「むせない」は安全のサインじゃない―高齢者の嚥下障害と不顕性誤嚥
第110回医師国家試験 G問題 第14問
国試問題にチャレンジ
高齢者の嚥下障害について正しいのはどれか。
- a.水分の誤嚥は少ない。
- b.体位の影響を受けない。
- c.喉頭閉鎖不全を伴わない。
- d.サルコペニアの要因ではない。
- e.むせがなくても誤嚥を否定できない。
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
高齢者では嚥下関連筋の筋力低下、喉頭の下垂による挙上不十分、嚥下反射の遅れなどが重なって喉頭閉鎖不全を伴いやすく、誤嚥が起こりやすくなります。食物形態では粘性のない水分が最も誤嚥しやすく、とろみをつけて対応し、姿勢では頸部伸展や臥位が誤嚥を助長し、座位で顎を引く姿勢が誤嚥を防ぎます。また嚥下障害は低栄養を介してサルコペニアの要因となり、嚥下筋の萎縮でさらに嚥下障害が悪化する悪循環を生みます。最も重要なのは、咳反射の低下により誤嚥してもむせない不顕性誤嚥が多いことで、むせがないことは誤嚥の否定根拠になりません。口腔ケアなどの予防や、嚥下造影・嚥下内視鏡による評価を適切に行う視点は、高齢者の誤嚥性肺炎を防ぐうえで欠かせない臨床の基本です。
解答・解説
正解はeです
本問は、高齢者の摂食嚥下障害の特徴、とくに誤嚥(飲食物や唾液が声門を越えて気管に入ること)の起こりやすさと、その見逃しやすさを問う一般問題である。
嚥下の流れと加齢変化
嚥下は、食物を認識する先行期、口の中で食塊をつくる準備期、食塊を咽頭へ送る口腔期、嚥下反射により食塊が咽頭を通過する咽頭期、食道を下る食道期に分けて考える(5期モデル)。誤嚥と直接関係するのは咽頭期で、この時期には舌骨・喉頭が前上方へ挙上し、喉頭蓋が倒れ込み、声門が閉じることで気道が守られる。 高齢者では、①舌・咽頭・喉頭周囲の筋力低下、②喉頭の位置の下垂(挙上距離の増大)、③嚥下反射の惹起遅延、④咳反射の低下、⑤歯の欠損や唾液分泌低下、⑥脳血管障害や認知症、薬剤(鎮静薬など)の影響、などが重なり、誤嚥を起こしやすくなる。
設問の考え方
誤嚥は、嚥下機能そのものの低下に加え、食物の形態(さらさらした水分)、姿勢(臥位や頸部の伸展)、意識レベルなどの誘因で増悪する。さらに高齢者では、気道に異物が入っても咳(むせ)が起こらない「不顕性誤嚥(silent aspiration)」が少なくない。したがって「むせがない=誤嚥していない」とは判断できず、むせの有無だけで安全を判定してはならない、という点が本問の核心である。
選択肢考察
- ×a. 水分の誤嚥は少ない。
誤り。粘性のない水分(水・お茶など)は口腔内でまとまりにくく、咽頭を流れる速度が速い。嚥下反射の惹起が遅れる高齢者では、反射が起こって喉頭が閉じる前に水分が咽頭へ到達し、気道へ流れ込みやすい。食物形態のなかで最も誤嚥しやすいのが水分であり、そのため嚥下障害のある患者では増粘剤でとろみをつけて流れる速度を落とす工夫が行われる。
- ×b. 体位の影響を受けない。
誤り。嚥下は姿勢の影響を強く受ける。頸部を伸展させる(顎を上げる)と咽頭から気管への経路がまっすぐになり、気道の入口が開きやすくなるため誤嚥しやすい。逆に、座位で頸部を軽く前屈させる(顎を引く)姿勢は喉頭蓋谷が広がり気道入口が狭まるため誤嚥しにくい。また、重度の障害ではリクライニング位(体幹を30〜60度程度に起こした姿勢)にすると、重力で気管(前方)より食道(後方)側へ食塊が流れやすくなることが利用される。臥位のまま摂食させると誤嚥の危険が高まる。
- ×c. 喉頭閉鎖不全を伴わない。
