声は出ないのに、言葉は書ける―心の葛藤が体に現れる「転換」を読み解く
第110回医師国家試験 E問題 第43問
国試問題にチャレンジ
20歳の女性。声が出なくなったことを主訴に友人とともに来院した。今朝,いつもどおりに大学に行ったが,1限目の講義が終了したころから声がかすれるようになり,1時間後には全く声が出なくなった。友人とともに保健管理室で相談したところ,医療機関へ行くことを勧められたため受診した。1年前から部活動での人間関係のトラブルを契機として,不安感や情動の不安定性が出現し治療を受けていた。受診時,筆談は可能で理解力は保たれ,意識は清明と考えられた。発声できないこと以外に神経学的所見に異常を認めない。血液生化学所見,脳波および頭部CTで異常を認めない。 この患者にみられるのはどれか。
- a.解離
- b.転換
- c.離人症
- d.被影響体験
- e.させられ〈作為〉体験
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクター
医学生
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医学生まとめ
心理的ストレスを背景に急に生じ、神経学的所見や画像・検査で説明できる器質的異常がない運動・感覚障害(失声、運動麻痺、失立失歩など)は「転換」と呼ばれます。これに対し、意識・記憶・自己同一性などの精神機能が分断されるもの(解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害)は「解離」であり、症状が身体機能か精神機能かで区別します。離人症は自己や外界への実感が薄れる状態、被影響体験とさせられ体験は統合失調症に特徴的な自我障害でSchneiderの一級症状に含まれます。転換性障害は詐病とは異なり、まず器質的疾患を除外したうえで、症状を否定せずに安心を与え、ストレス因への対処や精神療法、発声訓練などを行うことで比較的良好な経過が期待できます。精神症状の用語を正確に使い分けることは、精神科だけでなく救急や神経内科の診療でも適切な鑑別と患者対応につながります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・20歳女性。授業中に声がかすれ始め、約1時間で全く声が出なくなった。急に起こった失声(発声できない状態)である。 ・1年前から部活動の人間関係でストレスを抱え、不安感や情動の不安定さに対して治療を受けている。心理的な背景がある。 ・筆談ができ、理解力は保たれ、意識も清明である。意識障害、せん妄、失語(言語そのものの障害)は考えにくい。 ・発声以外の神経学的所見は正常で、血液生化学検査、脳波、頭部CTにも異常がない。脳血管障害、てんかん、代謝異常などの器質的・身体的原因を示す所見はない。
診断へのプロセス
急な失声では、まず器質的な原因を除外する。器質的な原因には、脳血管障害による構音・発声障害、反回神経麻痺や声帯病変などの耳鼻咽喉科疾患、意識障害やせん妄、緊張病(カタトニア)による無言症などがある。本例は書いて意思を伝えられるため、言語機能も意識も保たれている。神経学的所見と各種検査も正常である。そのうえで心理的ストレスを背景に急に発症していることから、心理的葛藤が発声という身体機能の障害として現れた「転換」による失声(転換性障害、DSM-5では変換症/機能性神経症状症)と考えられる。
設問への考え方
問われているのは、この患者に見られる精神症状の名称である。心理的な葛藤が運動・感覚などの身体症状として現れることを「転換」、意識・記憶・同一性・知覚など精神機能のまとまりが失われることを「解離」という。失声は随意運動の障害、すなわち身体症状であり、転換にあたる。
選択肢考察
- ×a. 解離
解離は、強いストレスや葛藤に直面したとき、本来ひとつにまとまっている意識・記憶・自己同一性・知覚などの精神機能が分断される現象である。解離性健忘(ある期間の記憶が抜ける)、解離性遁走(記憶を失ったまま放浪する)、解離性同一性障害(複数の人格状態が交代して現れる)などがこれにあたる。本例の症状は記憶や意識の障害ではなく、発声という身体機能の障害であり、狭い意味での解離には当てはまらない。
