「糖尿病だから奇形が心配」にどう答える?―HbA1cが語る器官形成期の血糖
第110回医師国家試験 A問題 第26問
国試問題にチャレンジ
33歳の女性。2日前に市販のキットで尿妊娠反応が陽性であったため来院した。最終月経は7週前,月経周期は30~45日である。3年前に糖尿病と診断され,半年前からは自宅近くの診療所でインスリン治療を受けている。内診で子宮は鵞卵大で付属器は触れない。尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体(-)。血液生化学所見:血糖90 mg/dL,HbA1c 5.8%(基準4.6~6.2)。経腟超音波検査で子宮内に長径25 mmの胎嚢と心拍動を有する胎芽とを認める。妊娠していることを患者に伝えると,糖尿病による胎児奇形が心配だという。 患者への説明として適切なのはどれか。
- a.「人工妊娠中絶を勧めます」
- b.「胎児奇形は羊水検査で診断できます」
- c.「治療をインスリンから経口糖尿病薬に変更しましょう」
- d.「胎児奇形のリスクが一般の方より高い状況ではありません」
- e.「今から葉酸を十分に摂取すれば胎児奇形の頻度が減少します」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
糖尿病合併妊娠で先天奇形が増える原因は、器官形成期(妊娠4〜10週ごろ)の母体高血糖であり、そのリスクは妊娠初期のHbA1cで推定できます。HbA1cが正常域に保たれていれば奇形の頻度は一般妊婦とほぼ同等で、根拠をもってそう説明することが適切です。羊水検査は染色体異常の検査であり形態異常の診断は超音波検査で行うこと、妊娠中の薬物療法はインスリンが原則であること、葉酸による神経管閉鎖障害の予防は妊娠前からの摂取が必要であることも併せて押さえておきましょう。妊娠前から血糖を整える計画妊娠と、妊娠経過に応じたインスリン調整は、母児の合併症を減らすための臨床の基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・妊娠の状況:最終月経から7週であるが、月経周期が30〜45日と不規則なため、最終月経からの週数は実際より進んで見積もられている可能性がある。子宮は鵞卵大、経腟超音波で子宮内に長径25 mmの胎嚢と心拍のある胎芽を認め、正常な子宮内妊娠(おおむね妊娠2か月、6〜7週前後)と判断できる。 ・糖尿病:3年前に診断され、半年前からインスリン治療中。血糖90 mg/dL、HbA1c 5.8%で尿糖・尿ケトン体も陰性であり、血糖コントロールは良好である。尿蛋白陰性で腎症を示唆する所見もない。
考え方
糖尿病合併妊娠で先天奇形が増える最大の要因は、器官形成期(受精後おおむね2〜8週、妊娠4〜10週ごろ)の母体高血糖である。HbA1cは過去1〜2か月の平均血糖を反映するため、本症例のHbA1c 5.8%は受精前後から器官形成期前半までの血糖が良好に保たれていたことを示す。妊娠初期のHbA1cが高いほど奇形率は上昇し、著しく高い場合(おおむね8〜10%以上)には20%を超える頻度で奇形が生じるとの報告がある一方、HbA1cが正常域にコントロールされていれば奇形の発生率は一般の妊婦とほとんど変わらない。 したがって、本患者には「奇形のリスクが一般の方より高い状況ではない」と説明し、不安を和らげるのが適切である。そのうえで、妊娠経過に伴いインスリン抵抗性が増すことを踏まえ、インスリン療法と血糖自己測定を継続して妊娠中も厳格な血糖管理を行うことを伝える。
選択肢考察
- ×a. 「人工妊娠中絶を勧めます」
不適切である。血糖コントロールは良好で奇形リスクの上昇を示す根拠はなく、正常な子宮内妊娠である。母体保護法上の適応もない状況で医師が中絶を勧めることは許されない(禁忌肢と考えるべき選択肢)。高血糖が著しかった場合であっても、奇形の有無は確定的ではないため、まず十分な情報提供と胎児評価を行うのが原則である。
- ×b. 「胎児奇形は羊水検査で診断できます」
不適切である。羊水検査は羊水中の胎児細胞を用いて染色体異常(21トリソミーなど)や一部の遺伝子疾患を調べる検査であり、糖尿病に関連する心奇形や骨格・神経管の形態異常といった構造異常の診断には、超音波検査(必要に応じて胎児心エコー、MRI)が用いられる。また羊水検査は通常妊娠15〜16週以降に行い、流産などの合併症リスクを伴う侵襲的検査である。
