「吸ったことがある」だけでは足りない―喀痰細胞診の対象から読み解く喫煙の公衆衛生
第111回医師国家試験 C問題 第7問
国試問題にチャレンジ
喫煙について誤っているのはどれか。
- a.禁煙治療は健康保険が適用される。
- b.喫煙歴のある者には肺癌検診で喀痰細胞診を行う。
- c.夫の喫煙は非喫煙の妻の有意な肺癌発症リスクである。
- d.発癌に関連するベンゾ[a]ピレンはたばこに含有される。
- e.平成26年の我が国で習慣的に喫煙する成人の割合は20%未満である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肺癌の対策型検診は40歳以上に年1回の胸部X線検査を行うのが基本で、喀痰細胞診は50歳以上かつ喫煙指数600以上の高危険群に限って追加されるため、「喫煙歴があれば対象」とする記述は誤りです。喀痰細胞診は胸部X線で見つけにくい中心型の扁平上皮癌を検出する目的で行われ、喫煙との関連の強さがその対象設定の根拠となっています。禁煙治療は要件を満たせば保険適用となり、受動喫煙による肺癌リスクは約1.3倍で「確実」と評価され、ベンゾ[a]ピレンはたばこ煙中の代表的な発癌物質で、成人喫煙率は平成26年に約19.6%と20%を下回りました。喫煙は多くの癌や循環器・呼吸器疾患のリスク因子であり、ニコチン依存症という治療対象の病態として捉えることが重要です。検診制度、疫学、依存症治療を結びつけて理解しておくことは、日常診療での禁煙支援と公衆衛生的な視点の両方に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
喫煙に関する公衆衛生の知識(禁煙治療の制度、肺癌検診、受動喫煙、たばこ煙の発癌物質、喫煙率の統計)を横断的に問う問題であり、「誤っているもの」を一つ選ぶ。 押さえるべき点は次のとおりである。 ・禁煙治療は、ニコチン依存症と診断されるなど一定の要件を満たせば保険診療として受けられる。 ・肺癌検診の喀痰細胞診は、喫煙歴があれば誰でも行うのではなく、喫煙量の多い高危険群(50歳以上かつ喫煙指数600以上)に限って胸部X線検査に併せて行う。 ・受動喫煙は肺癌のリスク因子として科学的に確立している。 ・たばこ煙にはベンゾ[a]ピレンをはじめ多数の発癌物質が含まれる。 ・我が国の成人喫煙率は年々低下しており、平成26年には20%を下回った。 このうち、喀痰細胞診の対象を「喫煙歴のある者」と広く述べた記述が誤りとなる。
選択肢考察
- ×a. 禁煙治療は健康保険が適用される。
正しい記述である。2006年度の診療報酬改定で「ニコチン依存症管理料」が新設され、禁煙治療が保険適用となった。要件は、ニコチン依存症のスクリーニングテスト(TDS)でニコチン依存症と判定されること、35歳以上では喫煙指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること、直ちに禁煙を希望し治療に文書で同意していることなどである。標準的には12週間に計5回の診察で、ニコチン置換療法(ニコチンパッチ)やバレニクリンなどの禁煙補助薬を用いる。
- ○b. 喫煙歴のある者には肺癌検診で喀痰細胞診を行う。
誤った記述であり、本問の正解である。対策型の肺癌検診(厚生労働省の指針)は40歳以上を対象に年1回の胸部X線検査を基本とし、喀痰細胞診はそのうち高危険群、すなわち50歳以上で喫煙指数が600以上の者(過去の喫煙者を含む)に限って追加する。喫煙歴があるというだけでは対象にならない。喀痰細胞診は、喫煙と関連が強く、胸部X線で見つけにくい太い気管支に発生する中心型の扁平上皮癌の検出を目的とするため、喫煙量の多い者に絞って行われる。
- ×c. 夫の喫煙は非喫煙の妻の有意な肺癌発症リスクである。
正しい記述である。夫が喫煙者である非喫煙女性の肺癌リスクが高いことは、1981年の平山雄による疫学研究以来、多くの研究で示されてきた。日本人を対象とした研究のメタアナリシスでは、受動喫煙のある非喫煙者の肺癌リスクは受動喫煙のない人の約1.3倍で、統計学的に有意であった。これを受けて2016年、国立がん研究センターは受動喫煙による肺癌リスクの評価を「ほぼ確実」から「確実」に引き上げた。
- ×d. 発癌に関連するベンゾ[a]ピレンはたばこに含有される。
正しい記述である。ベンゾ[a]ピレンは多環芳香族炭化水素の一種で、有機物の不完全燃焼で生じ、たばこ煙に含まれる代表的な発癌物質である。体内で代謝活性化されてDNAと結合し、癌抑制遺伝子TP53などに変異を起こす。国際がん研究機関(IARC)の分類でグループ1(ヒトに対して発癌性がある)とされる。厳密にはたばこの葉そのものより燃焼によって生じる煙に多く含まれる。たばこ煙中の発癌物質には、ほかにたばこ特異的ニトロソアミン(NNK、NNNなど)、ベンゼン、ホルムアルデヒドなどがある。
- ×e. 平成26年の我が国で習慣的に喫煙する成人の割合は20%未満である。
正しい記述である。国民健康・栄養調査によると、平成26年(2014年)の成人の習慣的喫煙者の割合は約19.6%で、初めて20%を下回った(男性約32%、女性約8%)。その後も喫煙率は低下傾向が続いている。
喫煙指数(ブリンクマン指数)
1日の喫煙本数×喫煙年数で求める。例えば1日20本を30年間吸った場合は600となる。肺癌検診の喀痰細胞診の対象(600以上)や、禁煙治療の保険適用要件(35歳以上で200以上)に用いられる。
肺癌検診(対策型検診)
・対象:40歳以上、年1回 ・方法:問診、胸部X線検査、および高危険群(50歳以上で喫煙指数600以上)には喀痰細胞診(喀痰を3日間採取して調べる) ・胸部X線は末梢型の肺癌(腺癌など)、喀痰細胞診は中心型の肺癌(扁平上皮癌など)の発見に役立つ
喫煙と関連の強い疾患
肺癌(特に扁平上皮癌・小細胞癌)、喉頭癌、口腔・咽頭癌、食道癌、膀胱癌、膵癌など多くの癌、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、虚血性心疾患、脳卒中、末梢動脈疾患など。妊婦の喫煙は低出生体重児や早産のリスクを高める。
受動喫煙対策
2018年の健康増進法改正(2020年4月全面施行)により、多数の者が利用する施設では原則屋内禁煙とされ、学校・病院・行政機関などでは敷地内禁煙(屋外の特定喫煙場所を除く)となった。受動喫煙は肺癌のほか、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群(SIDS)などとの関連が指摘されている。
ニコチン依存症
ニコチンは脳内のニコチン性アセチルコリン受容体に作用してドパミン放出を促し、強い依存を形成する。禁煙補助薬のニコチン置換療法は離脱症状を和らげ、バレニクリンは同受容体の部分作動薬として喫煙による満足感と離脱症状の双方を軽減する。
POINT
・肺癌検診の喀痰細胞診の対象は「50歳以上かつ喫煙指数600以上」であり、喫煙歴だけでは対象にならない ・禁煙治療は要件(ニコチン依存症、35歳以上は喫煙指数200以上など)を満たせば保険適用 ・受動喫煙による肺癌リスクは約1.3倍で「確実」と評価されている ・ベンゾ[a]ピレンはたばこ煙中の代表的な発癌物質 ・成人喫煙率は平成26年に約19.6%と20%を下回った
