検査はすべて正常、でも胃がつらい―「異常なし」から始まる機能性ディスペプシアの診断
第110回医師国家試験 D問題 第21問
国試問題にチャレンジ
28歳の男性。上腹部膨満感を主訴に来院した。6か月前から食後に上腹部の膨満感を自覚するようになった。自宅近くの診療所で投薬を受けたが改善せず,食事中にも症状を感じるようになったため受診した。体重減少や便通異常はなかったという。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腸雑音は正常である。血液生化学検査,腹部超音波検査,便潜血検査および上部消化管内視鏡検査で異常を認めない。 最も考えられる疾患はどれか。
- a.膵癌
- b.大腸癌
- c.過敏性腸症候群
- d.スキルス型胃癌
- e.機能性ディスペプシア〈FD〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
慢性的な上腹部症状があっても、体重減少などの警告症状がなく、内視鏡・超音波・血液検査・便潜血で器質的疾患が否定されれば、機能性消化管疾患を考えます。便通異常を伴わず、食後のもたれ感や早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感が中心なら機能性ディスペプシアで、腹痛が排便と関連し便通異常を伴う過敏性腸症候群とは区別されます。機能性ディスペプシアは食後愁訴症候群と心窩部痛症候群に分けられ、胃排出能低下や適応性弛緩障害、内臓知覚過敏、心理社会的因子などが関与します。体重減少、出血、嘔吐の反復、嚥下困難、高齢発症などのアラームサインがあれば膵癌やスキルス型胃癌などの精査が必要で、H. pylori陽性なら除菌を優先します。器質的疾患の除外と症状の性質から機能性疾患を診断する考え方は、日常診療で非常に頻度の高い腹部症状を扱ううえで欠かせない視点です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・28歳と若年の男性。 ・6か月前からの食後の上腹部膨満感(食後愁訴)。最近は食事中にも感じる(早く満腹になる=早期飽満感に近い症状)。 ・診療所での投薬で改善しない。 ・体重減少なし、便通異常(下痢・便秘)なし。 ・腹部は平坦・軟で、肝脾腫なし、腸雑音正常:腹水、腫瘤、鼓腸、腸閉塞を示す所見はない。 ・血液生化学検査、腹部超音波検査、便潜血検査、上部消化管内視鏡検査がいずれも正常。
診断へのプロセス
まず器質的疾患(目に見える病変をもつ疾患)を除外する。体重減少がないことは悪性腫瘍を考えにくくする所見であり、さらに内視鏡で胃・十二指腸の潰瘍・炎症・腫瘍が否定され、超音波で肝・胆・膵などの実質臓器や腹水の異常が否定され、便潜血陰性で下部消化管からの出血性病変も考えにくい。血液検査も正常で、代謝・内分泌疾患を示す所見もない。 器質的疾患が見当たらない慢性的な消化器症状は機能性消化管疾患を考える。代表は胃・十二指腸の機能異常による機能性ディスペプシア(FD)と、腸の機能異常による過敏性腸症候群(IBS)である。本例は症状が上腹部に限局し食事と関連しており、便通異常を伴わないことから、IBSではなくFDが最も考えられる。症状の内容(食後のもたれ・膨満感、早期飽満感)からはFDのうち食後愁訴症候群(PDS)型に相当する。
選択肢考察
- ×a. 膵癌
膵癌は上腹部痛や背部痛、体重減少、閉塞性黄疸、新規の糖尿病発症などで見つかることが多く、好発年齢は60歳以上である。本例は28歳と若く、体重減少がなく、腹部超音波検査や血液生化学検査(肝胆道系酵素など)も正常であり、膵癌は考えにくい。
- ×b. 大腸癌
大腸癌は血便・便潜血陽性、便通異常(便秘・下痢・便柱狭小化)、貧血、体重減少などを呈し、好発年齢は中高年である。本例は便潜血陰性で便通異常も体重減少もなく、また食事に関連した上腹部膨満感は大腸癌の典型的な症状ではないため否定的である。
