電話の向こうの発熱―エボラ疑いに「来てください」と言ってはいけない理由
第110回医師国家試験 G問題 第41問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。38℃を超える発熱,下痢,筋肉痛および全身倦怠感が出現したため,自宅から診療所に電話で相談してきた。2週前まで仕事でエボラ出血熱の発生国に滞在していたという。帰国時の体調は良好であった。既往歴に特記すべきことはない。一人暮らしである。 医師の指示として適切なのはどれか。
- a.「直ちに最寄りの保健所に連絡し自宅で待機してください」
- b.「市販薬を購入して自宅で安静にしてください」
- c.「直ちに大学病院を受診してください」
- d.「そのまま自宅で安静にしてください」
- e.「直ちに来院してください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
エボラ出血熱の流行国から帰国し、潜伏期間(2〜21日)内に発熱・筋肉痛・倦怠感・下痢などが出現した場合は、帰国時に無症状でも疑い例として扱います。エボラ出血熱は感染症法の一類感染症で、血液・体液への接触で感染し医療従事者の感染も多いため、一般の医療機関を受診させてはいけません。電話相談の段階では、患者を自宅にとどめて他者との接触を避けさせ、速やかに保健所につなぐことが最も適切で、その後は行政主導で特定または第一種感染症指定医療機関へ移送されます。自己判断での大学病院受診や診療所への来院、市販薬での様子見、連絡なしの自宅安静は、いずれも感染拡大か診断・治療の遅れにつながります。渡航歴の聴取と感染症法に基づく初動を身につけておくことは、新興・輸入感染症から患者と医療現場を守る基本になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・45歳男性。38℃超の発熱、下痢、筋肉痛、全身倦怠感が急に出現した。 ・2週前まで、仕事でエボラ出血熱の発生国に滞在していた。帰国時は無症状だった。 ・相談は電話で、本人はまだ自宅にいる。一人暮らしである。
何を疑うか
エボラ出血熱(エボラウイルス病)の潜伏期間は2〜21日(多くは1週前後)とされる。流行国を出てから2週という時間経過はこの範囲に収まる。突然の発熱・筋肉痛・倦怠感に始まり、嘔吐や下痢などの消化器症状が続くという経過も、本症の初期像に合う。帰国時に無症状だったことは、潜伏期間中に帰国したと考えれば矛盾しない。マラリアや腸チフスなど他の輸入感染症の可能性もあるが、それらと区別できるまでは、エボラ出血熱の「疑い例」として扱わなければならない。
設問の考え方
エボラ出血熱は、感染症法で一類感染症に分類される。患者の血液・体液・吐物・排泄物への接触で感染し、医療従事者の院内感染も多く報告されている。そのため、疑い例を一般の医療機関で診てはならない。患者の移動は最小限に抑え、行政(保健所)を通じて指定医療機関へ移送し、診断・治療を行う流れとなる。 電話相談の段階で医師がとるべき行動は、次の2点である。 (1) 患者を公共交通機関や一般外来に移動させず、自宅にとどまらせて他者との接触を避けさせる。 (2) 速やかに保健所につなぐ。 この両方を満たす指示が正解である。
選択肢考察
- ○a. 「直ちに最寄りの保健所に連絡し自宅で待機してください」
疑い例への初動として最も適切である。自宅にとどまれば、移動中や待合室で他人や医療従事者に感染を広げる危険を避けられる。保健所に連絡すれば、行政主導で患者搬送用の車両による移送、第一種または特定感染症指定医療機関への入院、検体の検査(国立感染症研究所で実施)の手配へと進む。感染拡大の防止と、確定診断・治療の確保を両立できる指示である。なお、診療所側から保健所へ連絡し、情報を共有しておくことも望ましい。
- ×b. 「市販薬を購入して自宅で安静にしてください」
誤り。市販薬を買いに外出すれば、店舗や移動経路で第三者と接触し、感染を広げるおそれがある。さらに、エボラ出血熱は致死率が高い(流行によって異なるが数十%に達する)。市販薬で様子をみることは、診断と治療の遅れにつながる。対症療法で済ませてよい状況ではない。
- ×c. 「直ちに大学病院を受診してください」
誤り。一類感染症の患者(疑似症を含む)が入院するのは、特定感染症指定医療機関または第一種感染症指定医療機関である。大学病院であっても、すべてが指定を受けているわけではない。患者が自分で受診すれば、移動中や受付・待合室で多数の人と接触し、医療従事者も十分な防護のないまま対応することになる。受診先は自己判断ではなく、保健所を介して決めるべきである。
- ×d. 「そのまま自宅で安静にしてください」
誤り。自宅にとどまるので外部への感染拡大は防げるが、保健所への連絡がなければ、診断も治療も始まらない。エボラ出血熱では、早期の補液・電解質管理などの支持療法が予後を左右する。一人暮らしのため、重症化しても気づかれにくいという問題もある。行政への届け出・連絡がなく、疑い例が把握されないままになる点でも不適切である。
- ×e. 「直ちに来院してください」
誤り。一般の診療所には、一類感染症に対応する個人防護具や病室(陰圧個室など)、検査体制がない。来院させれば、移動中・待合室で他の患者やスタッフに二次感染を起こす危険がある。診療所では確定診断もできないため、結局は転送が必要になり、診断が遅れるだけである。
エボラ出血熱(エボラウイルス病)の概要
・病原体:フィロウイルス科のエボラウイルス。自然宿主はオオコウモリ類と考えられている。 ・流行地:主にアフリカ中央部〜西部(2014〜2016年の西アフリカ大流行、コンゴ民主共和国での反復流行など)。 ・感染経路:患者の血液・体液・排泄物・吐物との直接接触、およびそれらで汚染された物品を介した接触感染が主体である。通常の空気感染は起こさない。発症前(潜伏期間中)の感染力は乏しいとされる。遺体からも感染するため、葬儀での接触が流行拡大の一因となった。 ・潜伏期間:2〜21日。 ・症状:突然の発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感で始まる。続いて嘔吐・下痢などの消化器症状、さらに進行すると出血傾向(消化管出血、粘膜出血など)や多臓器不全をきたす。出血症状は全例にみられるわけではない。 ・治療:補液・電解質補正などの支持療法が基本である。ザイールエボラウイルスに対しては、モノクローナル抗体製剤が海外で承認されている。ワクチン(rVSV-ZEBOV)も開発され、流行地で用いられている。
感染症法上の取り扱い
・一類感染症:エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱の7疾患。 ・診断した医師は、直ちに保健所長を経由して都道府県知事に届け出る(全数把握)。 ・入院先は、特定感染症指定医療機関(国が指定)または第一種感染症指定医療機関(都道府県知事が指定)である。 ・流行国からの帰国者は、検疫所による健康監視(最終接触から21日間の体温報告など)の対象となることがある。発熱した場合は、医療機関を直接受診せず、検疫所や保健所に連絡するよう指導されている。
POINT
・流行国滞在歴のある発熱患者は、潜伏期間(最長21日)内ならエボラ出血熱の疑い例として扱う。 ・疑い例には「一般医療機関を受診させない」「自宅で待機させる」「保健所に連絡する」の3点で対応する。 ・エボラ出血熱は一類感染症であり、入院先は特定または第一種感染症指定医療機関に限られる。届出は直ちに行う。 ・主な感染経路は、血液・体液への接触感染である。
