StudyMed医師国家試験

アルカリが目に入ったら―「中和」ではなく「とにかく流す」が鉄則の化学外傷

第111回医師国家試験 I問題 第5問

国試問題にチャレンジ

第111回 I問題 第5問

アルカリによる眼の外傷に対して行う持続洗眼で用いるのはどれか。

  1. a.希塩酸液
  2. b.ホウ酸液
  3. c.オゾン水
  4. d.生理食塩液
  5. e.希釈ポビドンヨード液

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、アルカリが眼に入ったときの初期対応、特に持続洗眼に何を使うかを問う問題だ。眼科の救急の中でも、化学外傷は分単位で予後が変わる最重症クラスの病態なんだ。考えるポイントは「洗眼の目的は何か」の一点に尽きるよ。
医学生医学生
アルカリなら酸で中和すればいいような気もしますが、それだと引っかけですよね。
ドクタードクター
その「中和したくなる気持ち」こそ、この問題が試しているところだね。まず、なぜアルカリ外傷が怖いのかから整理しよう。アルカリは細胞膜の脂質をけん化、つまり石けんのように溶かしてしまうから、組織の奥へ奥へとしみ込んでいく。角膜実質を越えて前房、虹彩、水晶体まで障害が及ぶことがあるんだ。
医学生医学生
酸のほうは蛋白を凝固させるので、その凝固層がバリアになって比較的浅くとどまる、と眼科の講義で習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。だから一般にアルカリ外傷のほうが重症化しやすい。そのうえで洗眼の目的は、結膜嚢に残った化学物質をできるだけ早く薄めて洗い流すこと。中和ではなく「希釈と除去」なんだ。
医学生医学生
では希塩酸で中和するのは、具体的にどうまずいんでしょうか。
ドクタードクター
理由は大きく二つある。まず中和反応で熱が出て、その熱がさらに組織を傷つける。もう一つは、眼の表面で濃度をちょうどよく調整するなんて現実には不可能で、塩酸そのものが新たな酸外傷、つまり医原性の化学外傷を起こしてしまう。だから化学外傷の洗眼で中和目的の薬液は使わないんだ。
医学生医学生
ホウ酸液はどうですか。昔は洗眼に使っていたと聞いたことがあります。
ドクタードクター
確かにかつては洗眼液として使われていた時代がある。でも弱酸性の液で中和を期待しても意味はなく、不要な化学的刺激になりうるから、今は化学外傷の洗眼には使わない。オゾン水も強い酸化力で殺菌する水だから、角結膜の上皮を酸化で傷つけてしまう。
医学生医学生
希釈ポビドンヨードは、臨床実習で眼科を回ったとき、硝子体内注射の前に結膜嚢を消毒していました。
ドクタードクター
まさにそれが本来の用途だね。白内障手術や硝子体内注射の前に眼内炎を予防するための消毒薬で、化学物質を洗い流す目的のものではない。そこで正解は生理食塩液だ。体液と等張で眼への刺激が少なく、医療機関なら大量にすぐ用意できる。乳酸リンゲル液が使われることもあるよ。
医学生医学生
刺激が少なくて大量に使えること、それが洗浄液に求められる条件なんですね。
ドクタードクター
その通り。実際の手順も押さえておこう。点眼麻酔をして、開瞼器などで眼を開かせ、点滴セットにつないだ生理食塩液を数リットル単位で流し続ける。そしてリトマス試験紙などで結膜嚢のpHを確認し、中性付近に戻るまで洗浄を続ける。アルカリ外傷では長時間かかることが多いんだ。
医学生医学生
上眼瞼を反転して、円蓋部に残ったセメントや消石灰の粒を取り除くことも大事だとOSCEの準備で調べたときに読みました。
ドクタードクター
大事なポイントだね。固形物が残っていると、そこからアルカリが溶け出し続けてしまう。それと、病院に着く前の現場では、生理食塩液を待つ必要はない。水道水ですぐに洗い始めることが何より重要なんだ。電話で相談を受けたら、まず「その場で流水で洗って」と伝えてほしい。
医学生医学生
洗浄後はどこを見て重症度を判断するんですか。
ドクタードクター
細隙灯顕微鏡で角膜上皮欠損や角膜混濁に加えて、角膜輪部の虚血の範囲を評価する。輪部には角膜上皮の幹細胞があるから、虚血が広いほど幹細胞が失われ、結膜が角膜上に侵入したり混濁が残ったりして予後が悪くなる。晩期には瞼球癒着、続発緑内障、白内障などが問題になり、重症例では羊膜移植や輪部移植が必要になることもあるよ。
医学生医学生
酸外傷のときも洗浄液は同じ生理食塩液でいいんですよね。
ドクタードクター
そう、酸でもアルカリでも原則は同じ。「中和せず、すぐに、大量に、pHが戻るまで」と覚えておこう。

まとめ

アルカリは脂質をけん化して組織深部まで浸透するため、酸よりも重症化しやすい眼外傷です。初期対応の目的は中和ではなく、結膜嚢に残った化学物質を速やかに希釈・除去することであり、刺激が少なく大量に使える生理食塩液で持続洗眼を行います。希塩酸やホウ酸液による中和は発熱や医原性の化学外傷を招き、オゾン水は酸化障害を、希釈ポビドンヨード液は手術前の消毒用であって洗眼目的には使いません。洗浄は結膜嚢のpHが中性付近に戻るまで続け、上眼瞼を反転して残留物も除去し、受傷現場では水道水で直ちに洗い始めることが最も重要です。洗浄後は角膜輪部の虚血範囲が予後を左右するため、初期対応の速さがそのまま視機能の予後につながることを理解しておきましょう。

