はみられないため、誤りである。
- ×c. 脳波検査
脳波検査は、てんかんなど脳の電気活動の異常を調べる検査である。ODでも失神を起こすことがあり、まれに失神に伴うけいれん様の動き(けいれん性失神)がみられるため、てんかんとの鑑別が問題になる場合はある。しかし、本例は起立に関連した症状と日内変動を示し、神経所見も正常である。また、ODでは発作間欠期の脳波に異常はみられない。診断に最も有用な検査ではないため、誤りである。
- ×d. 温度眼振検査
温度眼振検査(カロリックテスト)は、外耳道に冷水や温水(または冷風・温風)を入れて誘発される眼振を観察する検査である。外側半規管と前庭神経の機能を左右別に評価し、前庭神経炎やMénière病などの末梢性めまいの診断に用いる。本例のふらつきは循環調節不全による立ちくらみであり、回転性めまいではない。ODでは前庭機能に異常はないため、誤りである。
- ×e. 重心動揺検査
重心動揺検査は、重心動揺計の上に立たせ、開眼時と閉眼時の体の揺れ(重心の移動距離や面積)を記録する平衡機能検査である。前庭・小脳・深部感覚などの障害の評価に用いる。ODの立ちくらみは平衡機能の障害ではなく循環調節の障害によるもので、本検査に特異的な異常は出ないため、誤りである。
起立性調節障害〈OD〉の概要
・小学校高学年から中学生に多く、男子より女子にやや多い。成長期の自律神経系の不安定さに加え、遺伝的素因、心理社会的ストレス、運動不足や夜型の生活習慣などが関与する。 ・典型的には、午前中に症状が強く、午後から夜にかけて回復する。夜は元気になって寝つきが悪くなり、さらに朝起きられなくなるという悪循環に陥りやすい。怠けと誤解されやすく、不登校の背景になることも多い。
ガイドラインの身体症状(11項目)
立ちくらみ・めまい、起立時の気分不良・失神、入浴時や嫌なことを見聞きしたときの気分不良、少し動くと動悸・息切れがする、朝なかなか起きられず午前中調子が悪い、顔色が青白い、食欲不振、臍疝痛(腹痛)、倦怠感・疲れやすい、頭痛、乗り物酔いしやすい。
起立試験で判定する主な病型
・起立直後性低血圧:起立直後に血圧が大きく低下し、回復までに時間がかかる型。 ・体位性頻脈症候群〈POTS〉:起立時に血圧低下は目立たないが、心拍数が過剰に増加する型。起立3分以降の心拍数が115/分以上、または増加幅が35/分以上を目安とする。 ・血管迷走神経性失神:起立中に突然の血圧低下と、しばしば徐脈を伴って失神または失神前症状を起こす型。 ・遷延性起立性低血圧:起立直後は正常だが、数分以上たってから徐々に血圧が低下する型。 (このほか、非侵襲的連続血圧測定を用いて判定する病型もある。)
診断の流れと治療
症状から疑う → 器質的疾患を除外(血液検査、心電図、必要に応じて甲状腺・副腎機能、脳画像など)→ 起立試験で病型と重症度を判定 → 心理社会的要因(心身症としての側面)を評価する。 治療の中心は非薬物療法である。疾患についての説明と保護者・学校の理解、ゆっくり起き上がる・長時間の立位を避ける、水分(1日1.5〜2L程度)と塩分を多めにとる、適度な運動、生活リズムの調整を行う。効果が不十分なら、ミドドリン(α1刺激薬)などの昇圧薬を用いる。
POINT
・学童〜思春期で、起立時の気分不良・立ちくらみ・朝起きられない・午前中に不調・頭痛・腹痛・食欲不振・乗り物酔い・顔色不良 → 起立性調節障害を疑う。 ・まず器質的疾患(貧血、心疾患、てんかん、内分泌疾患など)を除外する。 ・診断と病型分類には、臥位から能動起立させて血圧・心拍数を10分間測定する起立試験を行う。 ・病型:起立直後性低血圧、体位性頻脈症候群、血管迷走神経性失神、遷延性起立性低血圧。 ・治療は説明・生活指導・水分と塩分の摂取が基本で、必要時に昇圧薬(ミドドリン)を用いる。
