夜盲が10年かけて奪っていく視野―網膜色素変性症の「ドーナツ状の欠け」を見抜く
第110回医師国家試験 E問題 第50問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。夜盲を主訴に来院した。10年前から両眼の夜盲を自覚していたが徐々に進行してきたため受診した。両眼の眼底写真(A)と網膜電図(B)とを別に示す。 右眼の視野検査の結果(C)のうち,この患者の視野はどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
両眼の緩徐進行性の夜盲に、骨小体様色素沈着とERGの平坦化を伴えば網膜色素変性症と診断できます。本症では杆体が密な中間周辺部の網膜から変性が始まるため、中心と最周辺部が残ってその間が欠ける輪状暗点が生じ、進行すると求心性視野狭窄(管状視野)となります。中心暗点は視神経炎などの視神経疾患、Bjerrum暗点・鼻側階段は緑内障、らせん状視野は心因性、片眼のみの半盲は網膜・視神経の障害と、視野の形から障害部位を推定できます。ERGは眼底変化の乏しい早期から異常を示すため診断の決め手となり、治療はロービジョンケアや合併症への対応が中心です。病変の部位と視野の形を結びつけて考える習慣は、眼科だけでなく神経疾患の診療でも役立ちます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・45歳男性、10年前から両眼の夜盲(暗い場所で見えにくくなる症状)があり、ゆっくり悪化している。 ・眼底写真(A):両眼とも網膜の中間周辺部から周辺部にかけて、黒い色素が骨の小片や細い枝のような形に集まった沈着(骨小体様色素沈着)が散在している。網膜全体の色調もくすみ、網膜血管がやや細い。 ・網膜電図(ERG:electroretinogram、光刺激に対する網膜全体の電気的反応を記録する検査)(B):両眼とも波形がほとんど平坦で、a波・b波の振幅が著しく低下している。
診断へのプロセス
両眼性・緩徐進行性の夜盲は、杆体(暗所で働く視細胞)の障害を示唆する。鑑別にはビタミンA欠乏による夜盲、先天停止性夜盲、小口病、白点状眼底、コロイデレミアなどが挙がる。このうち、眼底に骨小体様色素沈着を伴い、ERGが平坦化(消失型〜高度減弱型)しているのは網膜色素変性症の典型像である。ビタミンA欠乏では骨小体様色素沈着はみられず、ビタミンA補充で改善する。先天停止性夜盲は進行せず眼底もほぼ正常である。以上から網膜色素変性症と診断する。
設問の考え方
網膜色素変性症では、杆体が多く分布する中間周辺部(固視点から約20〜40°付近)の網膜から障害が始まる。そのため視野では、中心部と最周辺部は残り、その間がドーナツ状に欠ける輪状暗点がまず出現する。病期が進むと暗点が周辺へ広がって周辺の残存視野が失われ、中心部だけが残る求心性視野狭窄(管状視野)となる。提示された5つの視野のうち、中心の小さな島状視野と、耳側〜下方に弧状に残る周辺視野の間が広く欠損している⑤が輪状暗点であり、本症例の視野に一致する。
選択肢考察
- ×a. ①
周辺視野は保たれ、固視点を中心とした暗点が耳側のマリオット盲点(視神経乳頭に対応する生理的暗点)方向へつながっている。中心暗点、より正確には盲点中心暗点である。視神経炎、Leber遺伝性視神経症、中毒性(エタンブトールなど)視神経症のように、黄斑からの線維(乳頭黄斑線維束)が障害される病態でみられる。網膜色素変性症の初期〜中期では中心視野はむしろ保たれるため合致しない。
- ×b. ②
マリオット盲点から固視点の上下を弓状に回り込む暗点(Bjerrum暗点、弓状暗点)と、鼻側の水平経線を境に視野の境界が段差状にずれる鼻側階段(鼻側穿破)がみられる。網膜神経線維の走行に沿った障害を示す、緑内障に特徴的な視野変化である。網膜色素変性症の輪状暗点は神経線維の走行とは無関係に中間周辺部全周を取り巻く点で異なる。
- ×c. ③