- ○b. 転換
転換は、心理的な葛藤やストレスが、運動麻痺、失声、歩行障害、けいれん様発作、感覚脱失、視力障害などの随意運動系・感覚系の身体症状として現れる現象である。神経学的検査や画像検査に、症状を説明できる器質的異常がないことが特徴となる。本例はストレスを背景に失声が急に起こり、発声以外の神経所見と検査はすべて正常で、筆談はできる。転換による心因性失声と考えられる。
- ×c. 離人症
離人症は、自分の思考・感情・身体や行動について「自分のものである」という実感が薄れ、外から自分を眺めているように感じる状態である(離人感)。周囲の世界が非現実的で、膜を隔てたように感じる現実感消失を伴うことも多い。自我意識の障害の一つで、本人は「実感がない」と訴える。本例のような身体機能の脱落は伴わない。
- ×d. 被影響体験
被影響体験は、自分の思考・感情・身体が、外部の何者かから電波などで影響を受けていると体験する自我障害である。統合失調症に特徴的で、Schneiderの一級症状に含まれる「身体的被影響体験」がその例である。本例に妄想的な体験の訴えはなく、該当しない。
- ×e. させられ〈作為〉体験
させられ(作為)体験は、自分の考え・感情・行動が他者に操られ、自分の意思ではなく「させられている」と体験する自我障害である。能動性の意識が障害されたもので、統合失調症に特徴的であり、Schneiderの一級症状に含まれる。本例は声が出ないことを困って受診しており、他者に操られているという体験はない。
転換と解離
・両者とも、かつて「ヒステリー」と呼ばれた病態にあたり、心理的葛藤を本人が意識しないまま症状として表に出すという点で共通する。 ・転換:葛藤が身体症状(運動・感覚機能の障害)に置き換わる。例:失声、運動麻痺、失立失歩、心因性非てんかん性発作、知覚脱失、心因性視力障害。 ・解離:葛藤により精神機能のまとまりが失われる。例:解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害、離人感・現実感消失症。 ・分類上の扱い:DSM-5では、転換性障害は「身体症状症および関連症群」の中の「変換症/転換性障害(機能性神経症状症)」として扱われ、解離症群とは別になっている。ICD-10やICD-11では、解離性障害の中に運動・感覚の障害(解離性運動障害など)として位置づけられている。分類体系によって境界が異なるが、症状を記述する用語としては、身体症状なら「転換」、精神機能の分断なら「解離」と区別する。
転換性障害の特徴
・若年者、女性に多い。発症前に心理的ストレスがあることが多い。 ・症状が神経解剖学的な支配領域と一致しない。また、注意をそらすと症状が軽くなるなど、診察所見の中に神経疾患と両立しない点がある。 ・症状に対して深刻さを欠く態度(la belle indifférence、満ち足りた無関心)や、症状による二次的な利益(疾病利得)がみられることがある。ただし診断に必須ではない。 ・詐病とは異なり、症状を意図的に作り出しているわけではない。 ・心因性失声では、喉頭内視鏡で声帯の器質的異常がなく、咳払いや咳嗽のときには声帯が正常に閉じて音が出ることが多い。 ・治療:器質的疾患がないことを丁寧に説明して安心させる(保証)。そのうえで、ストレス因への対処、精神療法、発声訓練などのリハビリテーションを行う。予後は比較的良好である。
自我意識の障害(Jaspersによる4つの標識)
・能動性の障害:させられ体験、思考吹入、思考奪取など。 ・単一性の障害:二重身など。 ・同一性の障害:過去の自分と今の自分が同じだと感じられない。 ・外界との区別(境界)の障害:思考伝播など。 ・離人症は、能動性の意識(自分が行っているという実感)が薄れた状態として位置づけられる。
POINT
・心理的ストレスを背景に急に起こり、器質的異常がない運動・感覚障害(失声、麻痺、失立失歩など)は「転換」である。 ・意識・記憶・同一性の分断(健忘、遁走、多重人格)は「解離」である。 ・被影響体験とさせられ体験は統合失調症に特徴的な自我障害で、Schneiderの一級症状に含まれる。 ・離人症は、自己や外界への実感が失われる状態である。
