伸びたCAGが男性だけを襲う―アンドロゲン受容体と球脊髄性筋萎縮症
第110回医師国家試験 I問題 第15問
国試問題にチャレンジ
アンドロゲン受容体蛋白質のポリグルタミン部分が異常に長くなることが原因で起こる疾患はどれか。
- a.Huntington病
- b.球脊髄性筋萎縮症
- c.Machado-Joseph病
- d.筋強直性ジストロフィー
- e.Charcot-Marie-Tooth病
対話形式の解説
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ドクターまとめ
ポリグルタミン病は、遺伝子の翻訳領域にあるCAGリピートが伸長し、グルタミンが異常に連なった蛋白質が凝集して神経細胞を障害する疾患群です。アンドロゲン受容体のポリグルタミン鎖伸長で生じるのは球脊髄性筋萎縮症で、X連鎖性に成人男性に発症し、球麻痺、舌の萎縮と線維束性収縮、近位筋優位の筋萎縮、女性化乳房などを呈します。Huntington病(ハンチンチン)やMachado-Joseph病(アタキシン3)も同じポリグルタミン病ですが原因蛋白質が異なり、筋強直性ジストロフィーは非翻訳領域のリピート伸長、Charcot-Marie-Tooth病はPMP22重複などが原因でリピート病ではありません。SBMAは下位運動ニューロンのみの障害で腱反射が低下する点でALSと区別でき、テストステロン抑制療法という病態に基づく治療が存在します。リピートの種類と位置、原因蛋白質をセットで整理しておくと、遺伝性神経疾患全体の理解が進みます。
解答・解説
正解はbです
トリプレットリピート病、とくにポリグルタミン病の原因遺伝子を問う問題である。
ポリグルタミン病とは
遺伝子の翻訳領域(エクソン)にある CAG という3塩基の繰り返し(CAG リピート)が、正常範囲を超えて伸長することで発症する疾患群である。CAG はアミノ酸のグルタミンを指定するコドンであるため、伸長した CAG リピートからは、グルタミンが異常に長く連なった部分(ポリグルタミン鎖)をもつ蛋白質が作られる。この異常蛋白質は立体構造が崩れて凝集しやすく、神経細胞の核内などに封入体として蓄積し、転写の異常などを介して神経細胞を障害すると考えられている。
主なポリグルタミン病と原因蛋白質
・球脊髄性筋萎縮症(SBMA):アンドロゲン受容体 ・Huntington病:ハンチンチン ・Machado-Joseph病(SCA3):アタキシン3 ・その他:歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA):アトロフィン1、SCA1・SCA2・SCA6・SCA7・SCA17 など 設問の「アンドロゲン受容体」が原因蛋白質となるのは球脊髄性筋萎縮症である。アンドロゲン受容体遺伝子は X 染色体上にあるため、本症は X 連鎖性の遺伝形式をとり、成人男性に発症する。一方、筋強直性ジストロフィーはリピート病だが翻訳されない領域の伸長であり、Charcot-Marie-Tooth病はリピート病ではない点も整理しておきたい。
選択肢考察
- ×a. Huntington病
第4染色体短腕(4p16.3)にある HTT 遺伝子の CAG リピート伸長により、ポリグルタミン鎖の伸びたハンチンチン(huntingtin)蛋白質が作られて発症する。ポリグルタミン病ではあるが、原因蛋白質はアンドロゲン受容体ではない。常染色体顕性(優性)遺伝で、線条体(とくに尾状核)が萎縮し、舞踏運動・認知機能障害・精神症状を呈する。父親から遺伝した場合にリピートが伸びやすく、表現促進現象(世代を経るごとに発症が早まり重症化する)が目立つ。
- ○b. 球脊髄性筋萎縮症
球脊髄性筋萎縮症(SBMA:spinal and bulbar muscular atrophy、Kennedy-Alter-Sung 症候群)は、X 染色体上のアンドロゲン受容体遺伝子のエクソン1にある CAG リピートが伸長し、ポリグルタミン鎖の長いアンドロゲン受容体が作られることで発症する。異常なアンドロゲン受容体はテストステロンと結合すると核内へ移行して凝集・蓄積し、脳幹と脊髄の下位運動ニューロンを変性させる。このため男性ホルモンの多い成人男性に発症し、女性保因者はほとんど発症しない。症状は球麻痺(構音障害・嚥下障害)、舌の萎縮と線維束性収縮、四肢近位筋優位の筋力低下・筋萎縮で、手指の振戦や有痛性筋痙攣が先行することが多い。アンドロゲン受容体の機能低下を反映して女性化乳房・精巣萎縮などの軽度のアンドロゲン不全徴候を伴い、血清 CK の上昇、耐糖能異常・脂質異常症もみられる。
