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症状が出たら時計が動き出す―大動脈弁狭窄症の三大症状と予後

第110回医師国家試験 A問題 第20問

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第110回 A問題 第20問

大動脈弁狭窄症について予後不良の症候はどれか。3つ選べ。

  1. a.失神
  2. b.狭心痛
  3. c.心不全
  4. d.脈圧の増大
  5. e.爪床血管拍動の出現

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は大動脈弁狭窄症、いわゆるASの自然歴を問う問題だ。着眼点は「どの症状が予後不良のサインか」と「ASとARの身体所見を取り違えていないか」の2つ。まずASがどういう病態か、基本から確認しよう。
医学生医学生
大動脈弁の開きが悪くなって、左室が血液を送り出しにくくなる病気ですよね。
ドクタードクター
その通り。左室にとっては後負荷が増えた状態だ。左室は壁を厚くする求心性肥大で耐えるから、かなり進行するまで無症状の時期が長く続く。この代償期には突然死はまれで、予後は比較的よいんだ。
医学生医学生
じゃあ、無症状なら急いで手術しなくてもいいということですか。
ドクタードクター
原則としては経過観察になることが多いね。ただし代償しきれなくなって症状が出ると話が一変する。代表的な症状は狭心痛、失神、心不全の3つ。古典的な自然歴の研究では、弁置換をしなければ症状が出てからの平均生存期間は、狭心痛で約5年、失神で約3年、心不全で約2年とされている。
医学生医学生
循環器内科の講義で「5・3・2」と語呂で覚えました。でも、冠動脈が正常でも狭心痛が起こるのは少し不思議です。
ドクタードクター
いい疑問だ。肥大した心筋は酸素をたくさん必要とする。一方で左室拡張期圧が上がり、駆出に時間がかかって拡張期が短くなるから、冠血流、とくに心内膜側の血流が減る。需要と供給のバランスが崩れて、冠動脈に狭窄がなくても虚血が起こるんだ。
医学生医学生
失神は、弁が狭くて拍出量を増やせないからでしょうか。
ドクタードクター
そう。運動すると末梢血管は拡張するのに、狭い弁口のせいで心拍出量を増やせない。その結果血圧が下がり、脳血流が足りなくなって労作時に失神する。不整脈や、左室内圧上昇による反射性の血管拡張も関わるとされる。そして心不全は、長く続く高い後負荷でまず拡張障害が起こり、やがて収縮力も落ちて左心不全になる段階。3つの中で最も予後が悪い。
医学生医学生
では脈圧の増大はどうですか。重症になると血圧が変動して脈圧が広がるのかと思ってしまいました。
ドクタードクター
そこが引っかけだね。ASでは1回の拍出が狭い弁口で制限されるから収縮期血圧が上がりにくく、脈圧はむしろ小さくなる。脈の立ち上がりも遅くて小さい、遅脈・小脈だ。脈圧が大きくなるのは、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流して拡張期血圧が下がる大動脈弁閉鎖不全症、ARの特徴なんだ。
医学生医学生
爪床の血管拍動も、ARの所見でしたよね。OSCEの練習で爪を軽く押して観察する方法を習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。爪床を軽く押したときに心拍に合わせて赤みが強くなったり薄くなったりするのがQuincke徴候。脈圧が大きいことを反映した所見で、ASの予後とは関係ない。ARではほかに、拍動に合わせて頭が揺れるde Musset徴候や、大腿動脈で聴くTraube音もある。
医学生医学生
ASは脈圧減少・遅脈・小脈・収縮期駆出性雑音・求心性肥大、ARは脈圧増大・速脈・大脈・拡張期雑音・遠心性肥大、と対比で整理するとわかりやすいですね。
ドクタードクター
完璧な整理だ。少し発展的な話もしておこう。ASの原因は、高齢者では加齢に伴う弁の変性・石灰化が最も多く、高齢化に伴って増えている。比較的若い人なら先天性二尖弁を考える。聴診では胸骨右縁第2肋間を中心とした収縮期駆出性雑音が頸部に放散し、重症になるほど雑音のピークが遅れ、II音の大動脈成分が弱くなる。
医学生医学生
重症度は心エコーで評価するんですよね。
ドクタードクター
そう。最大血流速度4.0 m/秒以上、平均圧較差40 mmHg以上、弁口面積1.0 cm²以下が高度ASの目安だ。症状のある高度ASには外科的大動脈弁置換術か、経カテーテル大動脈弁留置術、TAVIを行う。年齢や手術リスクを踏まえてハートチームで選ぶんだ。
医学生医学生
薬で狭窄を治すことはできないんですか。
ドクタードクター
内科的治療で狭窄そのものを改善することはできない。むしろ臨床で注意したいのは、硝酸薬などの血管拡張薬で血圧が急に下がり、失神を招くおそれがあること。高齢者の胸痛に安易にニトログリセリンを使う前に、駆出性雑音がないか聴診で確認する習慣をつけておこう。
医学生医学生
問診で「最近、階段で胸が苦しくなったり、ふらっとしたりしませんか」と聞くことが、手術のタイミングを決める鍵になるんですね。
ドクタードクター
その通り。ASでは「症状が出たこと」自体が予後の転換点だ。無症状でも、左室駆出率の低下や運動負荷で症状が出る場合などは手術を検討するので、定期的なフォローも欠かせないよ。

