StudyMed医師国家試験

揺れる胸壁と下がらないSpO2―フレイルチェストに「内側からの固定」を

第110回医師国家試験 G問題 第57問

国試問題にチャレンジ

第110回 G問題 第57問

25歳の男性。バイクを運転中に自動車と接触して転倒し,後続の自動車にひかれ救急車で搬入された。来院時,脈拍120/分,整。血圧110/80 mmHg。呼吸数32/分。SpO2 89%(リザーバー付マスク10 L/分酸素投与下)。胸郭は奇異性運動を起こし努力呼吸である。胸部エックス線写真で右肋骨の多発骨折と肺挫傷とを認めるが,血胸や気胸はみられなかった。  直ちに行うべきなのはどれか。

  1. a.胸腔穿刺
  2. b.抗菌薬投与
  3. c.挿管陽圧換気
  4. d.バストバンド固定
  5. e.副腎皮質ステロイド全身投与

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は高エネルギー外傷による胸部外傷の初期対応を問う問題だ。注目してほしいのは「胸郭の奇異性運動」と「高濃度酸素を投与しても酸素化が保てない」という2点。病名を当てるだけでなく、いま何をしないと命に関わるのかを考えよう。
医学生医学生
肋骨が何本も折れていて奇異性運動があるので、フレイルチェストですね。
ドクタードクター
その通り。隣り合う複数の肋骨がそれぞれ2か所以上で折れると、胸壁の一部が周りの胸郭から切り離されて浮いた状態になる。この部分は胸腔内圧に引っ張られて受け身で動くから、吸気で陥凹し、呼気で膨隆する。普通の胸壁と逆の動きをするので奇異性運動と呼ぶんだ。
医学生医学生
胸壁がうまく動かないから換気が足りなくなる、という理解でいいですか。
ドクタードクター
それも一因だけど、それだけではない。フレイルチェストの呼吸不全には3つの要素が重なる。胸壁の動揺による換気効率の低下、合併する肺挫傷で肺胞に出血や浮腫が起きることによる酸素化障害、そして骨折の激痛で深く呼吸できないことだ。実際には肺挫傷の影響がかなり大きいとされている。
医学生医学生
だからリザーバー付マスクで高流量の酸素を流してもSpO2が90%に届かないんですね。シャントがあると酸素を増やしても効きにくいと生理学の講義で習いました。
ドクタードクター
よく結びつけたね。外傷初期診療ではABCの順に、命を脅かす異常を見つけたらその場で処置する。今回はBの異常が致命的なレベルにある。高濃度酸素でも低酸素血症が改善せず、頻呼吸で努力呼吸が続いている。ここで直ちに行うべきなのは、気管挿管による陽圧換気だ。
医学生医学生
陽圧換気はフレイルセグメントそのものにも効くんでしょうか。
ドクタードクター
そこが大事なポイントだ。陽圧換気では吸気時に胸腔内が陽圧になるから、動揺している部分を内側から押し広げて奇異性運動を抑えられる。これを内固定と呼ぶ。同時に肺挫傷で虚脱した肺胞を開いて酸素化を改善し、鎮痛・鎮静を併用すれば痛みによる呼吸抑制も解消できる。
医学生医学生
救急科の実習でバストバンドを巻いている患者さんを見たので、固定ならバストバンドかと一瞬思いました。
ドクタードクター
ひっかかりやすいところだね。バストバンドは呼吸状態が安定した軽い肋骨骨折で、痛みを和らげる目的で使われることがある。でも胸郭を外から締めつけるので換気量を減らしてしまう。すでに呼吸不全に陥っているフレイルチェストでは状態を悪化させかねないし、酸素化の改善にもつながらない。
医学生医学生
胸腔穿刺はどうでしょう。胸部外傷というと緊張性気胸の脱気が真っ先に浮かびます。
ドクタードクター
胸腔穿刺やドレナージは、胸腔にたまった空気や血液を抜く処置だ。今回は気胸も血胸もないから、抜くべきものがない。呼吸不全の原因は胸壁と肺実質にあるので穿刺では改善しないし、不要な穿刺は医原性気胸のもとになる。
医学生医学生
肺挫傷なら後で肺炎になりそうなので、抗菌薬やステロイドも考えたくなります。
ドクタードクター
肺挫傷が経過中に肺炎を合併しやすいのは事実だけど、予防的な抗菌薬のルーチン投与は推奨されておらず、肺炎が疑われた時点で治療するのが原則だ。ステロイドも肺挫傷やフレイルチェストに有効という根拠はなく、感染リスクを上げてしまう。どちらも、目の前の致命的な低酸素血症より優先されるものではない。
医学生医学生
「直ちに」と問われたら、まず命に直結する換気と酸素化を立て直す、ということですね。
ドクタードクター
そう。ここで発展的な注意点も押さえておこう。陽圧換気を始めると、X線では見えなかった小さな気胸が緊張性気胸へ進行することがある。挿管後は呼吸音、血圧、気道内圧をこまめに確認し、異常があればすぐ胸腔ドレナージを行えるよう準備しておくことが大切だ。
医学生医学生
肺挫傷があるなら、輸液のしすぎにも気をつけたほうがいいですか。
ドクタードクター
いい視点だ。肺挫傷の肺は水が漏れやすく、過剰輸液で肺水腫が悪化しやすい。循環を維持できる範囲で輸液量を調整する必要がある。また、呼吸不全が軽い例では酸素投与と、硬膜外鎮痛や肋間神経ブロックなどの十分な鎮痛で乗り切ることもあるし、人工呼吸からの離脱が難しい例や変形の強い例では、プレートによる肋骨の外科的固定が検討される。
医学生医学生
OSCEの外傷初療ステーションでもprimary surveyを練習しましたが、フレイルチェストはそこで見つけてすぐ対処する胸部外傷の一つとして覚えておきます。
ドクタードクター
そうだね。気道閉塞、フレイルチェスト、開放性気胸、緊張性気胸、大量血胸、心タンポナーデ。どれも診断と同時に処置に移る病態だ。それぞれ「何をすれば命がつながるか」をセットで覚えておくと、実際の初療で迷わずに動けるよ。