- ×c. Machado-Joseph病
Machado-Joseph病(脊髄小脳失調症3型、SCA3)は、第14染色体上の ATXN3 遺伝子の CAG リピート伸長により、ポリグルタミン鎖の伸びたアタキシン3が作られて発症する常染色体顕性(優性)遺伝性の脊髄小脳変性症で、わが国でも頻度の高い病型の一つである。小脳性運動失調に加え、錐体路徴候、錐体外路症状(ジストニアなど)、眼球運動障害、びっくり眼(眼瞼後退による)などを示す。ポリグルタミン病だが、原因蛋白質はアンドロゲン受容体ではない。
- ×d. 筋強直性ジストロフィー
1型は第19染色体上の DMPK 遺伝子の3'非翻訳領域にある CTG リピートの伸長、2型は CNBP 遺伝子(旧称 ZNF9)のイントロン1にある CCTG リピート(4塩基の繰り返し)の伸長が原因である。いずれも蛋白質に翻訳されない領域の伸長であり、ポリグルタミン病ではない。伸長したリピートを含む RNA が核内に蓄積して RNA 結合蛋白質を捕捉し、多くの遺伝子でスプライシング異常を起こす(RNA の毒性獲得)ことが病態の中心である。筋強直(ミオトニア)、斧様顔貌、遠位筋優位の筋萎縮、前頭部脱毛、白内障、心伝導障害、耐糖能異常などを呈し、母親由来で先天型が生じやすい。
- ×e. Charcot-Marie-Tooth病
遺伝性運動感覚性ニューロパチーの総称で、原因遺伝子は多数知られている。最も多い脱髄型の CMT1A は第17染色体上の PMP22(末梢ミエリン蛋白質22)遺伝子を含む領域の重複が原因であり、そのほか MPZ、GJB1、MFN2 などの変異がある。トリプレットリピート病ではなく、アンドロゲン受容体とも無関係である。下腿遠位の筋萎縮(逆シャンペンボトル様)、凹足、遠位優位の感覚障害を示す。
リピート病の整理
1. 翻訳領域の CAG リピート伸長(ポリグルタミン病) ・Huntington病(HTT、常染色体顕性) ・球脊髄性筋萎縮症(アンドロゲン受容体、X 連鎖性) ・脊髄小脳失調症 SCA1・2・3(Machado-Joseph病)・6・7・17 ・歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA) 2. 非翻訳領域のリピート伸長 ・筋強直性ジストロフィー1型(DMPK の3'非翻訳領域、CTG)、2型(CNBP のイントロン、CCTG) ・脆弱X症候群(FMR1 の5'非翻訳領域、CGG) ・Friedreich 失調症(FXN のイントロン、GAA) ・C9orf72 関連の筋萎縮性側索硬化症・前頭側頭型認知症(イントロンの GGGGCC 6塩基リピート)
表現促進現象
リピート数は世代を経るごとに伸びやすく、リピートが長いほど発症年齢が若く重症になる傾向がある。Huntington病・DRPLA は父親由来で、筋強直性ジストロフィー・脆弱X症候群は母親由来で伸長しやすい。
球脊髄性筋萎縮症の臨床
・成人男性(30〜60歳代)で発症し、緩徐に進行する。 ・下位運動ニューロン障害のみで、上位運動ニューロン徴候(腱反射亢進、Babinski 徴候)はみられず、腱反射は低下する点で筋萎縮性側索硬化症(ALS)と区別される。感覚神経活動電位の低下など軽度の感覚神経障害を伴うことがある。 ・治療:テストステロンが病態を進めることから、わが国では LH-RH アナログ(リュープロレリン)による血中テストステロン抑制療法が承認されている。誤嚥性肺炎の予防など対症療法も重要である。
POINT
・CAG リピート=グルタミン → 伸長でポリグルタミン病。 ・アンドロゲン受容体のポリグルタミン伸長 → 球脊髄性筋萎縮症(X 連鎖性、成人男性、球麻痺・舌の線維束性収縮・近位筋萎縮・女性化乳房)。 ・Huntington病(ハンチンチン)、Machado-Joseph病(アタキシン3)もポリグルタミン病だが原因蛋白質が異なる。 ・筋強直性ジストロフィーは非翻訳領域の CTG(1型)/CCTG(2型)リピート伸長で、ポリグルタミン病ではない。 ・Charcot-Marie-Tooth病(CMT1A)は PMP22 の重複であり、リピート病ではない。
