「浅く刺して、先に緩める」―静脈採血の手順に隠れた安全のルール
第113回医師国家試験 B問題 第12問
国試問題にチャレンジ
シリンジを用いた静脈採血について適切なのはどれか。
- a.抜針してから駆血帯を外す。
- b.拍動を触れる部分を穿刺する。
- c.採血後すぐに針にキャップをする。
- d.皮膚面に15~30度の角度で穿刺する。
- e.透析用動静脈シャントがある場合は同じ腕で行う。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
シリンジによる静脈採血では、肘窩の表在静脈を選び、皮膚を末梢側に引いて固定したうえで、針の切り口を上にして皮膚面に対し15〜30度の浅い角度で刺入するのが標準です。角度が大きすぎると静脈後壁の貫通や、深部を走る上腕動脈・正中神経の損傷を招くおそれがあります。採取後は駆血帯を外してから抜針して圧迫止血し、使用済みの針はリキャップせずに耐貫通性容器へ直ちに廃棄します。拍動を触れる血管は動脈であり、透析シャント肢、輸液中の腕、麻痺側、腋窩リンパ節郭清側での採血も避けます。各手順の理由を理解しておくことは、血腫・神経損傷・針刺し事故・シャント閉塞といった合併症を防ぎ、臨床実習で安全に手技を行うための基本になります。
解答・解説
正解はdです
シリンジ(注射器)による静脈採血の基本手技を問う問題である。静脈採血は医学生が臨床実習で最初に身につける手技の一つであり、「どの血管を選ぶか」「どの角度で刺すか」「駆血帯(静脈をうっ滞させて怒張させるためのゴム帯)をいつ外すか」「使用済みの針をどう扱うか」「採血してはいけない腕はどれか」という各段階に、患者と医療者の安全のための決まりがある。 標準的な流れは次のとおりである。 1. 本人確認と採血管・物品の準備、手指衛生と手袋の装着。 2. 穿刺部位の選択:一般に肘窩の表在静脈(肘正中皮静脈、橈側皮静脈など)を用いる。シャント肢・輸液中の腕・麻痺側・乳房切除後のリンパ節郭清側は避ける。 3. 穿刺予定部位の数cm(目安7〜10cm)中枢側に駆血帯を巻き、母指を中にして手を握ってもらう。 4. アルコール綿などで消毒し、乾燥させる。 5. 皮膚を末梢側に軽く引いて静脈を固定し、針の切り口(ベベル)を上に向けて皮膚面に対し15〜30度で刺入する。 6. 逆血を確認したら針を動かさないよう固定し、内筒をゆっくり引いて必要量を採取する。 7. 手を開いてもらい駆血帯を外してから、針を抜き、穿刺部位を圧迫止血する。 8. 針はリキャップせず、そのまま耐貫通性の専用廃棄容器に捨てる。 この流れに照らして各選択肢を検討すれば、正しい記載は穿刺角度に関するdのみとなる。
選択肢考察
- ×a. 抜針してから駆血帯を外す。
順序が逆である。駆血帯を巻いたままでは静脈内圧が高く血管が怒張した状態が続くため、その状態で針を抜くと穿刺孔から血液が勢いよく漏れ出し、皮下血腫(内出血)の原因になる。必ず駆血帯を先に外して静脈圧を下げ、そのあとで抜針し、穿刺部位を圧迫止血する。また、駆血時間が長くなる(一般に1〜2分を超える)と血液濃縮や溶血を起こし、カリウムや蛋白などの検査値が変動しうるため、採取が終わったら速やかに駆血を解除する。
- ×b. 拍動を触れる部分を穿刺する。
拍動を触れる血管は動脈であり、静脈採血の穿刺部位としては不適切である。肘窩では上腕動脈が肘正中皮静脈の深部内側を走行し、その近くには正中神経もあるため、拍動部の近傍を深く刺すと動脈誤穿刺や神経損傷を起こす危険がある。静脈採血では、表在性で太く、弾力があり、まっすぐ走行して触れても拍動のない静脈を選ぶ。なお、動脈血ガス分析のための動脈採血では逆に拍動を指標に橈骨動脈や大腿動脈を穿刺する。