まとめ

多発肋骨骨折に胸郭の奇異性運動を伴えばフレイルチェストであり、多くは肺挫傷を合併し、胸壁動揺・肺挫傷による酸素化障害・疼痛による呼吸抑制が重なって呼吸不全を起こします。高濃度酸素投与下でも低酸素血症と努力呼吸が続く場合は、気管挿管による陽圧換気を直ちに行い、動揺胸壁を内側から固定する(内固定)とともに虚脱肺胞を開いて酸素化を改善します。バストバンドは換気を妨げ、気胸・血胸のない状態での胸腔穿刺は無意味であり、予防的抗菌薬やステロイドも標準治療ではありません。陽圧換気開始後の緊張性気胸や、肺挫傷における過剰輸液による肺水腫には注意が必要です。primary surveyで対処すべき致死的胸部外傷を処置とセットで理解しておくことが、外傷初療で迷わず動くための基礎となります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・受傷機転: バイク走行中に自動車と接触・転倒し、さらに後続車に轢過された。胸部に大きな外力が加わった高エネルギー外傷である。 ・循環: 脈拍120/分の頻脈があるが、血圧110/80 mmHgは保たれている。代償されたショック(プレショック)の可能性を念頭に置く。 ・呼吸: 呼吸数32/分の頻呼吸、努力呼吸。リザーバー付マスクで10 L/分の高濃度酸素を投与しても SpO2 89% であり、酸素投与だけでは是正できない重い低酸素血症である。 ・胸郭の奇異性運動(吸気時に一部の胸壁が陥凹し、呼気時に膨隆する)がある。 ・胸部エックス線: 右肋骨の多発骨折と肺挫傷。血胸・気胸はない。

診断

多発肋骨骨折に奇異性運動を伴うことから、胸壁動揺〈フレイルチェスト〉と診断できる。さらに肺挫傷を合併しており、これが低酸素血症の主な原因になっている。

考え方

外傷初期診療(JATEC: 日本外傷診療研究機構の外傷初期診療ガイドライン)では、A(気道)→B(呼吸)→C(循環)の順で生命を脅かす異常を見つけ、直ちに処置する。本例では B の異常が致命的なレベルにある。フレイルチェストの呼吸不全は、胸壁の動揺そのものによる換気効率の低下に加え、肺挫傷による肺胞の出血・浮腫(換気血流比不均等、シャント)と、骨折の激痛による浅い呼吸が重なって起こる。高濃度酸素でも SpO2 が 90% を切り、努力呼吸が続く状態は、気管挿管による陽圧人工呼吸の適応である。陽圧換気は吸気時に胸腔内を陽圧にして動揺部分を内側から押し広げるため、胸壁を内側から固定する効果(内固定)をもち、同時に虚脱した肺胞を開いて酸素化を改善する。したがって「直ちに行うべき」処置は挿管陽圧換気である。 なお、陽圧換気を始めると、X線で見えないほどの小さな気胸が緊張性気胸へ進行することがあるため、挿管後は呼吸音・血圧・気道内圧を注意深く観察し、必要に応じて胸腔ドレナージを行う。

