小さな腎癌は「取って、残す」―健診で見つかった腎腫瘤と腎部分切除術
第116回医師国家試験 D問題 第41問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。人間ドックの超音波検査で左腎の腫瘤を指摘され受診した。意識は清明。身長172cm,体重76kg。体温36.5℃。脈拍72/分,整。血圧128/82mmHg。腹部は平坦で,腫瘤を触知しない。尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体(-),潜血+,沈渣に異常を認めない。血液所見:赤血球551万,Hb 14.8g/dL,Ht 45%,白血球5,600,血小板22万。血液生化学所見:総蛋白7.3g/dL,アルブミン4.8g/dL,総ビリルビン0.9mg/dL,AST 18U/L,ALT 24U/L,LD 179U/L(基準120~245),尿素窒素11mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,尿酸4.9mg/dL,血糖103mg/dL,Na 143mEq/L,K 4.2mEq/L,Cl 105mEq/L,Ca 9.1mg/dL。腹部造影CTを下に示す。胸部CT,骨シンチグラフィーで異常を認めない。 治療について適切なのはどれか。

- a.殺細胞性薬
- b.腎部分切除術
- c.腎尿管全摘除術
- d.マイクロ波凝固療法
- e.免疫チェックポイント阻害薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健診などで偶然見つかり、造影早期に強く染まる脂肪を含まない充実性腎腫瘤は、淡明細胞型腎細胞癌を第一に考えます。腫瘍径4cm以下で転移のないT1aN0M0の腎細胞癌では、根治的腎摘除術と同等のがん制御が得られ、腎機能も温存できる腎部分切除術が標準治療です。腎尿管全摘除術は腎盂癌・尿管癌の術式であり、腎細胞癌には殺細胞性抗癌薬が効きにくく、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬は転移性・切除不能例などで用いられます。凍結療法やラジオ波焼灼療法などの局所療法は、手術リスクの高い人に限られる選択肢です。「癌を取り切ること」と「臓器の機能を残すこと」を両立させる考え方は、腎癌に限らず現代のがん治療を理解する上で重要な視点です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・52歳の男性。人間ドックの腹部超音波で、症状のない左腎腫瘤を偶然指摘された。 ・腹部に腫瘤は触れない。尿潜血が+だが、尿沈渣に異常はない。 ・Hb 14.8g/dL、Ca 9.1mg/dLはいずれも正常で、腫瘍随伴症候群(多血症、高Ca血症など)を示す所見はない。クレアチニン0.9mg/dLで腎機能は保たれている。 ・腹部造影CTでは、左腎の中ほどに腎の輪郭から外側へ突出する約2cmの腫瘤があり、動脈相で強く造影される(多血性)。 ・胸部CTと骨シンチグラフィーに異常はなく、肺転移や骨転移はない。
診断へのプロセス
偶然見つかった腎腫瘤の鑑別には、腎細胞癌(淡明細胞型が最も多い)、腎嚢胞、腎血管筋脂肪腫(AML:脂肪・平滑筋・血管から成る良性腫瘍)、オンコサイトーマなどがある。中年男性で、造影早期に強く染まる充実性の腫瘤であることから、淡明細胞型腎細胞癌が最も考えられる。AMLは通常、腫瘤内の脂肪成分(CTで負のCT値)で見分けるが、脂肪の乏しいAMLは画像だけでは区別が難しいこともある。 病期は、腫瘍径4cm以下で腎に限局しているためT1a、リンパ節転移・遠隔転移がないためN0M0となり、Stage Iの小径腎癌である。
設問の考え方
転移のない限局性腎細胞癌は手術で根治を目指す。とくにT1a(4cm以下)では、腫瘍を確実に取り切ったうえで正常な腎組織を残す腎部分切除術が標準である。腎機能を残すことは、将来の慢性腎臓病や心血管イベントのリスクを減らすことにつながる。本例の腫瘍は外側に突出しており、腎門部の血管や腎盂から離れているので、部分切除がしやすい位置にある。
選択肢考察
- ×a. 殺細胞性薬
腎細胞癌は、従来の殺細胞性抗癌薬(細胞障害性抗癌薬)が効きにくい代表的な癌である。その理由として、多剤耐性に関わる薬剤排出ポンプの発現などが挙げられている。進行・転移性の腎細胞癌でも、薬物療法の中心は分子標的薬(スニチニブ、アキシチニブなどの血管新生阻害薬)と免疫チェックポイント阻害薬であり、殺細胞性薬は使わない。そもそも本例は転移のない限局癌なので、薬物療法ではなく手術が適応である。
