StudyMed医師国家試験

「打てるけど自信がない」―認知症の夫のインスリンを支えるのは誰か

第110回医師国家試験 G問題 第43問

国試問題にチャレンジ

第110回 G問題 第43問

80歳の男性。要介護2。糖尿病の増悪に対する血糖コントロールと認知症の精密検査のため入院中である。担当医の許可なく病院から外出することがあり,病気の理解度が非常に低い。現在は高齢の妻と2人暮らしで,子供はいない。夫婦とも退院後は自宅で暮らすことを希望している。身体に麻痺などの障害はない。退院後もインスリン注射,経口血糖降下薬および抗認知症薬による継続治療が必要である。インスリン注射手技は妻が習得したが自信がないという。患者本人,妻,その他の家族,ケアマネジャー,医療ソーシャルワーカー,医師および看護師を含む多職種カンファレンスの結果,自宅へ戻ることになった。  退院時に優先して手配を考慮すべき地域サービスはどれか。

  1. a.訪問看護
  2. b.送迎サービス
  3. c.居宅介護住宅改修
  4. d.訪問入浴サービス
  5. e.通所リハビリテーション

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、退院支援の場面で「どの地域サービスを最優先で手配するか」を考える問題だ。介護保険のサービスはたくさんあるけれど、大事なのは名前を覚えることではなく、この患者さんが自宅で暮らすうえで一番危ういポイントはどこかを見抜くこと。そこに注目して考えてみよう。
医学生医学生
80歳で要介護2、認知症もあるので、まずは介護の手を増やすサービスが必要なのかなと思いました。
ドクタードクター
自然な発想だね。ただ、身体の状態をもう一度確認してみよう。麻痺などはなく、勝手に外出できるくらいだから、歩いたり身の回りのことをしたりする身体機能はおおむね保たれている。つまり、身体介護が差し迫った課題というわけではないんだ。
医学生医学生
そうなると、問題は退院後も続く治療のほう、特にインスリンでしょうか。
ドクタードクター
その通り。この症例の核心は「医療的管理」をどう続けるかだ。本人は認知症で病気の理解が乏しいから、自分で注射量や服薬を管理するのは難しい。注射を担う妻も高齢で、手技を覚えたものの自信がないと言っている。
医学生医学生
単位の間違いや打ち忘れ、二重に打ってしまうといったことが起こりそうで怖いですね。
ドクタードクター
まさにそこが危険なんだ。インスリンの過量や、食事量に見合わない注射は重症低血糖を招く。高齢者では発汗や動悸といった典型的な低血糖症状が出にくく、ぼんやりしたり異常な行動をとったりして、認知症の悪化と見間違えられることもある。逆に注射や内服が抜ければ高血糖が悪化し、高浸透圧高血糖状態に至ることもある。
医学生医学生
糖尿病内科の講義で、高齢者の低血糖は認知症や転倒のリスクにもなると習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。だから退院時に整えるべきなのは、専門職が定期的に家に入って、妻の注射手技を確認し、血糖や服薬の状況を見守り、主治医とつながる体制だ。それを担うのが訪問看護になる。
医学生医学生
訪問看護なら、看護師さんが実際に妻の手技を見て、その場で指導してもらえるわけですね。
ドクタードクター
そう。主治医の訪問看護指示書に基づいて訪問し、注射手技を繰り返し指導したり、注射前に血糖や食事量を確かめて打ってよいかを判断する方法を教えたりする。低血糖時にブドウ糖をとるといった対処法の教育、服薬カレンダーを使った内服管理の支援、認知症症状の観察と主治医への報告まで担える。妻の不安を和らげる意味でも、最優先のサービスだ。
医学生医学生
送迎サービスはどうでしょう。通院の足になるので役立ちそうですが。
ドクタードクター
移動の支援は、身体機能が保たれている今の段階では差し迫った課題ではない。デイサービスやデイケアには通常送迎が含まれているしね。何より、インスリンを安全に続けるという課題は解決しない。
医学生医学生
住宅改修や訪問入浴は、麻痺がない時点で必要性が低そうです。
ドクタードクター
その理解でいい。住宅改修は手すりの設置や段差の解消など、身体機能が落ちた人の住環境を整える制度で、支給限度基準額は原則20万円。訪問入浴は、寝たきりなど自宅の浴室で入浴できない人のもとへ簡易浴槽を持ち込むサービスだ。どちらも本例の医療的な課題には応えない。
医学生医学生
通所リハビリテーションは、入院で落ちた体力の回復や認知症への関わりという意味では悪くない気もします。
ドクタードクター
鋭いね。将来的には役立つ可能性がある。介護者の負担軽減にもなる。でも「退院時にまず」という問いでは、自宅で毎日行われるインスリン注射と服薬の安全管理が最優先だ。優先順位をつける問題では、命に関わるリスクから手当てする、と考えるとぶれない。
医学生医学生
臨床実習で総合診療科を回ったとき、退院前カンファレンスでケアマネジャーさんと看護師さんが細かく役割分担していたのを思い出しました。
ドクタードクター
いい経験だね。最後に発展知識を押さえておこう。要介護認定を受けている人の訪問看護は原則として介護保険から給付されるが、末期悪性腫瘍など厚生労働大臣が定める疾病や、急性増悪で特別訪問看護指示書が出た場合は医療保険になる。また、高齢者糖尿病では認知機能やADL、低血糖を起こしやすい薬を使っているかでHbA1c目標を個別に設定し、インスリンやスルホニル尿素薬を使うときは下限も意識する。
医学生医学生
治療そのものを簡単にする工夫も大事ということですか。
ドクタードクター
その通り。持効型インスリンの1日1回投与や週1回製剤への切り替えなど、注射回数を減らして介護者の負担を軽くすることも検討される。サービスを足すだけでなく、治療を生活に合わせて組み直す視点を持っておこう。