まとめ

大動脈弁狭窄症は、左室の求心性肥大による代償で長く無症状に経過しますが、狭心痛・失神・心不全の三大症状が出現すると、弁置換をしなければ予後は急速に悪化します(平均生存期間の目安は狭心痛約5年、失神約3年、心不全約2年)。狭心痛は肥大心筋の酸素需給の不均衡、失神は労作時に拍出量を増やせないこと、心不全は長期の後負荷による左室機能低下で説明できます。一方、脈圧の増大やQuincke徴候(爪床の毛細血管拍動)は大動脈弁閉鎖不全症の所見で、ASではむしろ脈圧が減少し遅脈・小脈を示します。症状のある高度ASには外科的弁置換術やTAVIを検討し、血管拡張薬による低血圧にも注意が必要です。ASとARの病態と身体所見を対比して理解することが、聴診・問診から適切な治療時期を見極める力につながります。

解答・解説

正解はa, b, cです

大動脈弁狭窄症(aortic stenosis、AS)では、大動脈弁口が狭くなって左室から大動脈へ血液を送り出しにくくなる(左室の後負荷が増える)。左室は壁を厚くする(求心性肥大)ことでこれに耐えるため、かなり進行するまで無症状の時期が長く続く。この代償期には突然死はまれで、予後は比較的よい。 ところが、狭窄が高度になって代償しきれなくなると症状が現れる。代表的な症状は狭心痛、失神、心不全の3つで、症状が出たあとは弁置換を行わなければ予後が急速に悪くなる。古典的な自然歴の研究では、症状が出てからの平均生存期間はおおよそ次のとおりとされる。 ・狭心痛:約5年 ・失神:約3年 ・心不全:約2年 つまり、ASでは「症状が出たこと」自体が予後不良の徴候であり、弁置換術や経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)を考えるきっかけとなる。 一方、脈圧の増大や爪床の毛細血管拍動は、拡張期に血液が左室へ逆流して拡張期血圧が下がる大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation、AR)の所見である。ASでは脈圧はむしろ小さくなる。

選択肢考察

  1. ○a.  失神

    ASでは弁口が狭いため、運動などで心拍出量を増やす必要があっても十分に増やせない。そこに末梢血管の拡張が加わると血圧が下がり、脳の血流が足りなくなって失神する(労作時失神)。不整脈や、左室内圧上昇による反射性の血管拡張も関わるとされる。失神が出てからの平均生存期間は約3年とされ、予後不良の徴候である。

  2. ○b.  狭心痛

    肥大した左室は多くの酸素を必要とする。一方で、左室拡張期圧が上がり、駆出時間が長くなって拡張期が短くなるため、冠血流、特に心内膜側の血流が減る。この酸素の需要と供給の不均衡によって、冠動脈に狭窄がなくても狭心痛が起こる。狭心痛が出てからの平均生存期間は約5年とされ、予後不良の徴候である。

  3. ○c.  心不全

    高い後負荷が長く続くと、肥大した左室はまず拡張障害を起こし、やがて収縮力も落ちて左心不全となる(労作時の息切れ、起座呼吸など)。心不全が出てからの平均生存期間は約2年とされ、3つの症状の中で最も予後が悪い。

  4. ×d.  脈圧の増大

    脈圧は収縮期血圧と拡張期血圧の差である。ASでは1回の拍出が狭い弁口に制限されるため収縮期血圧が上がりにくく、脈圧は小さくなる。脈の立ち上がりも遅く小さい(遅脈・小脈)。脈圧が大きくなるのは、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流して拡張期血圧が下がるARの特徴である。

  5. ×e.  爪床血管拍動の出現

    爪床を軽く押したときに、心拍に合わせて赤みが強くなったり薄くなったりする現象をQuincke徴候(毛細血管拍動)という。脈圧が大きいことを反映した所見で、ARなどでみられる。ASの予後を示す徴候ではない。

ASの原因

・加齢に伴う弁の変性・石灰化:高齢者で最も多く、高齢化に伴って増えている。 ・先天性二尖弁:石灰化が早く進み、比較的若い年齢で狭窄になる。 ・リウマチ性:僧帽弁の病変を伴うことが多い。

身体所見

・脈:遅脈・小脈、脈圧の減少 ・心音:胸骨右縁第2肋間を中心とする収縮期駆出性雑音で、頸部に放散する。狭窄が高度になると雑音のピークが遅くなり、II音の大動脈成分が弱くなる。II音の奇異性分裂がみられることもある。 ・心尖拍動:肥大した左室を反映して持続性に触れる。

検査

・心エコーで重症度を評価する。高度ASの目安は、大動脈弁通過血流の最大速度4.0 m/秒以上、平均圧較差40 mmHg以上、弁口面積1.0 cm²以下である。 ・心電図では左室肥大の所見を示す。

治療

・症状のある高度ASには、外科的大動脈弁置換術(SAVR)か経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)を行う。年齢、手術リスク、併存疾患などから、心臓チーム(ハートチーム)で選ぶ。 ・内科的治療で狭窄そのものを改善することはできない。 ・硝酸薬などの血管拡張薬は、血圧低下や失神を招くおそれがあるため慎重に使う。 ・無症状でも、左室駆出率の低下、超高度狭窄、運動負荷で症状が出る場合などは手術を考える。

ASとARの対比

・AS:脈圧減少、遅脈・小脈、収縮期駆出性雑音、求心性肥大 ・AR:脈圧増大、速脈・大脈、拡張期灌水様雑音、遠心性肥大。Quincke徴候、de Musset徴候(拍動に合わせて頭が揺れる)、大腿動脈のTraube音などがみられる。

POINT

・ASの三大症状は狭心痛、失神、心不全。症状が出たら予後不良で、弁置換(SAVRまたはTAVI)を考える。 ・症状出現後の平均生存期間の目安:狭心痛約5年、失神約3年、心不全約2年。 ・ASでは脈圧は減少する(遅脈・小脈)。 ・脈圧増大やQuincke徴候(爪床の毛細血管拍動)はARの所見。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。