「固まる力」と「止める力」の綱引き―深部静脈血栓症を招く先天性血栓性素因
第112回医師国家試験 C問題 第16問
国試問題にチャレンジ
深部静脈血栓症の発症リスクとなるのはどれか。2つ選べ。
- a.アンチトロンビン欠乏症
- b.第XⅢ因子欠損症
- c.フィブリノゲン欠乏症
- d.プラスミノゲン活性化抑制因子1欠損症
- e.プロテインS欠乏症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
深部静脈血栓症のリスクとなる先天性血栓性素因は、凝固を抑える因子であるアンチトロンビン、プロテインC、プロテインSの欠乏症です。アンチトロンビンはトロンビンや活性化第X因子を不活化し、プロテインSは活性化プロテインCの補酵素として活性化第V・VIII因子の分解を助けるため、これらが欠けると凝固にブレーキがかからなくなります。一方、凝固を進めるフィブリノゲンや第XIII因子の欠乏、線溶を抑えるPAI-1の欠損は出血傾向をきたし、第XIII因子欠損症ではPT・APTTが正常なのに後出血がみられる点が特徴です。日本人ではプロテインS欠乏症が比較的多く、妊娠や経口避妊薬でも後天的に低下します。凝固・線溶系を「アクセルとブレーキの綱引き」として理解することは、血栓症・出血性疾患の鑑別や抗凝固療法の理解の土台になります。
解答・解説
正解はa, eです
本問は、凝固・線溶系の各因子が欠乏したときに「血栓傾向」と「出血傾向」のどちらになるかを問う問題である。
基本となる考え方
止血・血栓形成のバランスは、次の4つの働きの綱引きで決まる。 1. 凝固を進める因子(フィブリノゲン、プロトロンビン、第Ⅴ・Ⅷ・Ⅸ・Ⅹ・ⅩⅢ因子など) 2. 凝固を抑える因子(アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなど) 3. 線溶(できた血栓を溶かす仕組み)を進める因子(プラスミノゲン、組織プラスミノゲンアクチベーター〈t-PA〉など) 4. 線溶を抑える因子(プラスミノゲン活性化抑制因子1〈PAI-1〉、α2-プラスミンインヒビターなど) 1や4が欠乏すると血液が固まりにくく、あるいは血栓が溶けやすくなるので出血傾向になる。逆に、2や3が欠乏すると凝固にブレーキがかからない、あるいは血栓が溶けにくくなるので血栓傾向になる。 深部静脈血栓症(DVT)は、主に下肢や骨盤内の深部静脈に血栓ができる疾患で、Virchowの3要素(血流の停滞、血管内皮障害、血液凝固能の亢進)が発症に関わる。本問はこのうち「凝固能の亢進」をきたす先天性の血栓性素因を選ぶもので、凝固を抑える因子が欠乏するアンチトロンビン欠乏症(a)とプロテインS欠乏症(e)が該当する。選択肢 b・c・d はいずれも出血傾向をきたす病態である。
選択肢考察
- ○a. アンチトロンビン欠乏症
正しい。アンチトロンビン(AT、かつてのアンチトロンビンⅢ)は肝臓で産生される代表的な凝固阻止因子で、トロンビンや活性化第Ⅹ因子(Ⅹa)などのセリンプロテアーゼと結合して不活化する。ヘパリンはATに結合してこの作用を大幅に増強することで抗凝固効果を発揮する。ATが欠乏すると凝固反応を抑えられず血栓傾向となり、若年での深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症、家族内発症、まれな部位の静脈血栓症などの原因となる。先天性欠乏症は常染色体顕性(優性)遺伝で、先天性血栓性素因の中でも血栓リスクが高い。後天的にはネフローゼ症候群(尿中への喪失)、肝硬変(産生低下)、DIC(消費)などで低下する。AT欠乏状態ではヘパリンが効きにくい点も重要である。
- ×b. 第XⅢ因子欠損症
誤り。第ⅩⅢ因子(フィブリン安定化因子)は、トロンビンによって活性化され、フィブリン同士を架橋結合して強固で溶けにくい血栓にする働きをもつ。欠損すると形成された血栓がもろく、線溶で容易に分解されるため出血傾向となる。凝固の最終段階の異常であるため、プロトロンビン時間(PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)は正常となるのが特徴で、臍帯出血や、いったん止血した後に再び出血する後出血、創傷治癒遅延などがみられる。深部静脈血栓症のリスクにはならない。
- ×c. フィブリノゲン欠乏症