解答・解説

正解はdです

化学物質による眼外傷(化学外傷)は、眼科領域で最も緊急性の高い疾患の一つであり、受傷直後からどれだけ早く・大量に洗い流せるかが予後を決める。 アルカリ(水酸化ナトリウム、消石灰〔水酸化カルシウム〕、セメント、アンモニア、パイプ洗浄剤など)は、細胞膜の脂質をけん化(石けん化)して破壊するため、組織の奥へ奥へとしみ込んでいく。そのため角膜実質から前房、さらには虹彩・水晶体・毛様体まで障害が及び、角膜混濁、角膜穿孔、続発緑内障、白内障などを引き起こす。一方、酸は組織の蛋白質を凝固させ、その凝固層が障壁となって深部への浸透がある程度抑えられる。このため、一般にアルカリ外傷の方が酸外傷より重症化しやすい。 洗眼の目的は、結膜嚢に残った化学物質をできるだけ速やかに薄めて除去することにある。「アルカリには酸を」というように中和剤を使うことは誤りである。中和反応で熱が発生してさらに組織を傷つけるうえ、適切な濃度の調整は困難で、使った薬液そのものによる医原性の化学外傷を招くおそれがある。眼に対して刺激が少なく、すぐに大量に使える等張液である生理食塩液(または乳酸リンゲル液)で、持続的に洗い流すのが原則である。医療機関に着く前の現場では、生理食塩液を待たずに直ちに水道水で洗い始めることが最も重要である。

選択肢考察

  1. ×a.  希塩酸液

    アルカリを酸で中和しようとする発想による選択肢であるが、誤りである。塩酸は強酸であり、薄めても眼表面に酸外傷を加えることになる(医原性の酸外傷)。また中和反応による発熱も組織障害を増悪させる。化学外傷の洗眼では中和を目的とした薬液は用いない。

  2. ×b.  ホウ酸液

    ホウ酸液は弱酸性の溶液で、かつては洗眼液として用いられていた時代がある。しかし中和を期待して使う意味はなく、むしろ不要な化学的刺激となりうるため、現在は化学外傷の洗眼には用いない。

  3. ×c.  オゾン水

    オゾン水はオゾンの強い酸化力を利用した殺菌・消毒用の水であり、眼表面の上皮細胞に対しても酸化による障害を与える。化学外傷の洗浄に用いると、かえって角結膜の障害を増やすことになるため用いない。

  4. ○d.  生理食塩液

    生理食塩液(0.9%塩化ナトリウム液)は体液と等張で眼表面への刺激が少なく、医療機関では大量に準備できるため、化学外傷の持続洗眼に用いる標準的な洗浄液である。点眼麻酔を行ったうえで開瞼器などを用いて眼を開かせ、点滴セットにつないで大量(数L単位)の生理食塩液を流し続ける。結膜嚢のpHをリトマス試験紙などで確認し、中性付近に戻るまで洗浄を続ける(少なくとも10〜30分以上、アルカリ外傷ではさらに長く要することが多い)。上眼瞼を反転して円蓋部に残った固形物(消石灰やセメントの粒など)も除去する。酸外傷であっても洗浄液は同じく生理食塩液である。

  5. ×e.  希釈ポビドンヨード液

    希釈ポビドンヨード液は、白内障手術や硝子体内注射の前に結膜嚢を消毒して術後眼内炎を予防する目的で用いられる。殺菌が目的の薬液であり、化学物質を洗い流すための持続洗眼には用いない。

化学外傷の初期対応の流れ

1. 受傷現場:ただちに水道水などの流水で、まぶたを開いて十分に洗い流す(医療機関への移動よりも洗浄開始を優先する)。 2. 医療機関:点眼麻酔 → 生理食塩液による持続洗眼 → 結膜嚢pHの確認(中性化するまで繰り返す)→ 上眼瞼反転による残留物の除去。 3. 洗浄後:細隙灯顕微鏡で角膜上皮欠損、角膜混濁、角膜輪部(角膜と結膜の境界)の虚血の範囲を評価し、重症度を判定する。

アルカリ外傷と酸外傷の違い

・アルカリ:脂質のけん化により組織深部へ浸透。角膜実質・前房・水晶体まで障害が及び、重症化しやすい。 ・酸:蛋白凝固による凝固壊死が障壁となり、障害が比較的浅い部位にとどまることが多い(ただしフッ化水素酸は例外的に深部まで浸透する)。

重症度と予後

・角膜輪部には角膜上皮の幹細胞が存在する。輪部の虚血範囲が広いほど幹細胞が失われ、結膜が角膜上に侵入する(偽翼状片)、角膜混濁や血管侵入が残るなど予後不良となる。 ・晩期合併症として瞼球癒着(まぶたの結膜と眼球の結膜の癒着)、角膜穿孔、続発緑内障、白内障、ドライアイなどがある。

洗浄後の治療

・感染予防の抗菌薬点眼、炎症を抑えるステロイド点眼、散瞳薬、眼圧下降薬など。 ・重症例では羊膜移植、角膜輪部移植、培養上皮シート移植などの外科的治療が行われる。

POINT

・化学外傷では中和剤を使わず、生理食塩液(現場では水道水)で直ちに大量・持続的に洗眼する。 ・洗浄の終了は結膜嚢のpHが中性付近に戻ったことで判断する。 ・アルカリはけん化により深部に浸透するため、酸より重症化しやすい。 ・角膜輪部の虚血範囲が予後を左右する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。