まとめ

認知症の高齢者が退院後もインスリン療法を続ける場合、在宅療養の最大の課題は身体介護ではなく、注射や服薬といった医療的管理を安全に継続することです。高齢の介護者が手技に不安を抱えている状況では、主治医の指示書に基づき看護師が自宅を訪問し、手技の指導、服薬管理の支援、低血糖の観察と主治医への報告を担う訪問看護を最優先で手配します。住宅改修や訪問入浴、通所リハビリテーション、送迎サービスは、主に身体機能が低下した人や移動に困る人向けで、麻痺のない本例では優先度が低くなります。高齢者では低血糖の症状が非典型的で認知症の悪化と紛らわしく、重症低血糖は転倒や認知機能低下の原因にもなるため、注射回数を減らすなど治療の簡素化も併せて検討されます。患者ごとに「自宅で最も危ういことは何か」を見極めてサービスを選ぶ視点は、退院支援や多職種連携の基本です。

解答・解説

正解はaです

患者の状況の整理

・80歳男性、要介護2。糖尿病の血糖コントロールと認知症の精査のため入院中である。 ・無断で外出することがあり、病気の理解度が非常に低い。認知症による判断力・記憶力の低下がうかがわれる。 ・身体に麻痺などはなく、移動や日常動作の身体機能はおおむね保たれている。 ・高齢の妻と2人暮らしで、子供はいない。介護力は限られている。 ・退院後もインスリン注射、経口血糖降下薬、抗認知症薬が必要である。注射手技は妻が習得したが、自信がないと言っている。

問題点はどこか

本例で在宅療養を続けるうえでの最大の課題は、身体介護ではなく「医療的管理」である。具体的には、インスリン注射、血糖自己測定、内服薬の管理を安全に続けることである。 本人は認知症のため、自分で注射や服薬を管理するのは難しい。注射を担う妻も高齢で、手技に自信がない。インスリンの量の間違い、打ち忘れ、二重投与、食事量に見合わない注射などが起これば、重症低血糖を招く危険がある。高齢者や認知症患者では低血糖の自覚症状が出にくく、低血糖自体が認知機能の悪化や転倒の原因にもなる。逆に、注射や内服が抜ければ高血糖の悪化や高浸透圧高血糖状態を招く。

設問の考え方

退院時に優先して整えるべきなのは、専門職が自宅を定期的に訪問するサービスである。そこで妻の注射手技や血糖測定を確認・指導し、服薬状況や低血糖の有無を観察し、主治医と連携できる体制が必要になる。この役割を担うのは訪問看護である。 ほかのサービスも将来的には役立つ可能性がある。しかし、身体障害がない本例では優先度が低い。

