「話がかみ合わない」の正体―家族の言葉から読み解くPick病の滞続言語
第111回医師国家試験 I問題 第6問
国試問題にチャレンジ
記銘力低下を認める患者の家族の訴えで,Pick病を最も疑わせるのはどれか。
- a.「夜中に起きて騒ぎ立てます」
- b.「鏡の中の自分に話しかけます」
- c.「物がないと家族が盗ったと言います」
- d.「同じような食事しか作らなくなりました」
- e.「会話の内容に関係ない言葉を繰り返します」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Pick病は前頭側頭型認知症の代表的病型で、前頭葉・側頭葉前方の限局性萎縮とPick球を特徴とし、初老期に人格変化や行動異常が記憶障害より目立つ形で発症します。会話の流れと無関係に同じ言葉を繰り返す滞続言語は、常同行動の言語面での表れとしてPick病に特徴的です。一方、夜間に騒ぐのはレム睡眠行動障害(Lewy小体型認知症)やせん妄、鏡に話しかけるのは末期Alzheimer型認知症の鏡現象、「家族が盗った」はAlzheimer型の物盗られ妄想、献立の単調化は遂行機能障害と読み替えられます。脱抑制、周徊などの常同行動、食行動の変化も前頭側頭型認知症の重要な手がかりです。家族の具体的な言葉を症状名に変換して病型と結びつける力は、国試だけでなく認知症診療の初診の場面でも直接役立ちます。
解答・解説
正解はeです
問われていること
記憶障害(記銘力低下)がある患者について、家族が語るエピソードから、どの認知症の病型を思い浮かべるかを問う問題である。国試では症状の名称そのものより、家族の具体的な言葉から症状を読み取り、病型と結びつける力が問われる。
Pick病とは
Pick病は前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)の代表的な病型で、前頭葉と側頭葉の前方部が限局的に萎縮する。神経細胞内にPick球(タウ蛋白の異常凝集体)がみられるのが病理学的特徴である。発症は多くが65歳未満で、初期には記憶障害よりも人格変化や行動異常が前景に立つ。
FTDに特徴的な症状
・脱抑制:万引き、交通違反など社会的ルールを無視した行動(「わが道を行く行動」) ・常同行動:毎日同じ道を同じ時刻に歩く(周徊)、同じ行為を繰り返す ・食行動の変化:甘い物を好む、同じ物ばかり食べる ・無関心・自発性低下、共感の欠如 ・言語面の異常:滞続言語(会話の流れと無関係に同じ語句やフレーズを繰り返す)、反響言語、語義の理解障害など
考え方
各選択肢の訴えを「どの症状を表しているか」に言い換え、その症状が特徴的な病型を考える。夜間の騒ぎはレム睡眠行動障害やせん妄、鏡に話しかけるのは鏡現象、盗られたという訴えは物盗られ妄想、献立が単調になるのは遂行機能障害と読み替えられる。会話と無関係な言葉の繰り返しは滞続言語であり、これがPick病(FTD)に特徴的な症状である。
選択肢考察
- ×a. 「夜中に起きて騒ぎ立てます」
夜間の睡眠中に大声を出したり手足を激しく動かしたりする様子は、レム(REM)睡眠行動障害を示唆する。本来レム睡眠中は骨格筋の緊張が消失しているが、この障害ではそれが保たれないため、夢の内容どおりに体が動いてしまう。Lewy小体型認知症(DLB)の中核的特徴の一つであり、認知症の発症に先行して現れることも多い。また、夜間に意識が混濁して興奮する場合はせん妄の可能性もある。せん妄は身体疾患や薬剤でも生じ、どの認知症にも合併しうるので、いずれにせよPick病を最も疑わせる訴えではない。
- ×b. 「鏡の中の自分に話しかけます」
鏡に映った自分の姿を自分と認識できず、他人だと思って話しかける現象を鏡現象(鏡像現象)という。人物の見当識や視覚的な認知が高度に障害された状態で生じ、進行した(末期の)Alzheimer型認知症でみられる典型的な症状である。Pick病に特徴的な訴えではない。
- ×c. 「物がないと家族が盗ったと言います」
物盗られ妄想である。財布や通帳などをしまった場所を忘れ、見つからないことを「誰かに盗まれた」と解釈してしまうもので、身近で世話をしている家族が犯人扱いされやすい。近時記憶障害が目立つAlzheimer型認知症の初期から中期に多い妄想であり、記憶障害が前景に立ちにくいPick病の特徴ではない。
- ×d. 「同じような食事しか作らなくなりました」
料理は献立を考え、材料をそろえ、複数の工程を段取りよく進める必要があり、遂行機能(計画を立てて順序立てて実行する能力)が強く求められる作業である。遂行機能が低下すると手順の少ない簡単な料理しか作れなくなり、結果として毎回似たような献立になる。こうした変化はAlzheimer型認知症で日常的によくみられ、特定の病型に特異的な訴えとはいえない。FTDでも同じ物を食べ続けるといった常同的な食行動はみられるが、この訴えだけからPick病を最も疑うことはできない。
- ○e. 「会話の内容に関係ない言葉を繰り返します」
相手が何を話しかけても、話題とは無関係な同じ言葉や決まったフレーズ(ときには一連のエピソード)を繰り返し口にする症状を滞続言語という。前頭葉・側頭葉の障害を背景とする常同行動の言語面での表れと考えられ、Pick病をはじめとする前頭側頭型認知症に特徴的である。選択肢の中でPick病を最も強く示唆する訴えである。
主な認知症の病型と特徴的な症状
・Alzheimer型認知症:側頭葉内側(海馬)から頭頂葉にかけての萎縮。近時記憶障害で始まり、見当識障害、物盗られ妄想、取り繕い反応がみられる。中期には失行・失認・徘徊、末期には鏡現象、異食、高度の人格変化を認める。 ・Lewy小体型認知症:認知機能の変動、具体的で生々しい幻視、パーキンソニズム、レム睡眠行動障害が中核的特徴。抗精神病薬への過敏性がある。 ・前頭側頭型認知症(Pick病を含む):初老期の発症が多い。人格変化、脱抑制、常同行動(周徊、時刻表的生活)、食行動の変化、滞続言語。病初期の記憶障害や見当識障害は比較的軽い。病識が乏しい。 ・血管性認知症:脳血管障害に伴い段階的に悪化する。まだら認知症、感情失禁、局所神経症状がみられる。
滞続言語と関連する言語症状
・滞続言語:話題と無関係な同じ内容を繰り返し話す(FTD)。 ・反響言語:相手の言葉をそのままおうむ返しする(FTDなどでみられる)。 ・保続:一度出た反応が、次の別の課題でも繰り返し出てしまう。
Alzheimer型認知症の経過の目安
初期は記憶障害と物盗られ妄想、中期は失行・徘徊、末期は鏡現象・異食・人格変化が目立つ。経過を明確に区切る基準があるわけではないが、症状と時期の対応を整理しておくとよい。
POINT
・滞続言語(会話と無関係な言葉の繰り返し)はPick病(前頭側頭型認知症)に特徴的。 ・鏡現象は末期のAlzheimer型認知症、物盗られ妄想はAlzheimer型認知症で典型的。 ・夜間の寝言・激しい体動はレム睡眠行動障害を示し、Lewy小体型認知症を疑う。 ・家族の言葉を症状名に読み替え、病型と結びつけることが解答の鍵。