誤り。咽頭期には喉頭が挙上し、喉頭蓋が喉頭口をふさぎ、声門が閉じることで気道が守られる。高齢者では喉頭挙上筋群(舌骨上筋群など)の筋力低下や喉頭の下垂により喉頭挙上が不十分となり、さらに反射のタイミングも遅れるため、喉頭閉鎖不全を伴うことが多い。これが嚥下中誤嚥の主な原因となる。
- ×d. サルコペニアの要因ではない。
誤り。サルコペニアは加齢などに伴う骨格筋量の減少に、筋力低下または身体機能低下を伴う状態である。嚥下障害があると経口摂取量が減り、エネルギー・蛋白質が不足する。不足分を補うために筋蛋白が分解されて筋量が減り、サルコペニアが進む(栄養障害によるサルコペニア)。さらに嚥下関連筋もやせることで嚥下障害が悪化するという悪循環が生じる。全身と嚥下筋の両方の筋量・筋力低下による嚥下障害は「サルコペニアの摂食嚥下障害」と呼ばれる。
- ○e. むせがなくても誤嚥を否定できない。
正しい。むせ(咳)は気道に入った異物を排出しようとする防御反射である。高齢者、脳血管障害後(とくに大脳基底核病変)、認知症、鎮静薬の使用などでは咳反射や嚥下反射が低下し、誤嚥してもむせが起こらない不顕性誤嚥がしばしばみられる。不顕性誤嚥は食事中だけでなく、睡眠中に口腔内の分泌物や細菌を含む唾液、胃内容物を少しずつ吸い込むことでも生じ、高齢者の誤嚥性肺炎の重要な原因である。したがって、むせがないことは誤嚥の否定根拠にならず、必要に応じて嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査で評価する。
不顕性誤嚥と誤嚥性肺炎
・不顕性誤嚥はむせを伴わない誤嚥で、咳反射・嚥下反射の低下が背景にある。これらの反射にはサブスタンスPが関与しており、大脳基底核のドパミン産生低下(脳血管障害など)によりサブスタンスPが減少すると反射が低下すると考えられている。 ・夜間睡眠中の口腔内容物の吸引が問題となるため、口腔ケア(歯磨き・義歯清掃・口腔清拭)による口腔内細菌の減量は誤嚥性肺炎の予防に有効である。 ・ACE阻害薬はサブスタンスPの分解を抑え、咳反射を高める方向に働くことが知られる。 ・食後しばらく座位を保つことは、胃食道逆流による誤嚥の予防に役立つ。
誤嚥を助長する因子
・食物形態:さらさらした水分、ばらけやすいもの(刻み食、パサつくもの)、粘着性の強いもの ・体位:臥位、頸部伸展位 ・意識・覚醒レベルの低下(傾眠、鎮静薬) ・口腔衛生不良、経鼻胃管の留置、胃食道逆流
嚥下機能の評価
・スクリーニング:反復唾液嚥下テスト(RSST:30秒間で空嚥下が何回できるか。3回未満で陽性)、改訂水飲みテスト(3mLの冷水を嚥下させ、むせ・呼吸変化などを評価)、フードテストなど。 ・精密検査:嚥下造影検査(VF:造影剤入りの検査食を嚥下させX線透視で観察)、嚥下内視鏡検査(VE:経鼻内視鏡で咽頭を観察)。むせの出ない不顕性誤嚥の検出にはこれらが有用である。
サルコペニア
・骨格筋量の減少に加え、筋力(握力など)または身体機能(歩行速度など)の低下を伴う状態。原因として加齢(一次性)のほか、活動量低下、疾患、栄養障害(二次性)がある。 ・嚥下障害→低栄養→サルコペニア→嚥下筋の萎縮→嚥下障害の悪化、という悪循環に注意する。
POINT
・高齢者では咳反射が低下し、むせのない誤嚥(不顕性誤嚥)が多い。むせがないことは誤嚥の否定にならない。 ・最も誤嚥しやすい食物形態は粘性のない水分であり、とろみをつけて対応する。 ・頸部伸展位・臥位は誤嚥を助長し、座位・頸部前屈位(顎を引く)は誤嚥を防ぐ。 ・高齢者では喉頭挙上の不十分さなどにより喉頭閉鎖不全を伴いやすい。 ・嚥下障害は低栄養を介してサルコペニアの要因となり、悪循環を形成する。
