「赤ちゃんに奇形は?」―HbA1c 6.0%が答える糖尿病合併妊娠の不安
第119回医師国家試験 B問題 第29問
国試問題にチャレンジ
30歳の初妊婦(1妊0産)。市販の妊娠検査薬が陽性であったため来院した。2年前に糖尿病と診断され,1年前から自宅近くの診療所でインスリン治療を受けている。最終月経は7週間前。月経周期は28日型,整。尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体(-)。血液生化学所見:血糖92mg/dL,HbA1c 6.0%(基準4.9~6.0)。経腟超音波検査で子宮内に頭殿長〈CRL〉2.0cmの心拍動を有する胎児を認めた。妊婦は糖尿病に伴う胎児形態異常を心配している。 この妊婦への説明で適切なのはどれか。
- a.「人工妊娠中絶を勧めます」
- b.「胎児の形態異常は超音波検査で分かります」
- c.「インスリンから経口糖尿病薬に変更しましょう」
- d.「75g経口ブドウ糖負荷試験で耐糖能の再評価をしましょう」
- e.「胎児形態異常のリスクは糖尿病ではない方とほとんど変わりません」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
妊娠前から糖尿病がある糖尿病合併妊娠では、先天異常のリスクは器官形成期の血糖コントロールに強く依存し、妊娠初期のHbA1cが6.5%未満であれば非糖尿病妊婦とほぼ同等とされます。そのため、良好なHbA1cを根拠に「リスクはほとんど変わらない」と説明することが、不安を抱える妊婦への適切な対応です。妊娠中の薬物療法は胎盤をほとんど通過しないインスリンが基本であり、75gOGTTは未診断の妊婦の診断に用いる検査で、すでに糖尿病と診断された人には不要です。また超音波検査ですべての形態異常を出生前に発見できるわけではありません。器官形成期は妊娠に気づく頃にはすでに始まっているため、糖尿病女性への計画妊娠とプレコンセプションケアの重要性を理解しておくことが、臨床での的確な説明につながります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・30歳の初妊婦(1妊0産)。市販の妊娠検査薬陽性で受診。最終月経から7週、月経周期は28日型で整なので、最終月経から数えると妊娠7週である。 ・2年前に糖尿病と診断され、1年前からインスリン治療中。妊娠前から糖尿病がある「糖尿病合併妊娠」に当たる。 ・尿糖・尿ケトン体ともに陰性、血糖92mg/dL、HbA1c 6.0%と、血糖コントロールは良好である。 ・経腟超音波で子宮内に心拍のある胎児を認め、頭殿長(CRL:crown-rump length、胎児の頭頂から殿部までの長さ)は2.0cm。CRL 2.0cmはおよそ妊娠8週後半〜9週前半に相当し、月経から推定した週数とは少しずれるが、排卵日のずれなどで起こりうる範囲である。妊娠初期のCRLは週数の推定に最も信頼性が高いので、以後はこの計測値をもとに分娩予定日を確定・修正する。いずれにしても正常な子宮内妊娠である。
鑑別:妊娠中の糖代謝異常の3分類
・糖尿病合併妊娠(pregestational diabetes):妊娠前から糖尿病と診断されている。本例はこれに当たる。 ・妊娠中の明らかな糖尿病(overt diabetes in pregnancy):妊娠前から存在したと考えられる糖尿病が、妊娠中に初めて見つかったもの。 ・妊娠糖尿病(GDM:gestational diabetes mellitus):妊娠中に初めて発見・発症した、糖尿病に至っていない軽い糖代謝異常。
設問の考え方
妊婦は「糖尿病のせいで赤ちゃんに形態異常(奇形)が起きないか」を心配している。糖尿病合併妊娠で先天異常が増える主因は、器官形成期(受精後およそ3〜8週、妊娠4〜10週前後、特に妊娠7週頃まで)の母体高血糖である。HbA1cは過去1〜2か月の平均血糖を反映するため、妊娠7週時点のHbA1c 6.0%は、受胎前後から器官形成期にかけて血糖がほぼ正常に保たれていたことを示す。妊娠前・妊娠初期のHbA1cが6.5%未満にコントロールされていれば、先天異常の頻度は一般集団(約2〜3%)と大差ないとされる。 したがって、本人の不安に対しては、現在のデータに基づいて「リスクは糖尿病でない人とほとんど変わらない」と説明するのが最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 「人工妊娠中絶を勧めます」
血糖は良好にコントロールされ、胎児も正常に発育しており、母体の生命や健康を著しく害する状況でもない。母体保護法上も医学的にも中絶を勧める理由はまったくない。リスクの説明もせずに中絶を勧めることは妊婦の不安をあおるだけで、医師の説明として不適切である。
