飲み込むと動く臓器―頸部の解剖から組み立てる甲状腺診察の基本
第110回医師国家試験 H問題 第8問
国試問題にチャレンジ
甲状腺の診察で正しいのはどれか。
- a.頸部を後屈して行う。
- b.甲状腺は甲状軟骨と舌骨との間に触知する。
- c.唾液を嚥下すると甲状腺は頭側へ移動する。
- d.甲状腺の血管性雑音は頸動脈分岐部分で聴取する。
- e.甲状腺を触知すれば甲状腺腫大があると診断する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
頸部正中は頭側から舌骨、甲状軟骨、輪状軟骨、気管の順に並び、甲状腺峡部は輪状軟骨の直下にあるため、触診は輪状軟骨を目印に行います。甲状腺は筋膜やBerry靱帯で喉頭・気管に固定されているので、嚥下で喉頭とともに頭側へ移動し、この性質が頸部リンパ節などとの鑑別点になります。触診は胸鎖乳突筋を緩めるため頸部を軽く前屈して行い、血管性雑音は頸動脈分岐部ではなく甲状腺の上で聴取し、Basedow病で聴かれます。正常でもやせ型では甲状腺を触知することがあり、触知だけで腫大とは判断せず、硬さや表面、結節、圧痛などを評価し必要に応じて超音波検査を行います。解剖に基づいて診察手技を理解しておくことは、OSCEだけでなく実際の外来で甲状腺疾患を見逃さないための土台になります。
解答・解説
正解はcです
甲状腺の身体診察(視診・触診・聴診)の基本手技と、その前提となる頸部の解剖を問う問題である。
頸部正中の解剖
頭側から順に、舌骨 → 甲状軟骨(いわゆる喉頭隆起、のどぼとけ)→ 輪状軟骨 → 気管 が並ぶ。甲状腺は気管の前面から両側面を覆う蝶のような形の臓器で、左右の側葉とそれをつなぐ峡部からなる。峡部は輪状軟骨のすぐ下、おおむね第2〜4気管軟骨の前にあり、側葉は気管・喉頭の両側を上方へ伸び、上極は甲状軟骨の側面の高さに達する。甲状腺は気管前葉の筋膜や後方の靱帯(Berry靱帯)で喉頭・気管に固定されている。
診察の考え方
触診の際はまず輪状軟骨を目印として探し、その直下に峡部を、両側に側葉を探る。甲状腺は喉頭・気管とともに動くため、患者に唾液や水を飲み込ませると、嚥下時の喉頭挙上に伴って頭側へ移動する。この移動を指先で感じることで、甲状腺と周囲の組織(リンパ節、筋など)を区別できる。聴診では甲状腺の上に聴診器を当て、甲状腺内の血流増加を示す血管性雑音の有無を確認する。 これらの解剖と手技の原則に照らすと、嚥下で甲状腺が頭側へ移動するという記述が正しい。
選択肢考察
- ×a. 頸部を後屈して行う。
触診は頸部を軽く前屈させて行う。頸部を後屈すると胸鎖乳突筋や前頸部の皮膚・筋が緊張し、その下にある甲状腺を指で触れにくくなる。軽い前屈で筋を緩めると側葉まで触れやすい。なお視診では、軽く頸部を伸展させたり、斜め方向から光を当てたりすると輪郭が浮かび上がって腫大がわかりやすくなることがあるが、診察全体として後屈位で行うという記述は誤りである。
- ×b. 甲状腺は甲状軟骨と舌骨との間に触知する。
甲状腺は甲状軟骨より尾側、輪状軟骨の下方で触知する。峡部は輪状軟骨直下の気管前面にあり、側葉の上極でも甲状軟骨の側面の高さまでであって、甲状軟骨より頭側の舌骨との間には存在しない。甲状軟骨と舌骨の間の正中に腫瘤を触れる場合は、甲状腺そのものではなく甲状舌管嚢胞などを考える。
- ○c. 唾液を嚥下すると甲状腺は頭側へ移動する。
甲状腺は筋膜や靱帯(Berry靱帯)によって喉頭・気管に固定されているため、嚥下運動で喉頭が挙上すると一緒に頭側へ持ち上がる。触診では指を甲状腺の位置に置いたまま唾液を飲み込ませ、上下する組織を確認することで甲状腺の輪郭や結節を把握し、嚥下で動かない頸部リンパ節などと区別する。
- ×d. 甲状腺の血管性雑音は頸動脈分岐部分で聴取する。
甲状腺の血管性雑音は、甲状腺そのもの(主に側葉の上)に聴診器を当てて聴取する。頸動脈分岐部は甲状軟骨上縁付近の高さで、甲状腺より頭側かつ外側にあり、ここで聴かれる雑音は頸動脈狭窄などによる頸動脈雑音である。甲状腺の血管性雑音はBasedow病で甲状腺の血流が著しく増加している際に聴かれる特徴的な所見である。
- ×e. 甲状腺を触知すれば甲状腺腫大があると診断する。
正常な大きさの甲状腺でも、やせ型の人や頸部の細い人では触知できることがある。したがって触知できたことだけで腫大とは判断せず、大きさ・硬さ・表面の性状・結節の有無・圧痛・可動性などを評価し、必要に応じて超音波検査で大きさを確認する。
甲状腺診察の手順
・視診:患者を座位とし正面から観察する。顎の下方から接線方向に光を当てると、輪状軟骨の下の甲状腺の輪郭がわかりやすい。嚥下させて上下する腫瘤があるかも確認する。 ・触診:患者の後方に立ち、両手の指先を頸部前面に置く方法と、前方から母指で触れる方法がある。輪状軟骨を目印に、その直下で峡部、両側で側葉を触れ、嚥下させて移動を確認する。 ・評価項目:大きさ(びまん性か結節性か)、硬さ(軟、弾性硬、硬)、表面(平滑か凹凸か)、圧痛、可動性、周囲リンパ節腫大。 ・聴診:甲状腺の上に聴診器を当て、血管性雑音を確認する。
触診所見と代表的疾患
・びまん性で軟らかく、血管性雑音を伴う:Basedow病 ・びまん性で弾性硬、表面がやや凹凸:慢性甲状腺炎(橋本病) ・有痛性で硬く、痛む部位が移動する:亜急性甲状腺炎 ・硬く可動性に乏しい結節、頸部リンパ節腫大を伴う:甲状腺癌(特に乳頭癌)を疑う
頸部正中腫瘤の位置による鑑別
舌骨付近の正中で嚥下や舌の突出に伴って動く嚢胞性腫瘤は甲状舌管嚢胞を考える。これは胎生期に甲状腺が舌根部(舌盲孔)から下降する経路の遺残から生じる。
POINT
・頸部正中は頭側から舌骨→甲状軟骨→輪状軟骨→気管。甲状腺峡部は輪状軟骨の直下にある。 ・甲状腺は喉頭・気管に固定されており、嚥下で頭側へ移動する(リンパ節などとの鑑別点)。 ・触診は頸部を軽く前屈して胸鎖乳突筋を緩めて行う。 ・血管性雑音は甲状腺の上で聴取し、Basedow病で聴かれる。 ・正常でも甲状腺を触知することがあり、触知=腫大ではない。
