StudyMed医師国家試験

大網は取る、小網は取らない―卵巣癌の初回手術は「病期決定」と「減量」の二本柱

第112回医師国家試験 F問題 第49問

国試問題にチャレンジ

第112回 F問題 第49問

55歳の女性。腹部膨満感を主訴に来院した。2か月前に腹部膨満感が出現し徐々に増悪してきた。身長154cm,体重63kg。体温36.7℃。脈拍92/分,整。血圧136/86mmHg。下腹部に径10cmの腫瘤を触知する。圧痛を認めない。卵巣癌を疑い手術を施行した。肉眼的に腹腔内播種はなく腹水も認めなかった。術中迅速病理検査で右卵巣原発の類内膜腺癌と診断された。  摘出する必要がないのはどれか。

  1. a.大網
  2. b.小網
  3. c.子宮
  4. d.卵巣
  5. e.卵管

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、術中迅速診断で上皮性卵巣癌と確定したあと、何を摘出するかを問う問題だ。ポイントは、卵巣癌の初回手術が何を目的にしているかを理解すること。目的がわかれば、取るべき臓器は自然に決まるよ。
医学生医学生
肉眼的に播種も腹水もないなら、早期なので右の卵巣だけ取れば十分な気もしてしまいます。
ドクタードクター
そこが最初の落とし穴だね。卵巣癌の病期は手術進行期分類で、手術で得た組織を顕微鏡で調べて初めて確定するんだ。肉眼的にはI期に見えても、大網やリンパ節に微小な転移が見つかって病期が上がることは珍しくない。だから手術には「正確に病期を決める」ことと「腫瘍をできるだけ取り除く」ことの2つの目的があるんだ。
医学生医学生
CBTの勉強では「卵巣癌は手術で病期を決める」と丸暗記していましたが、そういう意味だったんですね。
ドクタードクター
そう。そのうえで基本術式を覚えよう。両側付属器摘出術、子宮全摘出術、大網切除術の3つがセットだ。さらに病期決定のために、骨盤・傍大動脈リンパ節の郭清または生検、腹腔細胞診、腹膜生検を加える。
医学生医学生
付属器というのは卵巣と卵管のことですよね。なら卵巣も卵管も取ることになります。
ドクタードクター
その通り。原発の右卵巣はもちろん、正常に見える左卵巣も取る。反対側にも潜在的な病変がある可能性があるからね。卵管も卵巣に隣接していて転移しやすいし、高異型度漿液性癌の一部は卵管采から発生すると考えられている。
医学生医学生
子宮はどうでしょう。子宮自体に病変はなさそうですが。
ドクタードクター
子宮も基本術式に含まれる。漿膜への微小転移の可能性があるし、類内膜癌では子宮内膜癌が同時に存在することもあるんだ。55歳で妊孕性温存を考える必要もないから、子宮は摘出する。
医学生医学生
婦人科の臨床実習で手術に入ったとき、最後に胃のほうまで手を伸ばして大網を切っていたのを思い出しました。
ドクタードクター
よく見ていたね。卵巣癌は腹膜に沿って広がりやすく、胃の大弯から垂れ下がって腸の前を覆う大網は転移の好発部位だ。病期決定と減量の両方の意味で切除する。では、小網はどうだろう。
医学生医学生
名前が似ているので、同じように取るのかと思ってしまいました。でも、解剖実習で見た小網は肝臓と胃の小弯の間に張っていて、骨盤からはずいぶん離れていますね。
ドクタードクター
そう、それが答えだ。小網は肝門部から胃の小弯と十二指腸起始部に張る腹膜で、基本術式にも病期決定の手技にも含まれない。進行癌で小網に肉眼的な播種があれば減量の一環で切除することはあり得るけれど、今回のように播種のない症例で取る必要はない。つまり摘出不要なのは小網だね。
医学生医学生
大網と小網を取り違えないように、大弯側が大網、小弯側が小網と解剖でセットにして覚えておきます。
ドクタードクター
いい覚え方だ。発展知識として、FIGO分類の概略も押さえておこう。I期は卵巣や卵管に限局、II期は骨盤内への進展、III期は骨盤外の腹膜播種や後腹膜リンパ節転移、IV期は胸水細胞診陽性や肝実質転移などの遠隔転移だ。I期の中でも被膜破綻や洗浄細胞診陽性があればIC期になる。
医学生医学生
だから開腹したら最初に腹水や洗浄液の細胞診を取るんですね。
ドクタードクター
その通り。ほかに、類内膜癌と明細胞癌は子宮内膜症を背景に発生することがある点、進行例ではパクリタキセルとカルボプラチンのTC療法が標準的に行われる点も大事だ。また、挙児希望の強い若年者でIA期かつ組織型などの条件を満たす場合に限って、子宮と対側付属器を残す妊孕性温存手術が検討される。ただし大網切除や病期決定の手技は省略しないことに注意しよう。