- ×b. 「胎児の形態異常は超音波検査で分かります」
超音波検査は胎児形態異常のスクリーニングとして重要で、妊娠中期(18〜20週頃)の精査で多くの異常を見つけられる。しかし、母体の肥満で描出不良な場合、軽微な心奇形(小さな心室中隔欠損、部分肺静脈還流異常など)や指趾の異常など、出生前に見つけにくい異常も多く、「分かる」と断言するのは不正確である。また、この発言は「心配ならば検査で調べる」という対応を述べているだけで、本人が知りたい「現時点でのリスクの大きさ」には答えていない。
- ×c. 「インスリンから経口糖尿病薬に変更しましょう」
インスリンは分子量が大きく胎盤をほとんど通過しないため、妊娠中の血糖管理の薬物療法はインスリンが標準である。経口血糖降下薬は胎盤を通過するものが多く、胎児への長期的な安全性が確立していないため、日本では妊娠中の使用は原則として推奨されない(海外ではメトホルミンなどを用いる場合もあるが、標準的選択ではない)。むしろ妊娠前から経口薬を使っている女性は、妊娠判明時(できれば計画妊娠の段階)にインスリンへ切り替えるのが原則である。本例はインスリンで良好なコントロールが得られており、変更する理由はない。
- ×d. 「75g経口ブドウ糖負荷試験で耐糖能の再評価をしましょう」
75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)は、糖尿病と診断されていない妊婦で妊娠糖尿病や妊娠中の明らかな糖尿病を診断するための検査である。本例は既に糖尿病と診断されインスリン治療中であり、診断のための負荷試験は不要である。むしろ糖尿病患者に大量のブドウ糖を負荷すると著しい高血糖を招くおそれがある。今後の管理は血糖自己測定やHbA1cなどで行う。
- ○e. 「胎児形態異常のリスクは糖尿病ではない方とほとんど変わりません」
糖尿病合併妊娠での先天異常の発生は、器官形成期の血糖値に強く依存する。本例の妊娠7週時点のHbA1c 6.0%は、受胎前後から器官形成期にかけての血糖が良好であったことを示し、推奨目標(HbA1c 6.5%未満)を満たしている。この程度のコントロールであれば先天異常の頻度は非糖尿病妊婦とほとんど差がないとされ、根拠に基づいて不安を和らげる説明として適切である。なお、血糖管理が不良なほどリスクは上がり、HbA1cが高値(おおむね7%台以上)になると頻度が明らかに上昇することが知られている。
糖尿病合併妊娠の母児への影響
・妊娠初期(器官形成期)の高血糖:先天異常(心奇形、神経管閉鎖不全、尾部退行症候群など)や流産が増える。尾部退行症候群は糖尿病母体に特徴的とされる。 ・妊娠中期以降の高血糖:胎児が高血糖になり、胎児高インスリン血症を介して巨大児、肩甲難産、羊水過多、胎児機能不全、子宮内胎児死亡が増える。 ・新生児:新生児低血糖(出生後に母体からのブドウ糖供給が途絶え、高インスリン状態だけが残るため)、呼吸窮迫症候群、多血症、高ビリルビン血症、低カルシウム血症など。 ・母体:妊娠高血圧症候群、糖尿病網膜症・腎症の悪化、ケトアシドーシスなど。
プレコンセプションケア(妊娠前管理)
糖尿病女性は計画妊娠が原則で、妊娠前からHbA1c 6.5%未満を目標に血糖を整え、網膜症・腎症の評価と治療、経口薬からインスリンへの切り替えを済ませてから妊娠するのが望ましい。妊娠を自覚する頃には器官形成期がすでに始まっているため、妊娠判明後に血糖を整えても先天異常の予防には間に合わないことがある。
妊娠中の血糖管理目標(日本の目安)
・空腹時血糖 95mg/dL未満、食後2時間血糖 120mg/dL未満、HbA1c 6.0〜6.5%未満程度。 ・低血糖を起こさない範囲で厳格に管理する。妊娠中期以降はインスリン抵抗性が増すため、インスリン必要量は増えることが多い。
妊娠糖尿病の診断(75gOGTT)
空腹時 92mg/dL以上、1時間値 180mg/dL以上、2時間値 153mg/dL以上のいずれか1点以上を満たせば妊娠糖尿病と診断する(ただし明らかな糖尿病の基準を満たすものは除く)。
POINT
・妊娠前から糖尿病がある妊娠は「糖尿病合併妊娠」であり、75gOGTTは不要。 ・先天異常のリスクは器官形成期(妊娠初期)の血糖コントロールで決まる。HbA1c 6.5%未満なら非糖尿病妊婦とほぼ同等。 ・妊娠中の薬物療法はインスリンが基本(胎盤をほとんど通過しない)。経口血糖降下薬は原則として使わない。 ・超音波検査で全ての形態異常を発見できるわけではない。 ・糖尿病女性には計画妊娠と妊娠前からの血糖管理(プレコンセプションケア)が重要。
