出血は少ないのに胎児が苦しむ―紫に染まった子宮が告げる常位胎盤早期剝離
第109回医師国家試験 I問題 第41問
国試問題にチャレンジ
31歳の初産婦。妊娠33週2日。切迫早産と診断され妊娠28週から入院中である。「数時間前から少しずつおなかが痛くなってきて,赤ちゃんの動きが少ない」との訴えがあり診察した。腟鏡診で分泌物は褐色少量。内診で子宮口は閉鎖している。胎児心拍数陣痛図で頻回の子宮収縮と遅発一過性徐脈を認め,胎児機能不全と診断し緊急帝王切開を行った。帝王切開時,羊水は血性で胎盤母体面に凝血塊を伴っていた。児娩出後の子宮の写真を別に示す。 胎児機能不全の原因として最も考えられるのはどれか。

- a.臍帯断裂
- b.子宮破裂
- c.前置胎盤
- d.絨毛膜羊膜炎
- e.常位胎盤早期剝離
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠後期に腹痛と頻回の子宮収縮が起こり、外出血が少ないにもかかわらず遅発一過性徐脈などの胎児機能不全が進む場合は、常位胎盤早期剝離を第一に考えます。胎盤母体面の凝血塊は胎盤後血腫、血性羊水は羊水腔への出血を示し、子宮漿膜面の紫黒色の斑状変色は血液が筋層に浸潤した子宮胎盤溢血(Couvelaire子宮)で、重症例に特徴的です。無痛性出血の前置胎盤、分娩中の激痛とショックを呈する子宮破裂、発熱など感染徴候を伴う絨毛膜羊膜炎とは臨床像で区別できます。妊娠高血圧症候群が最大のリスク因子であり、DICや弛緩出血を合併しやすいため、急速遂娩と凝固能の評価・補充を並行して行うことが母児の救命につながります。外出血の量に惑わされず病態から重症度を読む姿勢は、産科救急の基本として欠かせません。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・31歳初産婦、妊娠33週2日。切迫早産のため妊娠28週から入院管理中。 ・数時間前から徐々に増強する腹痛と胎動の減少。 ・腟鏡診:褐色の分泌物が少量(外出血はごくわずか)。内診:子宮口は閉鎖。 ・胎児心拍数陣痛図(cardiotocogram:CTG):頻回の子宮収縮と遅発一過性徐脈 → 胎児機能不全と判断し緊急帝王切開。 ・術中所見:羊水は血性、胎盤の母体面(子宮壁に接する面)に凝血塊が付着。 ・児娩出後の子宮写真:子宮の漿膜面に暗赤色〜紫黒色の斑状の出血がみられる。
診断へのプロセス
遅発一過性徐脈は、子宮収縮のたびに子宮胎盤血流が減って胎児が低酸素になっていること、すなわち胎盤からの酸素供給が十分でない状態を示す所見である。妊娠後期に、腹痛・頻回の子宮収縮・胎動減少が出現し、外出血が少ないのに胎児の状態が急速に悪化している場合、まず常位胎盤早期剝離を疑う。 決め手は術中所見である。胎盤の母体面に凝血塊が付いていることは、胎盤が子宮壁から剝がれ、その間に血液がたまっていた(胎盤後血腫)ことを示す。羊水が血性なのは、剝離部の出血が卵膜を越えて羊水腔に流入したためである。さらに子宮の写真で漿膜面にみられる紫黒色の斑状変色は、胎盤後血腫の血液が子宮筋層に染み込み、漿膜下まで達した状態であり、子宮胎盤溢血(Couvelaire子宮)と呼ばれる重症の常位胎盤早期剝離に特徴的な所見である。 本例では出血が胎盤と子宮壁の間にとどまる「内出血型」の要素が強く、外出血は少量の褐色分泌物だけであった。外出血の量が重症度を反映しないことが、常位胎盤早期剝離の診断で注意すべき点である。
設問の考え方
胎児機能不全(胎児が低酸素などで健康が損なわれている状態)の原因を問うている。胎盤が剝がれると、その部分ではガス交換ができなくなり、胎児への酸素供給が急速に減少する。CTG所見、臨床経過、術中所見、子宮の外観のすべてが常位胎盤早期剝離で説明できる。
選択肢考察
- ×a. 臍帯断裂
臍帯断裂は、急速な分娩や臍帯に強い牽引が加わった場合、あるいは卵膜に臍帯血管が付着する卵膜付着や前置血管で血管が破綻した場合などにまれに起こり、胎児血の喪失によって胎児が急激に悪化する。しかし出血するのは胎児血であり、胎盤の母体面に凝血塊が付着することはない。また臍帯の断裂は子宮収縮を誘発する原因にもならず、子宮漿膜面の溢血も説明できない。
- ×b. 子宮破裂
子宮破裂は帝王切開や子宮筋腫核出術などの既往で子宮に瘢痕がある場合や、分娩中の過強陣痛・陣痛促進薬の使用・分娩時の操作などに伴って起こり、多くは分娩経過中(特に分娩第2期)に発生する。突然の激しい腹痛とともに陣痛が止まり、腹腔内出血によってショックに陥る。胎児が腹腔内に脱出すると腹壁から直接胎児部分を触れることがある。本例は帝王切開既往のない初産婦で、陣痛発来前の安静入院中であり、術中にも子宮の破綻部位は記載されていない。
- ×c. 前置胎盤