選択肢考察

  1. ○a.  訪問看護

    正しい。看護師が主治医の訪問看護指示書に基づいて自宅を訪問し、医療的なケアを行う。本例では次の内容が期待できる。 ・妻のインスリン注射手技の確認と、繰り返しの指導 ・注射前に血糖測定や食事摂取状況を確かめ、注射してよい状態かを判断する方法の指導 ・低血糖の症状と対処法(ブドウ糖の摂取など)の教育 ・服薬カレンダーなどを用いた内服薬管理の支援 ・認知症の症状の観察 ・主治医への報告 高齢の介護者が抱える不安を和らげ、在宅療養を安全に続けるために最も優先されるサービスである。要介護認定を受けた人の訪問看護は、原則として介護保険から給付される。

  2. ×b.  送迎サービス

    誤り。送迎サービスは、通院やデイサービス・デイケアに通う際の移動を支援するものである。本例は身体機能が保たれており、移動手段の確保が差し迫った課題ではない。また、通所介護や通所リハビリテーションには、通常送迎が含まれている。インスリン療法の安全な継続という医療面の課題を解決するものではないため、優先度は低い。

  3. ×c.  居宅介護住宅改修

    誤り。介護保険の住宅改修は、手すりの取り付け、段差の解消、滑りにくい床材への変更、洋式便器への取り替えなど、小規模な改修の費用を支給する制度である(支給限度基準額は原則20万円)。身体機能が低下し、住環境の整備が必要な人が対象となる。本例は麻痺などがなく、住環境の改修が必要な状況ではない。

  4. ×d.  訪問入浴サービス

    誤り。訪問入浴介護は、自宅の浴室での入浴が難しい人の自宅に、簡易浴槽を持ち込んで入浴を介助するサービスである。通常、看護職員1名と介護職員2名の3名で訪問する。寝たきりなど身体機能が大きく低下した人が主な対象である。麻痺のない本例では必要性が低く、医療的管理の課題も解決しない。

  5. ×e.  通所リハビリテーション

    誤り。通所リハビリテーション(デイケア)は、介護老人保健施設や病院・診療所に通い、理学療法士・作業療法士などによるリハビリテーションを受けるサービスである。入院による筋力低下の回復や、認知症への関わり、介護者の負担軽減などで将来的に役立つ可能性はある。しかし本例で最も差し迫った課題は、自宅でのインスリン注射と服薬の安全な管理である。訪問看護による医療的支援を優先すべきである。

介護保険の要介護認定

・判定区分は、非該当(自立)、要支援1・2、要介護1〜5である。要支援者には予防給付、要介護者には介護給付が行われる。 ・区分ごとに1か月の支給限度額が決まっている。その範囲内で、ケアマネジャー(介護支援専門員)がケアプランを作り、必要なサービスを組み合わせる。 ・利用者の自己負担は原則1割で、所得に応じて2割または3割となる。

主な居宅サービス

・訪問系:訪問介護(ホームヘルプ)、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導(医師・薬剤師・管理栄養士などが療養上の指導を行う) ・通所系:通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア) ・短期入所系:短期入所生活介護・短期入所療養介護(ショートステイ) ・その他:福祉用具貸与、特定福祉用具販売、住宅改修

訪問看護の制度

・利用には、主治医が交付する訪問看護指示書が必要である。 ・要介護・要支援認定を受けている人は、原則として介護保険で利用する。ただし、末期悪性腫瘍などの厚生労働大臣が定める疾病の人や、急性増悪時に特別訪問看護指示書が出された場合などは、医療保険で利用する。

高齢者糖尿病の管理

・高齢者では低血糖の典型的な症状(発汗・動悸など)が出にくい。意識障害や異常行動が認知症の悪化と間違われることもある。 ・重症低血糖は、認知症の発症・進行、転倒・骨折、心血管イベントのリスクを高める。 ・日本糖尿病学会と日本老年医学会の「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」では、認知機能やADL、低血糖を起こしやすい薬(インスリン、スルホニル尿素薬など)を使っているかによって、HbA1cの目標値を個別に設定する。重症低血糖を起こしやすい薬を使う場合は、下限値も設けている。 ・介護者の負担を減らすため、注射回数を減らす(持効型インスリンの1日1回投与、週1回製剤の利用など)、治療を簡単にする、といった工夫も検討される。

POINT

・認知症の高齢者がインスリン療法を在宅で続ける場合、医療的管理の支援として訪問看護を最優先で手配する。 ・訪問看護は医師の指示書に基づき、注射手技の指導、服薬管理、低血糖の観察などを担う。 ・住宅改修、訪問入浴、通所リハビリテーションは、主に身体機能が低下した人向けのサービスである。麻痺のない本例では優先度が低い。 ・高齢者のインスリン療法では、重症低血糖の回避が最重要である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。