- ×c. 採血後すぐに針にキャップをする。
使用済みの針に再びキャップをはめる行為(リキャップ)は、針先が手指に刺さる針刺し事故の主要な原因であるため、原則として行わない。針刺し事故はB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などの血液媒介感染の原因となる。使用後の針はキャップをせず、手元に用意した耐貫通性の専用廃棄容器(針捨てボックス)に直ちに捨てる。安全装置付きの針であれば、その機構を作動させてから廃棄する。
- ○d. 皮膚面に15~30度の角度で穿刺する。
静脈採血では、針の切り口を上に向け、皮膚面に対して15〜30度程度の浅い角度で刺入するのが標準である。肘窩の表在静脈は皮膚から浅い位置にあるため、浅い角度で血管の走行に沿って進めることで、血管内腔に針先をとどめやすい。角度が大きすぎると静脈の後壁を突き抜けて血腫をつくったり、深部を走る動脈や神経(正中神経など)を損傷したりする危険が高まる。刺入点は狙う血管の位置よりやや手前(末梢側)の皮膚とし、皮膚を末梢側に軽く引いて静脈を固定しておくと血管が逃げにくい。
- ×e. 透析用動静脈シャントがある場合は同じ腕で行う。
血液透析用の動静脈シャント(内シャント:動脈と静脈を皮下で吻合したもの)がある腕では、透析時以外の採血・点滴・血圧測定は行わない。駆血や穿刺によってシャント血管が損傷したり、血流が妨げられて血栓性閉塞を起こしたり、感染を招いたりして、シャントの寿命が短くなるためである。シャントは透析患者にとって生命線であるため、採血は必ずシャントのない反対側の腕で行う。同様に、輸液中の腕(輸液成分の混入で検査値が不正確になる)、麻痺側、乳房切除後で腋窩リンパ節郭清を行った側(リンパ浮腫・感染のリスク)も避ける。
静脈採血の部位選択
肘窩の表在静脈がもっとも多く用いられる。肘正中皮静脈は太く固定しやすいが、深部に上腕動脈や正中神経があるため深く刺さないよう注意する。橈側皮静脈は神経損傷のリスクが比較的低いとされる。尺側皮静脈の近くには内側前腕皮神経や上腕動脈が走行するため、注意が必要である。神経損傷などの合併症の可能性も考え、可能であれば利き手でない側を選ぶとよい。
採血を避けるべき腕
・透析用シャントのある腕 ・輸液を行っている腕(検体が希釈・汚染される。やむを得ない場合は輸液刺入部より末梢から採る) ・麻痺側 ・乳房切除後で腋窩リンパ節郭清を行った側 ・皮膚に炎症、熱傷、血腫などのある部位
主な合併症
・皮下血腫:抜針前に駆血帯を外さない、圧迫止血が不十分、後壁貫通などで生じる。 ・神経損傷:電撃痛やしびれを訴えた場合は直ちに抜針する。 ・血管迷走神経反射:気分不良、顔面蒼白、徐脈、血圧低下、失神。臥位にして経過をみる。 ・針刺し事故:医療者側のリスク。リキャップ禁止、専用容器への即時廃棄が予防の基本である。
真空採血管を用いる場合
ホルダーに採血管を差したまま駆血を解除・抜針すると、逆流(採血管内容物が血管内へ戻る現象)のリスクがあるため、採血管をホルダーから抜いてから駆血帯を外し、抜針する。
POINT
・静脈採血の穿刺角度は皮膚面に対し15〜30度、針の切り口は上向き。 ・駆血帯を外してから抜針する(逆にすると血腫の原因)。 ・リキャップは禁止。使用済みの針は直ちに耐貫通性容器へ。 ・拍動を触れる血管は動脈であり、静脈採血の対象ではない。 ・シャント肢、輸液中の腕、麻痺側、乳房切除・リンパ節郭清側では採血しない。