- ×c. 「治療をインスリンから経口糖尿病薬に変更しましょう」
不適切である。経口血糖降下薬の多くは胎盤を通過し、胎児への安全性が確立していないため、わが国では妊娠中の薬物療法はインスリンが原則である(経口薬服用中の女性が妊娠を希望・成立した場合はインスリンに切り替える)。良好な血糖コントロールが得られているインスリンを経口薬に変更する理由はなく、むしろ妊娠中期以降はインスリン需要が増すため増量が必要になることが多い。
- ○d. 「胎児奇形のリスクが一般の方より高い状況ではありません」
適切である。糖尿病合併妊娠の奇形リスクは器官形成期の血糖値に依存する。HbA1c 5.8%は基準範囲内であり、受精前後から現在まで血糖が良好に保たれていたと考えられるため、奇形の発生頻度は一般妊婦とほぼ同等とみてよい。患者の不安に対して根拠をもって説明できる内容である。ただし今後も妊娠高血圧症候群や巨大児、胎児機能不全などの管理は必要であり、厳格な血糖管理の継続を併せて伝える。
- ×e. 「今から葉酸を十分に摂取すれば胎児奇形の頻度が減少します」
不適切である。葉酸の予防効果が確立しているのは二分脊椎・無脳症などの神経管閉鎖障害に限られる。神経管は受精後約4週(妊娠6週ごろ)までに閉鎖するため、効果を得るには妊娠の少なくとも1か月前から妊娠初期(12週ごろ)まで摂取する必要があり、妊娠7週前後の本症例で今から開始しても奇形の減少は期待しにくい。また糖尿病に関連する奇形は心臓・骨格・腎・消化管など多岐にわたり、葉酸でそれらを予防できるわけではない。
糖尿病と妊娠の分類
・糖尿病合併妊娠:妊娠前から糖尿病と診断されている妊娠(本症例)。 ・妊娠糖尿病(GDM):妊娠中に初めて発見・発症した、糖尿病に至っていない糖代謝異常。 ・妊娠中の明らかな糖尿病:妊娠中に診断された、糖尿病の診断基準を満たすもの。
糖尿病合併妊娠における児の合併症
・器官形成期の高血糖による先天奇形:心奇形(最も多い)、神経管閉鎖障害、尾部退行症候群(仙骨・腰椎の形成不全。糖尿病母体児に特徴的)、腎・消化管奇形など。流産も増える。 ・妊娠中期以降の高血糖による影響:胎児高インスリン血症による巨大児・肩甲難産、羊水過多、胎児機能不全、子宮内胎児死亡。 ・新生児合併症:新生児低血糖、呼吸窮迫症候群、低カルシウム血症、多血症、高ビリルビン血症、肥大型心筋症。
母体側の合併症
妊娠高血圧症候群、羊水過多、早産、糖尿病網膜症・腎症の悪化、ケトアシドーシス(妊娠中は比較的低い血糖でも起こりうる)。
計画妊娠と血糖管理
・奇形予防のため、妊娠前から血糖を正常に近づけておく計画妊娠が重要である。一般に妊娠前のHbA1cは7.0%未満(可能であればより正常に近く)が目標とされ、網膜症・腎症の評価・治療も妊娠前に済ませておく。 ・妊娠中の目標の目安は、空腹時血糖95 mg/dL未満、食後2時間血糖120 mg/dL未満(食後1時間なら140 mg/dL未満)で、低血糖を起こさない範囲で厳格に管理する。 ・妊娠初期はつわりや胎児へのブドウ糖供給により低血糖を起こしやすく、中期以降は胎盤由来ホルモン(ヒト胎盤性ラクトゲンなど)によりインスリン抵抗性が増してインスリン需要が増大する。分娩後は需要が急減するため減量が必要である。 ・胎児の状態はノンストレステスト(NST)やbiophysical profile score(BPS)などで適宜評価する。
葉酸
神経管閉鎖障害の発症リスク低減のため、妊娠を計画している女性には妊娠の1か月以上前から妊娠初期まで、食事に加えて1日0.4 mgの葉酸を栄養補助食品から摂取することが推奨されている。
POINT
・糖尿病合併妊娠の先天奇形リスクは器官形成期の血糖値(HbA1c)に依存する。 ・妊娠初期のHbA1cが正常域であれば、奇形率は一般妊婦とほぼ同等。 ・妊娠中の薬物療法はインスリンが原則。経口血糖降下薬からは切り替える。 ・羊水検査は染色体異常の検査。形態異常の診断は超音波検査。 ・葉酸による神経管閉鎖障害予防は妊娠前からの摂取が必要。 ・計画妊娠で妊娠前から血糖を良好に管理することが最重要。