まとめ

上皮性卵巣癌の初回手術は、病期を正確に決めることと腫瘍をできるだけ取り除くことの2つを目的とし、両側付属器摘出術(卵巣・卵管)、子宮全摘出術、大網切除術を基本に、後腹膜リンパ節の郭清または生検、腹腔細胞診、腹膜生検を加えます。卵巣癌の病期は手術進行期分類で、肉眼的にI期に見えても大網やリンパ節の微小転移で病期が上がることがあるため、播種がなくても大網は切除します。一方、肝臓と胃の小弯の間に張る小網は基本術式に含まれず、播種のない症例では摘出不要です。妊孕性温存手術は挙児希望のある若年者の限られた早期例でのみ検討されます。術式を臓器名の暗記ではなく「病期決定」と「減量」という目的から理解することが、婦人科腫瘍の手術全般を理解する土台になります。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・55歳女性:上皮性卵巣癌が多い40〜60歳代に含まれ、閉経後の年代である。 ・2か月の経過で徐々に強くなる腹部膨満感:腹腔内の腫瘤か腹水を考える。卵巣癌は初期に症状が乏しく、腹部膨満感や腹囲増大で気付かれることが多い。 ・下腹部に径10cmの腫瘤を触知し、圧痛はない:骨盤内の卵巣腫瘍あるいは子宮腫瘍を考える。圧痛がないので、茎捻転や破裂のような急性の合併症は起きていないと考えられる。子宮筋腫も鑑別に挙がるが、閉経前後の年代で短期間に増大する点は悪性腫瘍をより疑わせる。

術中所見と病期の見通し

開腹時、肉眼的な腹腔内播種と腹水はなく、術中迅速病理診断で右卵巣原発の類内膜腺癌(上皮性卵巣癌の組織型の一つ)とされた。肉眼的には右卵巣に限局しており、Ⅰ期(とくにⅠA期)の可能性が高い。ただし、卵巣癌の病期は手術で得た所見と組織(腹腔細胞診、リンパ節、大網、腹膜生検など)を調べて初めて確定する(手術進行期分類)。肉眼的にⅠ期に見える症例でも、顕微鏡的な転移が見つかって病期が上がることが少なくない。

設問の考え方

上皮性卵巣癌の初回手術には、①病期を正確に決めること(staging laparotomy)と、②腫瘍をできるだけ取り除くこと(腫瘍減量術)の二つの目的がある。基本術式は、両側付属器摘出術(両側の卵巣と卵管の摘出)+子宮全摘出術+大網切除術であり、病期決定のために後腹膜リンパ節(骨盤リンパ節・傍大動脈リンパ節)の郭清または生検、腹腔細胞診、腹膜の生検を加える。55歳で妊孕性温存(子宮と対側卵巣を残すこと)を考慮する必要はなく、基本術式を行う。この基本術式に含まれないものを選べばよい。

選択肢考察

  1. ×a.  大網

    大網は胃の大弯から垂れ下がり腸管の前面を覆う腹膜のひだである。卵巣癌は腹膜に沿って広がりやすく、大網は転移が起こりやすい部位である。肉眼的に異常がなくても顕微鏡的な転移があれば病期が変わるため、病期決定と腫瘍減量の両方の目的で大網切除術は基本術式に含まれる。摘出が必要である。