選択肢考察

  1. ×a.  胸腔穿刺

    胸腔穿刺(あるいは胸腔ドレナージ)は胸腔内に貯留した空気や血液を除去するための処置である。本例は胸部エックス線で気胸も血胸も認めないため、現時点で穿刺の対象となる貯留物がない。呼吸不全の原因は胸壁動揺と肺挫傷であり、穿刺では改善しないうえ、不要な穿刺は肺損傷や医原性気胸を招く。

  2. ×b.  抗菌薬投与

    現時点で感染を示す所見はなく、救命のために直ちに行う処置ではない。肺挫傷は経過中に肺炎を合併しやすいが、予防的抗菌薬のルーチン投与は推奨されておらず、肺炎が疑われた時点で治療するのが原則である。いずれにせよ、致命的な低酸素血症への対応より優先されるものではない。

  3. ○c.  挿管陽圧換気

    高濃度酸素投与下でも SpO2 89%、呼吸数32/分の努力呼吸という重い呼吸不全を呈するフレイルチェスト+肺挫傷であり、気管挿管による陽圧人工呼吸の適応である。陽圧換気は吸気時に動揺胸壁を内側から押し出して奇異性運動を抑え(内固定)、肺挫傷で虚脱した肺胞を開いて酸素化を改善する。鎮静・鎮痛を併用することで疼痛による呼吸抑制も解消できる。

  4. ×d.  バストバンド固定

    バストバンドは胸郭を外側から全周性に締めて骨折部の動きを抑え、痛みを和らげる器具で、呼吸状態が安定した軽症の肋骨骨折で用いられることがある。しかし胸郭の拡張を外から制限するため換気量を減らしてしまい、本例のように呼吸不全に陥ったフレイルチェストでは症状を悪化させうる。酸素化の改善にもつながらないため不適切である。

  5. ×e.  副腎皮質ステロイド全身投与

    フレイルチェストや肺挫傷に対して副腎皮質ステロイドの全身投与が有効であるという根拠はなく、標準治療には含まれない。かえって感染リスクの上昇や創傷治癒の遅延を招く。本例の呼吸不全は換気・酸素化の機械的な問題であり、ステロイドでは改善しない。

フレイルチェスト(胸壁動揺)とは

隣り合う複数の肋骨(一般に3本以上)がそれぞれ2か所以上で骨折し、胸壁の一部が周囲の胸郭から切り離されて浮いた状態(フレイルセグメント)になったもの。胸腔内圧の変化に受動的に動くため、吸気時に陥凹し呼気時に膨隆する奇異性運動(奇異呼吸)がみられる。

呼吸不全の機序

・胸壁の動揺による有効換気量の低下 ・合併する肺挫傷(肺実質の出血・浮腫)による酸素化障害。実際には胸壁の動きよりも肺挫傷の影響が大きいとされる ・骨折の疼痛による呼吸の抑制、咳ができないことによる喀痰貯留・無気肺

治療の考え方

・呼吸不全がある場合: 気管挿管・陽圧人工呼吸(内固定)。鎮痛・鎮静を十分に行う。 ・呼吸不全が軽い場合: 酸素投与と十分な鎮痛(硬膜外鎮痛、肋間神経ブロック、オピオイドなど)で呼吸を保ち、非侵襲的陽圧換気を考慮することもある。 ・人工呼吸からの離脱が難しい例、胸郭変形が強い例では、プレートなどによる肋骨の外科的固定術(外固定)が行われる。 ・肺挫傷では過剰輸液で肺水腫が悪化しやすいため、循環を維持できる範囲で輸液量に注意する。

外傷初期診療で見逃してはならない胸部外傷(primary survey で対処するもの)

気道閉塞、フレイルチェスト、開放性気胸、緊張性気胸、大量血胸、心タンポナーデ。これらは「直ちに命に関わる胸部外傷」として、診断と同時に処置を行う。

POINT

・多発肋骨骨折+奇異性運動=フレイルチェスト。肺挫傷の合併が多い。 ・高濃度酸素でも低酸素血症・努力呼吸が続く場合は、気管挿管・陽圧換気(内固定)を直ちに行う。 ・バストバンド固定は呼吸不全例では換気を妨げるため禁忌的である。 ・気胸・血胸がなければ胸腔穿刺は不要だが、陽圧換気開始後の緊張性気胸の出現に注意する。 ・ステロイドや予防的抗菌薬は標準治療ではない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。