動的視野検査(Goldmann視野計)で、測定を続けるうちに視野の境界が次第に内側へ縮んでいき、イソプタ(等感度線)が閉じずにらせんを描く。らせん状視野と呼ばれ、器質的疾患では説明がつかず、心因性視覚障害(転換性障害など)を疑う所見である。管状視野で視標までの距離を変えても視野の大きさが変わらない所見も心因性の特徴である。
- ×d. ④
右眼の視野で、固視点を通る垂直経線を境に左側(鼻側)の半分が欠けている。単眼に生じた鼻側半盲である。片眼だけの視野欠損は、その眼の網膜または視神経(視交叉より前)の障害によって生じる。たとえば耳側の網膜が広く障害される病変(網膜剥離や網膜動脈分枝閉塞など)や、虚血性視神経症などの視神経障害で、鼻側半分に及ぶ欠損がみられることがある。これに対し、視交叉より後方(視索・外側膝状体・視放線・後頭葉)の障害では、両眼の視野の同じ側(例えば右眼の鼻側と左眼の耳側)が同時に欠ける同名半盲となり、片眼のみに半盲が生じることはない。いずれにしても、中心と最周辺部が残り中間周辺部が全周性に欠ける網膜色素変性症の視野とは形がまったく異なる。
- ○e. ⑤
固視点付近に小さな中心視野が島状に残り、耳側から下方にかけて最周辺部の視野が弧状に残存している。その間の中間周辺部が広く欠損しており、輪状暗点である。杆体が密に分布する中間周辺部の網膜から変性が始まる網膜色素変性症に特徴的な視野であり、夜盲・骨小体様色素沈着・ERG平坦化という本症例の所見と整合する。周辺の残存視野が消失すると求心性視野狭窄へ進行する。
網膜色素変性症の概要
・視細胞(主に杆体)と網膜色素上皮が進行性に変性する遺伝性疾患群で、常染色体顕性(優性)・潜性(劣性)・X連鎖性の遺伝形式があり、孤発例も多い。原因遺伝子は多数報告されている。わが国の中途失明原因の上位を占め、指定難病である。 ・症状の経過:夜盲 → 視野狭窄(輪状暗点 → 求心性視野狭窄) → 晩期に錐体も障害され視力低下・色覚異常。 ・眼底の三徴:骨小体様色素沈着、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蝋様萎縮(黄色調の蒼白化)。 ・ERG:早期から著しく減弱し、進行すると平坦(消失型)となる。眼底変化が軽い早期でもERG異常は明らかで、診断に最も重要な検査である。 ・合併症:白内障(後嚢下白内障)、嚢胞様黄斑浮腫など。 ・治療:根本的治療は確立していない。遮光眼鏡、ロービジョンケア、合併症(白内障・黄斑浮腫)の治療が中心となる。RPE65遺伝子変異による網膜ジストロフィには遺伝子治療(ボレチゲン ネパルボベク)が承認されている。 ・全身疾患の一部として生じることがあり、Usher症候群(感音難聴を合併)、Laurence-Moon-Bardet-Biedl症候群(肥満・多指症・性腺機能低下など)、Kearns-Sayre症候群などが知られる。
代表的な視野異常と疾患
・中心暗点/盲点中心暗点:視神経炎、Leber遺伝性視神経症、中毒性視神経症、黄斑疾患 ・Bjerrum暗点、鼻側階段:緑内障 ・輪状暗点 → 求心性視野狭窄:網膜色素変性症(求心性視野狭窄は進行した緑内障、心因性でもみられる) ・らせん状視野、管状視野(距離を変えても大きさ不変):心因性視覚障害 ・両耳側半盲:視交叉部病変(下垂体腺腫など) ・同名半盲:視索以降の病変(両眼の同じ側の視野が欠ける。黄斑回避は後頭葉病変で起こりやすい) ・片眼のみの視野欠損:その眼の網膜・視神経の障害(視交叉より前)
POINT
・両眼の進行性夜盲+骨小体様色素沈着+ERG平坦化 → 網膜色素変性症 ・網膜色素変性症の視野:輪状暗点 → 求心性視野狭窄(中心視力は晩期まで保たれやすい) ・中心暗点=視神経炎、Bjerrum暗点・鼻側階段=緑内障、らせん状視野=心因性、両耳側半盲=視交叉部、同名半盲(両眼の同じ側が欠ける)=視交叉より後方、片眼のみの視野欠損=網膜・視神経の障害 ・ERGは眼底変化が目立たない早期の網膜色素変性症でも異常を示し、診断の決め手となる