  2. ○b.  小網

    小網は肝臓の下面(肝門部)から胃の小弯と十二指腸の始まりの部分へ張る腹膜である。卵巣癌の基本術式(両側付属器摘出術+子宮全摘出術+大網切除術)にも、病期決定のための追加手技(後腹膜リンパ節郭清・生検、腹腔細胞診、腹膜生検)にも、小網の切除は含まれない。進行癌で小網に肉眼的な播種がある場合に腫瘍減量の一環として切除することはあり得るが、本例のように播種のない症例で摘出が必要とされる臓器ではない。

  3. ×c.  子宮

    子宮全摘出術は卵巣癌の基本術式に含まれる。子宮や子宮漿膜への微小な転移の可能性があること、類内膜癌では子宮内膜癌が同時に存在することがあることも、摘出の理由となる。妊孕性温存手術の対象となるのは挙児希望のある若年者の限られた早期例であり、55歳の本例では子宮を摘出する。

  4. ×d.  卵巣

    原発巣である右卵巣はもちろん、肉眼的に正常に見える左卵巣も摘出する。反対側の卵巣にも転移や潜在的な病変がある可能性があるからである。両側付属器摘出術は基本術式の中心である。

  5. ×e.  卵管

    付属器とは卵巣と卵管を合わせた呼び名であり、両側付属器摘出術には両側の卵管の摘出が含まれる。卵管は卵巣に隣接して転移が起こりやすい部位であり、また高異型度漿液性癌の一部は卵管采から発生すると考えられている。摘出が必要である。

上皮性卵巣癌の初回手術の流れ

①開腹し、腹水があれば採取して細胞診、なければ腹腔内を生理食塩水で洗って洗浄細胞診を行う ②原発巣と周囲への広がり、腹腔内播種の有無、後腹膜リンパ節の腫大を観察・触診する ③患側付属器を摘出し、術中迅速病理診断で良性・境界悪性・悪性を判断する ④悪性であれば子宮と対側付属器を摘出する ⑤後腹膜リンパ節(骨盤・傍大動脈)の郭清または生検を行う ⑥大網を切除する ⑦播種病巣の切除、腹膜の各所の生検を行う ⑧取り切れずに残った腫瘍の大きさを評価して閉腹する

卵巣癌の手術進行期分類(FIGO分類の概略)

・Ⅰ期:卵巣または卵管に限局。ⅠA期は片側に限局し被膜は破れておらず表面に腫瘍がなく腹水・洗浄細胞診が陰性。ⅠB期は両側に限局。ⅠC期は被膜破綻、表面への露出、腹水・洗浄細胞診陽性のいずれかを伴うもの。 ・Ⅱ期:骨盤内(子宮、卵管、骨盤腹膜など)への進展。 ・Ⅲ期:骨盤外の腹膜播種や後腹膜リンパ節転移。 ・Ⅳ期:腹膜播種を除く遠隔転移(胸水細胞診陽性、肝実質転移など)。

補足

・上皮性卵巣癌の主な組織型には、高異型度漿液性癌、類内膜癌、明細胞癌、粘液性癌などがある。類内膜癌と明細胞癌は子宮内膜症を背景に発生することがある。 ・進行例では手術に加えてパクリタキセルとカルボプラチンを併用する化学療法(TC療法)が標準的に行われる。 ・妊孕性温存手術(患側付属器摘出術+大網切除術+病期決定手技)は、挙児希望の強い若年者で、ⅠA期かつ組織型・分化度などの条件を満たす場合に限って考慮される。

POINT

・上皮性卵巣癌の基本術式:両側付属器摘出術+子宮全摘出術+大網切除術。 ・病期決定のため、後腹膜リンパ節(骨盤・傍大動脈)郭清または生検、腹腔細胞診、腹膜生検を加える。 ・卵巣癌の病期は手術進行期分類であり、術中・術後の所見で確定する。 ・大網(胃の大弯側)は切除するが、小網(胃の小弯側〜肝)は基本術式に含まれない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。