下大静脈を這い上がる腫瘍―腫瘍塞栓があっても「切って治す」腎細胞癌
第111回医師国家試験 I問題 第62問
国試問題にチャレンジ
71歳の女性。体重減少を主訴に来院した。この2か月間で体重が2kg減少している。食欲は正常で全身倦怠感はないという。3週間前から両下肢のむくみを自覚している。身長150cm,体重48kg。体温36.2℃。血圧136/84mmHg。尿所見:蛋白(-),糖(-),沈渣に赤血球10~20/1視野,白血球5~10/1視野。血液所見:赤血球380万,Hb 11.2g/dL,Ht 38%,白血球6,700,血小板17万。血液生化学所見:総蛋白6.9g/dL,アルブミン3.7g/dL,総ビリルビン1.1mg/dL,AST 31U/L,ALT 38U/L,LD 412U/L(基準176~353),尿素窒素28mg/dL,クレアチニン1.0mg/dL,尿酸6.4mg/dL,血糖96mg/dL,Na 137mEq/L,K 4.3mEq/L,Cl 114mEq/L。CRP 0.2mg/dL。胸部CTで異常を認めない。腹部造影CTの水平断像(A)と画像再構成による冠状断像(B)とを別に示す。腹部臓器とリンパ節とに転移を認めない。 この患者に対する適切な治療はどれか。

- a.手術療法
- b.免疫療法
- c.放射線治療
- d.ホルモン療法
- e.抗癌化学療法
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
蛋白尿を伴わない血尿と腎腫瘍に、腎静脈から下大静脈へ連続する腫瘍塞栓を認めれば腎細胞癌の典型像であり、下大静脈の還流障害は両下肢浮腫の原因となりえます。腎細胞癌は放射線、殺細胞性抗癌薬、ホルモン療法に抵抗性で、根治が期待できるのは外科的切除のみです。腫瘍塞栓があっても遠隔転移やリンパ節転移がなければ、根治的腎摘除術に腫瘍塞栓摘除術を組み合わせた手術が第一選択となり、塞栓上端の高さによって人工心肺の要否など術式が変わります。免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬は主に切除不能・転移例に用いられます。局所での進展度と転移の有無を分けて評価し、根治切除が可能かを見極める姿勢は、固形癌の治療方針決定に共通する基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・71歳女性。2か月で2kgの体重減少があるが、食欲低下や倦怠感はなく全身状態は保たれている。 ・3週間前から両下肢に浮腫が出現している。片側ではなく両側である点が重要で、心不全・ネフローゼ症候群・低栄養などの全身性の原因か、両下肢からの静脈血が合流する下大静脈(IVC)の還流障害を考える。本例は尿蛋白陰性、アルブミン3.7g/dLとほぼ保たれており、ネフローゼや低アルブミン血症による浮腫は考えにくい。 ・尿沈渣で赤血球10~20/1視野の顕微鏡的血尿があり、蛋白尿を伴わないことから糸球体疾患よりも腎・尿路の腫瘍性病変などの非糸球体性血尿を疑う。 ・Hb 11.2g/dLの軽度貧血、LD 412U/Lの軽度上昇は悪性腫瘍の存在と矛盾しない。クレアチニンは1.0mg/dLと保たれている。
画像所見
・腹部造影CT水平断(A):左腎が腫大し、内部が不均一に造影される腫瘤に置き換わっている。左腎静脈は太く拡張し、その内腔は造影剤で満たされず、充実性の構造物が下大静脈方向へ連続している。 ・冠状断再構成像(B):左腎の大きな腫瘍から、腫瘍と連続する病変が腎静脈を経て下大静脈内を頭側へ伸びている。これが腫瘍塞栓(tumor thrombus)である。
診断
血尿、腎腫瘍、腎静脈から下大静脈へ伸展する腫瘍塞栓という組み合わせは、腎細胞癌の典型像である。腎細胞癌は静脈内へ連続的に発育する性質が強く、腎静脈・下大静脈への腫瘍塞栓をきたしやすい。両下肢浮腫は、下大静脈が腫瘍塞栓で狭窄・閉塞して下肢からの静脈還流が障害された結果と説明できる。 胸部CTに異常がなく、腹部臓器とリンパ節にも転移を認めないため、TNM分類では横隔膜より下の下大静脈へ進展するT3b、N0、M0と考えられる。静脈内への進展はあっても遠隔転移やリンパ節転移はない局所進行癌である。
治療の考え方
腎細胞癌は放射線や殺細胞性抗癌薬への感受性が低く、根治を期待できる治療は外科的切除しかない。腫瘍塞栓は静脈壁に強く浸潤していなければ血管内に浮遊・進展しているだけで摘出可能なことが多い。したがって、遠隔転移のない本例では、根治的腎摘除術に下大静脈の腫瘍塞栓摘除術を組み合わせた手術療法が第一選択となる。
選択肢考察
- ○a. 手術療法
腎細胞癌で唯一根治が期待できる治療は外科的切除である。本例は腎静脈から下大静脈へ腫瘍塞栓が及んでいるが、リンパ節転移・遠隔転移がない(T3bN0M0)ため、根治的腎摘除術と下大静脈切開による腫瘍塞栓摘除術を行う。腫瘍塞栓があっても転移がなければ積極的に手術を行うのが原則で、切除により長期生存が得られる例も少なくない。腫瘍塞栓の上端が肝静脈より頭側、特に横隔膜を越えて右心房に達する場合には、人工心肺を用いた開胸操作が必要になるため、術前に塞栓の上端の高さを画像で正確に評価しておくことが術式決定に重要である。