- ×c. 過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(IBS)も器質的異常のない機能性消化管疾患だが、腹痛が排便と関連し、排便の頻度や便の形状の変化(下痢型・便秘型・混合型など)を伴うことが診断の核心である。本例には便通異常がなく、症状は食事に関連した上腹部の膨満感であるため、IBSには当てはまらない。
- ×d. スキルス型胃癌
スキルス型胃癌(4型進行胃癌)は粘膜下層以深を中心に浸潤して胃壁が硬く肥厚し、胃の伸展性が失われる。早期の粘膜面の変化が乏しく内視鏡で見逃されることもあるが、進行すれば送気しても胃が十分に広がらない伸展不良、巨大皺襞などの所見が得られる。若年女性にも比較的多い点は留意すべきだが、本例では内視鏡・超音波とも正常で体重減少もなく、最も考えられる疾患とはいえない。
- ○e. 機能性ディスペプシア〈FD〉
機能性ディスペプシア(FD)は、つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感といったディスペプシア症状が慢性的に続くにもかかわらず、内視鏡などで症状を説明できる器質的疾患が認められない病態である。本例は6か月にわたる食後の上腹部膨満感と食事中の症状(早期飽満感)があり、各種検査で器質的異常がなく、便通異常もないことから、FDが最も考えられる。
機能性ディスペプシア(FD)の概要
・定義:症状の原因となる器質的・全身性・代謝性疾患がないのに、慢性的に心窩部を中心とする腹部症状(ディスペプシア症状)を呈する疾患。 ・国際的なRome Ⅳ基準(2016年)では、①つらい食後のもたれ感、②つらい早期飽満感、③つらい心窩部痛、④つらい心窩部灼熱感のうち1つ以上があり、症状を説明しうる器質的疾患がなく、6か月以上前に症状が始まり最近3か月間基準を満たすこととされる(以前のRome Ⅲ基準も骨格は同じ)。わが国の診療ガイドラインでは、実臨床に合わせて症状の持続期間を厳密に問わない立場をとっている。 ・亜型:食後のもたれ感・早期飽満感が中心の食後愁訴症候群(PDS:postprandial distress syndrome)と、心窩部痛・灼熱感が中心の心窩部痛症候群(EPS:epigastric pain syndrome)。 ・病態:胃排出能の低下、胃の適応性弛緩(食物が入ると胃底部が広がる反応)の障害、内臓知覚過敏、胃酸や十二指腸内の刺激への過敏性、心理社会的因子(不安・ストレス)、感染後の変化など多因子が関与する。 ・診断上の注意:体重減少、嘔吐の反復、消化管出血・貧血、嚥下困難、高齢での発症などの警告症状(アラームサイン)があれば、悪性腫瘍などの器質的疾患を積極的に検索する。Helicobacter pylori(H. pylori)感染がある場合は除菌を行い、除菌で症状が消失すればH. pylori関連ディスペプシアとしてFDと区別される。 ・治療:生活習慣・食事指導と患者への説明(良好な医師患者関係)を基盤とし、薬物療法では酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬など)や消化管運動機能改善薬(アコチアミドなど)が第一選択、効果不十分なら漢方薬(六君子湯など)や抗不安薬・抗うつ薬を考慮する。
IBSとの対比
IBSは腹痛が排便に関連し、便通異常(便形状・回数の変化)を伴う下部消化管の機能性疾患である。FDとIBSはしばしば合併する。
POINT
・器質的疾患が否定された慢性の上腹部症状(食後もたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感)は機能性ディスペプシアを考える。 ・便通異常を伴う腹痛ならIBS、伴わない上腹部症状ならFD。 ・FDの亜型:食後愁訴症候群(PDS)と心窩部痛症候群(EPS)。 ・体重減少、出血、嘔吐、嚥下困難、高齢発症などの警告症状があれば器質的疾患を精査する。