誤り。フィブリノゲン(第Ⅰ因子)は凝固カスケードの最終段階でトロンビンによってフィブリンに変換され、血栓の骨格を形成する。欠乏するとフィブリン塊を十分に作れないため出血傾向を示し、PT・APTTはともに延長する。後天的にはDIC、重症肝障害、大量出血などで低下する。なお、フィブリノゲンの量ではなく分子構造の異常(異常フィブリノゲン血症)では一部で血栓症をきたすことがあるが、欠乏症そのものは基本的に出血傾向をきたす病態であり、深部静脈血栓症のリスク因子とはいえない。
- ×d. プラスミノゲン活性化抑制因子1欠損症
誤り。血管内皮から放出された組織プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)はプラスミノゲンをプラスミンに変換し、プラスミンがフィブリンを分解して血栓を溶かす(線溶)。プラスミノゲン活性化抑制因子1(PAI-1)はt-PAと1:1で結合してその働きを阻害する、線溶のブレーキ役である。PAI-1が欠損すると線溶が過剰に進み、止血血栓が早期に溶けてしまうため出血傾向(特に外傷・手術後の遅発性出血)となる。逆にPAI-1が増加すると線溶が抑えられて血栓傾向となり、敗血症に伴うDICでPAI-1が著増し、微小血栓が溶けにくく臓器障害をきたしやすいのはこの機序による。
- ○e. プロテインS欠乏症
正しい。プロテインSはビタミンK依存性に肝臓で産生される蛋白で、活性化プロテインC(APC)の補酵素として働く。APCは活性化第Ⅴ因子(Ⅴa)と活性化第Ⅷ因子(Ⅷa)を分解して凝固を抑えるため、プロテインSが欠乏するとこの凝固阻止機構が十分に働かず血栓傾向となり、深部静脈血栓症の原因となる。日本人では特定の遺伝子変異(プロテインS徳島:K196E変異)の保因者が約55人に1人と比較的多く、日本人に重要な先天性血栓性素因である。また、妊娠、経口避妊薬(エストロゲン製剤)、炎症などで後天的にも低下し、経口避妊薬服用時に血栓症が起こりやすい一因と考えられている。
血栓性素因(血栓をつくりやすい体質)の整理
先天性 ・アンチトロンビン欠乏症 ・プロテインC欠乏症 ・プロテインS欠乏症(日本人で比較的多い) ・欧米人に多い第Ⅴ因子Leiden変異(APCレジスタンス)やプロトロンビン遺伝子変異は日本人ではほとんどみられない。 後天性 ・抗リン脂質抗体症候群 ・悪性腫瘍(Trousseau症候群) ・妊娠・産褥、経口避妊薬・エストロゲン製剤 ・ネフローゼ症候群(アンチトロンビンの尿中喪失など) ・長期臥床、手術(特に整形外科の下肢手術)、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)、肥満、加齢 ・ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
凝固阻止機構
・アンチトロンビン:トロンビン・Ⅹaなどを不活化。ヘパリンで作用が増強。 ・プロテインC:トロンボモジュリンに結合したトロンビンにより活性化され(APC)、Ⅴa・Ⅷaを分解。 ・プロテインS:APCの補酵素。 プロテインC・Sはビタミン K依存性であり、ワルファリン投与開始直後には半減期の短いプロテインCが先に低下して一過性に凝固亢進となることがある(ワルファリン誘発性皮膚壊死の原因)。
線溶系
t-PAがプラスミノゲンをプラスミンに変換し、プラスミンがフィブリンを分解してフィブリン分解産物(FDP、Dダイマー)が生じる。PAI-1はt-PAを、α2-プラスミンインヒビターはプラスミンを阻害する。
深部静脈血栓症(DVT)の概要
・好発部位:上肢より下肢に圧倒的に多い(特にヒラメ静脈から始まることが多い)。 ・症状:片側下肢の腫脹・疼痛・発赤。Homans徴候(足関節背屈で腓腹部痛)は感度・特異度とも低い。 ・診断:Dダイマー(陰性なら除外に有用)、下肢静脈超音波、造影CT。 ・合併症:肺血栓塞栓症(致死的となりうる)、血栓後症候群。 ・治療:抗凝固療法。急性期は未分画ヘパリンなど、慢性期はワルファリンが従来用いられてきたが、現在は直接経口抗凝固薬(DOAC)で急性期から維持期まで治療することも多い。
POINT
・凝固阻止因子(アンチトロンビン、プロテインC、プロテインS)の欠乏は血栓傾向→DVTのリスク。 ・凝固因子(フィブリノゲン、第ⅩⅢ因子など)や線溶抑制因子(PAI-1、α2-プラスミンインヒビター)の欠乏は出血傾向。 ・第ⅩⅢ因子欠損症はPT・APTTが正常なのに出血する(後出血・臍帯出血)。 ・プロテインS欠乏症は日本人に比較的多い先天性血栓性素因で、妊娠・経口避妊薬でも後天的に低下する。