- ○b. 腎部分切除術
本例はT1aN0M0(腫瘍径4cm以下、転移なし)の限局性腎細胞癌である。この段階では、腎部分切除術で腎摘除術(根治的腎摘除)と同等のがん制御が得られ、しかも腎機能を残せる。そのため、技術的に可能であれば部分切除が第一に推奨される。腫瘍が外側に突出しており、腎門部の血管や集合管系から離れていることも、部分切除に適した条件である。現在は腹腔鏡下手術やロボット支援手術で行うことが多い。
- ×c. 腎尿管全摘除術
腎尿管全摘除術(腎臓・尿管・膀胱壁の一部をひとまとめに切除する手術)は、腎盂癌や尿管癌など上部尿路の尿路上皮癌に行う標準術式である。尿路上皮癌は尿路の別の場所に再発・多発しやすいため、尿管まで切除する。腎実質から発生する腎細胞癌では、腎を全部摘除する場合でも尿管まで取る必要はない。また本例は小さな限局癌であり、腎をすべて取る手術自体が過大な治療である。
- ×d. マイクロ波凝固療法
マイクロ波凝固療法は、マイクロ波の熱で腫瘍を固める局所療法で、主に肝細胞癌に使われてきた。小径腎癌の局所療法としては凍結療法やラジオ波焼灼療法が用いられることがある。ただし、その対象は高齢者、重い合併症がある人、手術を望まない人などに限られ、手術ができる人の第一選択ではない。本例は手術に耐えられる52歳であり、標準治療である腎部分切除術を選ぶべきである。
- ×e. 免疫チェックポイント阻害薬
免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体のニボルマブ・ペムブロリズマブ、抗CTLA-4抗体のイピリムマブなど)は、切除できない腎細胞癌や転移性腎細胞癌に対し、単独または分子標的薬との併用で用いられる。再発リスクの高い術後症例に補助療法として使われることもある。一方、本例のように転移のない小さな腎癌は手術で根治が期待でき、初期治療として免疫チェックポイント阻害薬を使う適応はない。
腎細胞癌の概要
・腎の尿細管上皮から発生する腺癌で、組織型は淡明細胞型が約7〜8割を占める。次いで乳頭状、嫌色素性などがある。 ・危険因子には喫煙、肥満、高血圧、長期透析(後天性嚢胞性腎疾患)、von Hippel-Lindau病(VHL遺伝子の異常)などがある。 ・古典的な三主徴(血尿、腹部腫瘤、側腹部痛)がそろうのは進行例であり、現在は健診や他疾患の画像検査で偶然見つかる例が多い。 ・腫瘍随伴症候群として、多血症(エリスロポエチン産生)、高Ca血症(PTHrP産生)、発熱、肝機能障害(Stauffer症候群)などがある。 ・造影CTでは、淡明細胞型は早期相で強く染まり、後期相で造影剤が速やかに抜けるパターンをとる。
TNM分類(T因子)
・T1a:4cm以下で腎に限局 ・T1b:4cmを超え7cm以下で腎に限局 ・T2:7cmを超え腎に限局 ・T3:腎静脈・下大静脈への進展や、腎周囲脂肪組織への浸潤(Gerota筋膜を越えない) ・T4:Gerota筋膜を越える浸潤、または同側副腎への連続性浸潤
病期に応じた治療
・T1a:腎部分切除術が標準(腹腔鏡下・ロボット支援下)。手術リスクが高い人では、凍結療法・ラジオ波焼灼療法などの局所療法や、経過観察(積極的監視)も選択肢となる。 ・T1b〜T2:部分切除が可能なら部分切除、難しければ根治的腎摘除術。 ・局所進行(静脈内腫瘍塞栓など):腫瘍塞栓の摘除を含む根治的腎摘除術。 ・転移性・切除不能:免疫チェックポイント阻害薬(単独または併用)や分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬、mTOR阻害薬)。腎細胞癌は放射線療法や殺細胞性抗癌薬が効きにくい。
上部尿路上皮癌との対比
腎盂・尿管の尿路上皮癌は、標準術式が腎尿管全摘除術(膀胱部分切除を含む)で、進行例ではプラチナ製剤を中心とする化学療法が効く。腎細胞癌とは治療体系がまったく異なる。
POINT
・偶然見つかった、早期に強く造影される充実性腎腫瘤は腎細胞癌(淡明細胞型)を考える。 ・T1a(4cm以下)N0M0の腎細胞癌は腎部分切除術が標準である。腎機能の温存を重視する。 ・腎尿管全摘除術は腎盂癌・尿管癌(尿路上皮癌)の術式で、腎細胞癌には行わない。 ・腎細胞癌には殺細胞性抗癌薬が効かない。進行癌では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を使う。 ・焼灼療法・凍結療法は、手術リスクの高い小径腎癌に限って用いる選択肢である。