前置胎盤は、胎盤が子宮下部に付着して内子宮口を覆う、またはその近くにある状態である。特徴は痛みを伴わない突然の性器出血(警告出血)であり、子宮収縮は少なく、出血が大量でない限り胎児心拍は保たれることが多い。本例のように腹痛と頻回の子宮収縮を伴い、外出血がわずかなのに胎児機能不全が進む経過には合わない。また前置胎盤であれば、妊娠33週までの入院中の経腟超音波検査で診断されているはずである。
- ×d. 絨毛膜羊膜炎
絨毛膜羊膜炎は、腟や頸管から上行した細菌が卵膜(絨毛膜・羊膜)に感染して起こる炎症で、切迫早産や前期破水の重要な原因となる。母体の発熱(38℃以上)、母体頻脈、子宮の圧痛、悪臭のある帯下や羊水、白血球増加・CRP上昇などがみられ、胎児頻脈を呈する。本例ではこうした感染徴候の記載がなく、血性羊水、胎盤母体面の凝血塊、子宮漿膜面の溢血は炎症では説明できない。なお、絨毛膜羊膜炎は常位胎盤早期剝離のリスク因子の一つにもなりうる。
- ○e. 常位胎盤早期剝離
正常の位置(子宮体部)に付着している胎盤が、胎児娩出前に子宮壁から剝がれる病態である。胎盤と子宮壁の間に血腫(胎盤後血腫)ができ、剝離した面積に応じて胎児への酸素供給が失われるため、胎児機能不全から胎児死亡に至りうる。症状は持続的な腹痛、子宮の硬化(板状硬)と圧痛、頻回の子宮収縮、少量の暗赤色の外出血で、CTGでは遅発一過性徐脈、基線細変動の減少、遷延一過性徐脈、高度徐脈などがみられる。本例の腹痛・胎動減少・頻回の子宮収縮・遅発一過性徐脈という臨床経過に加え、胎盤母体面の凝血塊、血性羊水、写真で確認できる子宮漿膜面の紫黒色の溢血(Couvelaire子宮)が、常位胎盤早期剝離を強く支持する。
常位胎盤早期剝離の概要
全分娩の約0.5〜1%に発生し、母体死亡・周産期死亡の重要な原因である。 リスク因子:妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剝離の既往、腹部への外傷(交通事故など)、前期破水、絨毛膜羊膜炎、喫煙、高年妊娠、多胎・羊水過多症の急激な子宮内圧低下(破水や1児娩出後)など。
症状・所見
・持続的な下腹部痛、子宮の板状硬・圧痛 ・外出血は少量で暗赤色のことが多く、出血量と重症度は一致しない(胎盤後に血液がたまる内出血が主体となりうる) ・CTG:頻回・不規則な子宮収縮(さざ波様の小さな収縮)、遅発一過性徐脈、基線細変動の減少・消失、遷延一過性徐脈など ・超音波検査:胎盤の肥厚像、胎盤後血腫(ただし超音波で描出できない例も多く、所見がなくても否定できない)
合併症
・播種性血管内凝固症候群(DIC):剝離部の脱落膜や胎盤から組織因子が大量に母体血中に入り、凝固が亢進して凝固因子や血小板が消費される。産科DICの代表的な原因であり、フィブリノゲンの著明な低下が特徴である。 ・出血性ショック、子宮胎盤溢血(Couvelaire子宮)による弛緩出血 ・胎児機能不全、胎児死亡
Couvelaire子宮(子宮胎盤溢血)
胎盤後血腫の血液が子宮筋層内に浸潤し、漿膜下まで達した状態である。子宮の表面が紫色〜暗赤黒色に斑状に変色してみえる。子宮筋の収縮力が低下し、分娩後の弛緩出血の原因となる。多くは子宮収縮薬などで子宮を温存できるが、止血困難な場合は子宮摘出が必要となることがある。
治療
・胎児が生存していれば、原則として急速遂娩(多くは緊急帝王切開)を行う。 ・同時にDICの評価(血小板、フィブリノゲン、FDP・Dダイマー、PT・APTT)と治療(新鮮凍結血漿、赤血球製剤、血小板製剤、フィブリノゲンの補充など)を行う。 ・胎児死亡例でも、母体の状態や凝固能に応じて分娩方法を選び、速やかに娩出を図る。
重症度分類
臨床症状と胎児の状態などから軽症・中等症・重症に分けるPage分類が知られており、重症では胎児死亡や母体の凝固障害を伴う。
妊娠後半期の出血・腹痛の鑑別
・常位胎盤早期剝離:腹痛あり、子宮硬化、外出血は少量、胎児機能不全が早期に出る、DICを合併しやすい。 ・前置胎盤:無痛性の性器出血、子宮は軟らかい。内診は禁忌(大出血を誘発する)。 ・子宮破裂:瘢痕子宮・分娩中の激痛、陣痛の停止、ショック。 ・前置血管の破綻:破水と同時の出血、胎児血の喪失による急速な胎児徐脈。母体は安定。
POINT
・妊娠後期の腹痛+子宮収縮+少量の暗赤色出血+胎児機能不全(遅発一過性徐脈など)は常位胎盤早期剝離を疑う。 ・外出血の量は重症度を反映しない。 ・胎盤母体面の凝血塊(胎盤後血腫)、血性羊水、子宮漿膜面の紫黒色の溢血(Couvelaire子宮)は常位胎盤早期剝離の所見。 ・最大のリスク因子は妊娠高血圧症候群。重要な合併症はDIC。 ・胎児生存例では急速遂娩(緊急帝王切開)とDIC対策を並行して行う。 ・無痛性出血は前置胎盤、分娩中の激痛とショックは子宮破裂と対比して覚える。