- ×b. 免疫療法
腎細胞癌に対する薬物療法(免疫療法や分子標的薬)は、主に切除不能例や遠隔転移を有する進行例が対象である。かつてはインターフェロンαやインターロイキン2によるサイトカイン療法が中心であったが、現在は免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ+イピリムマブ、ペムブロリズマブ+アキシチニブなど)が転移性腎細胞癌の一次治療の中心となっている。なお、血管新生阻害作用をもつチロシンキナーゼ阻害薬(スニチニブ、アキシチニブなど)やmTOR阻害薬は分子標的薬であり、免疫療法とは作用機序が異なる。本例のように転移がなく切除可能な場合、まず行うべきは手術であり、免疫療法を初回治療として選ぶのは適切でない。再発リスクの高い症例では切除後の術後補助療法として免疫チェックポイント阻害薬が用いられることもあるが、それは手術を前提としたものである。
- ×c. 放射線治療
腎細胞癌は通常分割の放射線照射に対して感受性が低く、原発巣の根治治療としては用いられない。主な用途は、骨転移による疼痛や病的骨折予防、脳転移による神経症状などに対する緩和照射や、定位放射線治療による転移巣の局所制御である。転移のない切除可能例で手術の代わりに選ぶ治療ではない。
- ×d. ホルモン療法
ホルモン療法は、前立腺癌(アンドロゲン除去療法)や乳癌・子宮体癌など、ホルモン依存性に増殖する腫瘍で用いられる。腎細胞癌はホルモン依存性の腫瘍ではなく、かつて黄体ホルモン製剤が試みられたこともあったが有効性はほとんど示されず、現在は治療選択肢とならない。
- ×e. 抗癌化学療法
腎細胞癌は殺細胞性抗癌薬にきわめて抵抗性である。その一因として、薬剤を細胞外へ汲み出すP糖蛋白(多剤耐性遺伝子MDR1の産物)が近位尿細管由来の腫瘍細胞に多く発現していることが挙げられる。そのため、進行例であっても殺細胞性抗癌薬ではなく、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬が使われる。本例のような切除可能例に抗癌化学療法を行う意義はない。
腎細胞癌の概要
・腎実質の尿細管上皮から発生する悪性腫瘍で、組織型は淡明細胞型が最も多い(約7~8割)。50~70歳代に多く、男性にやや多い。危険因子として喫煙、肥満、高血圧、長期透析(後天性嚢胞性腎疾患)、von Hippel-Lindau病などがある。 ・古典的三徴(血尿・側腹部痛・腹部腫瘤)がそろうことは少なく、現在は健診や他疾患の検査で偶然見つかる例が多い。 ・腫瘍随伴症候群として、エリスロポエチン産生による多血症、PTHrP産生による高カルシウム血症、発熱、肝機能異常(Stauffer症候群)、赤沈亢進などがみられることがある。一方で慢性炎症や出血による貧血を呈することもある。
画像診断
・造影CTでは、淡明細胞型腎細胞癌は動脈相(早期相)で強く不均一に濃染し、その後速やかに造影剤が抜ける(wash out)パターンをとることが多い。 ・腎静脈・下大静脈への腫瘍塞栓の有無と上端の位置を評価する。
TNM分類のT因子(要点)
・T1:腎に限局し最大径7cm以下(T1a:4cm以下、T1b:4cmを超え7cm以下) ・T2:腎に限局し7cmを超える ・T3a:腎静脈やその区域枝への進展、または腎周囲脂肪・腎洞脂肪への浸潤(Gerota筋膜を越えない) ・T3b:横隔膜より下の下大静脈への進展 ・T3c:横隔膜より上の下大静脈への進展、または下大静脈壁への浸潤 ・T4:Gerota筋膜を越える浸潤(同側副腎への連続的進展を含む)
治療の整理
・限局癌:手術が基本。小さな腫瘍(特にT1a)で部位的に可能なら腎部分切除術を行い、腎機能を温存する。困難な場合は根治的腎摘除術。小径腫瘍で手術リスクが高い例では凍結療法などの局所療法や経過観察も選択肢となる。 ・腫瘍塞栓を伴う例:遠隔転移がなければ腎摘除術+腫瘍塞栓摘除術。塞栓が右心房まで達する場合は人工心肺下で行う。 ・転移例:免疫チェックポイント阻害薬(単独または分子標的薬との併用)、チロシンキナーゼ阻害薬などの薬物療法が中心。状態に応じて原発巣の腎摘除術(cytoreductive nephrectomy)や転移巣切除が検討される。 ・放射線療法は骨・脳転移などの症状緩和が主目的。殺細胞性抗癌薬とホルモン療法は無効である。
POINT
・腎腫瘍+腎静脈~下大静脈内に連続する腫瘍塞栓は腎細胞癌の典型像。下大静脈の閉塞で両下肢浮腫をきたすことがある。 ・腎細胞癌は放射線・殺細胞性抗癌薬・ホルモン療法が効きにくく、根治治療は手術のみ。 ・腫瘍塞栓があっても遠隔転移がなければ、根治的腎摘除術+腫瘍塞栓摘除術を行う。 ・免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬は主に切除不能・転移例に用いる。
