「誰が悪い?」ではなく「なぜ起きた?」―医療事故調査の本当の目的
第112回医師国家試験 B問題 第2問
国試問題にチャレンジ
院内の医療安全を推進する上で誤っているのはどれか。
- a.医療安全に関する研修を行う。
- b.ヒヤリハット事例の検討を行う。
- c.誰でも間違う可能性があることを理解する。
- d.薬液を使用する際に声出し指差し確認を遵守する。
- e.医療事故調査を行う目的は責任を追及するためである。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
医療安全は「人は誰でも間違える」という前提から出発し、個人を責めるのではなく、誤りが起きにくく起きても気づける仕組みを整えることを重視します。研修、ヒヤリハット事例の収集・分析、指差呼称やダブルチェックはいずれもこの考え方に沿った基本的な対策です。一方、医療事故調査の目的は原因の究明と再発防止であり、責任追及を目的にすると報告や事実の開示が妨げられ、同じ事故が繰り返される原因になります。2015年に始まった医療事故調査制度も、予期せぬ死亡・死産を対象とした再発防止のための制度です。非懲罰的な安全文化を理解しておくことは、チーム医療の一員として働くうえでの土台になります。
解答・解説
正解はeです
テーマ
院内で医療安全をどのように推進するか、その基本的な考え方が問われている。「誤っているのはどれか」という形式なので、医療安全の考え方に反する選択肢を選ぶ。
医療安全の基本的な考え方
現代の医療安全は「人は誰でも間違える(To err is human)」という前提から出発する。1999年に米国医学研究所(IOM)が報告書『To Err is Human』で、医療事故の多くは個人の不注意よりもシステムの欠陥から生じると指摘し、この考え方が世界に広まった。 事故はたいてい、一人の誤りだけで起こるのではない。手順・設備・人員配置・情報伝達など、複数の防護の穴が偶然重なったときに起こる(スイスチーズモデル)。そのため、安全対策の中心は個人を責めることではなく、 ・誤りが起こりにくい仕組みをつくる(エラーの予防) ・誤りが起きても事故に至る前に気づける仕組みをつくる(エラーの検出) ・事故が起きても被害を最小限にとどめる(影響の緩和) というシステムの改善に置かれる。
正解を導く考え方
研修による教育、ヒヤリハット事例の収集・分析、人は誤るという前提の共有、確認行為の徹底は、いずれもこの考え方に沿った対策である。一方、事故調査の目的を「責任追及」とすることは、報告をためらわせ、事実の隠蔽を招き、再発防止の妨げになる。医療事故調査の目的は原因の究明と再発防止である。
選択肢考察
- ×a. 医療安全に関する研修を行う。
適切な取り組みである。職員一人ひとりの安全に対する知識と意識を高めるため、医療安全に関する研修は不可欠である。医療法の規定により、病院などの管理者には、医療安全管理のための指針の整備、委員会の開催、職員研修の実施、事故報告などによる改善策の実施といった体制の確保が義務づけられている。
- ×b. ヒヤリハット事例の検討を行う。
適切な取り組みである。ヒヤリハット(インシデント)とは、誤りが患者に及ぶ前に気づかれた、あるいは及んでも実害がなかった事例をいう。ハインリッヒの法則(1件の重大事故の背後に29件の軽微な事故、300件の無傷の事例がある)が示すように、重大事故の背後には多数のヒヤリハットがある。これらを報告・共有し、原因を分析して対策を講じることで、重大な事故(アクシデント)を未然に防ぐことができる。
- ×c. 誰でも間違う可能性があることを理解する。
適切な考え方であり、医療安全の出発点である。経験や能力にかかわらず、人間の誤りを完全になくすことはできない。この前提に立つことで、個人の注意力に頼るのではなく、ダブルチェック、薬剤の取り違え防止の仕組み、チェックリストなど、誤りを前提とした安全な仕組みづくりへと発想を転換できる。
- ×d. 薬液を使用する際に声出し指差し確認を遵守する。
適切な取り組みである。指差呼称(対象を指で差し、声に出して確認する)は、視覚・発声・聴覚を同時に使うことで注意を集中させ、思い込みや見落としによる誤りを減らす方法である。誤薬は代表的な医療事故であり、薬剤投与では「正しい患者・正しい薬剤・正しい用量・正しい経路・正しい時間」などを確認する。薬剤や輸血の確認は、可能なら複数の職員で行う(ダブルチェック)。
- ○e. 医療事故調査を行う目的は責任を追及するためである。
誤った記述であり、これが正解である。医療事故調査の目的は、事故の事実関係と原因を明らかにし、再発防止策を立てて医療の安全を確保することであり、個人の責任追及ではない。責任追及を目的とすると、当事者が報告をためらったり、事実を隠したりするようになり、真の原因(システムの問題)が明らかにならず、同じ事故が繰り返されてしまう。2015年10月に始まった医療事故調査制度も、医療に起因する予期せぬ死亡・死産について、医療機関が院内調査を行い、医療事故調査・支援センターに報告することで再発防止につなげることを目的としている。
医療安全に関する主な用語
・インシデント(ヒヤリハット):誤りがあったが、患者に被害が生じなかった、または誤りが患者に及ぶ前に気づかれた事例。 ・アクシデント(医療事故):医療の過程で患者に被害が生じた事例。過失の有無は問わない。 ・医療過誤:医療事故のうち、医療従事者の過失によるもの。
事故発生のモデル
・ハインリッヒの法則:1件の重大事故の背後に29件の軽微な事故、300件の無傷の事例(ヒヤリハット)がある。 ・スイスチーズモデル(リーズン):何層もの防護策それぞれに穴があり、その穴が一直線に並んだときに事故が起こる。対策は防護の層を増やし、穴を小さくすることである。
医療機関で行われる主な安全対策
・医療安全管理体制の整備:指針、医療安全管理委員会、医療安全管理者の配置、職員研修、事故・インシデント報告制度。 ・患者誤認の防止:フルネームと生年月日での確認、リストバンドの使用、患者自身に名乗ってもらう。 ・誤薬の防止:指差呼称、ダブルチェック、類似名称薬剤への注意喚起、ハイリスク薬(抗がん薬、インスリン、高濃度カリウム製剤など)の管理。 ・手術安全:WHO手術安全チェックリスト、タイムアウト(執刀直前にチーム全員で患者・術式・部位を確認する)、手術部位のマーキング。 ・医療者間のコミュニケーション:SBAR(状況・背景・評価・提案の順で伝える)などの手法を用いた、正確な情報伝達。
医療事故調査制度(2015年10月施行)
医療法改正により創設された。医療に起因する(または起因が疑われる)死亡・死産で、管理者が予期しなかったものが対象となる。医療機関は医療事故調査・支援センターに報告し、院内調査を行い、その結果を同センターと遺族に説明する。目的は再発防止であり、責任追及を目的とした制度ではない。
患者安全文化
誤りを報告しても不当に責められない非懲罰的な環境(ただし故意や重大な規則違反は別に扱う)と、報告から学ぶ姿勢が、安全な組織の基盤となる。
POINT
・医療安全の前提は「人は誰でも間違える」こと。個人を責めるのではなく、システムを改善して事故を防ぐ。 ・医療事故調査の目的は、原因究明と再発防止である。責任追及を目的とすると報告や事実の開示が妨げられる。 ・ヒヤリハット事例の収集・分析は、重大事故の予防に役立つ(ハインリッヒの法則)。 ・研修、指差呼称、ダブルチェックなどは基本的な安全対策である。 ・医療事故調査制度(2015年〜)は、予期せぬ死亡・死産を対象とした再発防止のための制度である。
