「歩いてはいけない糖尿病」と「歩くことが治療になる糖尿病」―運動療法の適応を見極める
第109回医師国家試験 I問題 第26問
国試問題にチャレンジ
糖尿病の患者で毎日のウォーキングを積極的に勧めてよいのはどれか。
- a.肥満で,膝関節痛を伴う。
- b.体重減少があり,尿ケトン体が陽性である。
- c.視力低下を訴え,増殖糖尿病網膜症を認める。
- d.両下腿に浮腫が著明で,蛋白尿(3.5 g/日)を認める。
- e.間欠性跛行を主訴とし,右足背動脈の触知が不良である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
糖尿病の運動療法はインスリン抵抗性を改善する治療の柱ですが、尿ケトン体陽性などの著しい代謝不良、増殖網膜症、ネフローゼ状態を含む進行した腎症、骨・関節疾患などでは、運動がかえって病状を悪化させるため、まず評価と治療を優先します。肥満でも膝関節痛があれば、水中歩行など膝に負担の少ない運動を選びます。一方、下肢閉塞性動脈硬化症による間欠性跛行では、歩行運動療法が側副血行路の発達を促して歩行距離を延ばすため、ウォーキングを積極的に勧めます。ただし心血管系の評価とフットケアを忘れず、安静時痛や潰瘍・壊疽のある重症例は対象外です。「誰に、どんな運動を、どの順序で勧めるか」を合併症の状態から判断する力は、外来での生活指導に直結します。
解答・解説
正解はeです
問われていること
運動療法は食事療法と並ぶ糖尿病治療の基本である。骨格筋のブドウ糖取り込みを促してインスリン抵抗性を改善し、体重・血圧・脂質の改善にも役立つ。ただし、代謝状態が悪いときや合併症が進行しているときは、運動がかえって病状を悪化させることがある。本問は、合併症や併存症の状態から「毎日のウォーキングを積極的に勧めてよい」例を選ぶ問題である。
運動を制限・禁止すべき主な状態
・代謝コントロールがきわめて悪い場合:空腹時血糖250 mg/dL以上、または尿ケトン体が中等度以上陽性。インスリン作用不足の状態で運動すると、かえって血糖上昇やケトーシスが進む。 ・増殖網膜症(または増殖前網膜症):運動時の血圧上昇で硝子体出血や網膜剥離を起こしうる。 ・進行した腎症(腎不全など) ・虚血性心疾患や心肺機能障害(事前にメディカルチェックが必要) ・骨・関節疾患がある場合(専門医の意見を求める) ・急性感染症、糖尿病壊疽、高度の自律神経障害
考え方
選択肢 a〜d はいずれも上記の「運動を控える・まず評価や治療を優先する」状態に当たる。一方、e は下肢閉塞性動脈硬化症(末梢動脈疾患:PAD)による間欠性跛行と考えられる。間欠性跛行には歩行を中心とする運動療法が有効で、治療の基本の一つとされているため、ウォーキングを積極的に勧めてよい。
選択肢考察
- ×a. 肥満で,膝関節痛を伴う。
肥満を伴う糖尿病患者にとって運動療法は本来重要だが、膝関節痛がある場合は変形性膝関節症などが疑われる。体重がかかった状態で毎日長く歩くと膝への負担が大きく、関節の障害や変形を進行させるおそれがある。まず整形外科的な評価を行い、プールでの水中歩行、自転車エルゴメータ、椅子に座ったままの運動やレジスタンス運動など、膝への負荷が少ない運動を選ぶのが望ましい。毎日のウォーキングを積極的に勧める対象ではない。
- ×b. 体重減少があり,尿ケトン体が陽性である。
体重減少と尿ケトン体陽性は、インスリン作用が著しく不足し、ブドウ糖を利用できずに脂肪分解が亢進している状態を示す。この状態で運動すると、インスリン拮抗ホルモン(カテコールアミン、グルカゴンなど)の分泌が増えて肝からの糖放出や脂肪分解がさらに進み、高血糖やケトーシスが悪化して糖尿病ケトアシドーシスに至る危険がある。まずインスリン治療などで代謝状態を是正すべきであり、運動は控える。
- ×c. 視力低下を訴え,増殖糖尿病網膜症を認める。
増殖糖尿病網膜症では、網膜の虚血によって脆い新生血管ができている。運動による血圧上昇、いきみ(Valsalva動作)、頭部への衝撃などで新生血管が破れると、硝子体出血や牽引性網膜剥離が起こり、さらに視力を失うおそれがある。視力低下もあり、まず眼科で汎網膜光凝固などの治療を行うべき状態である。運動の可否や強度は眼科医と相談して決め、毎日のウォーキングを積極的に勧める対象ではない。
- ×d. 両下腿に浮腫が著明で,蛋白尿(3.5 g/日)を認める。
1日3.5 g以上の蛋白尿と著明な浮腫は、糖尿病性腎症によるネフローゼ症候群を疑わせる。腎症が進行した段階であり、浮腫や体液貯留のコントロール、腎機能の評価が優先される。運動は腎血流を一時的に低下させ、尿蛋白を増加させることがあるため、積極的に勧める状態ではない。なお、かつては蛋白尿が一定量以上(例えば1 g/日以上)なら運動を制限するとされたが、近年は腎症患者でも病期や全身状態に応じた適度な運動はむしろ勧められる方向にあり、一律の制限は推奨されていない。ただし本例のように浮腫が著明なネフローゼ状態では、毎日のウォーキングを積極的に勧める対象とはいえない。
- ○e. 間欠性跛行を主訴とし,右足背動脈の触知が不良である。
歩くと下肢に痛みやだるさが生じ、休むと軽快する間欠性跛行と、足背動脈の拍動減弱から、下肢閉塞性動脈硬化症(末梢動脈疾患:PAD)が考えられる。糖尿病は動脈硬化を促進するためPADを合併しやすい。間欠性跛行には、痛みが出るまで歩き、休んではまた歩くことを繰り返す歩行運動療法が有効で、側副血行路の発達や筋の代謝効率の改善により歩行可能距離が延びる。監視下運動療法は薬物療法と並ぶ治療の基本である。したがってウォーキングを積極的に勧めてよい。ただし、PAD患者は冠動脈疾患や脳血管疾患を合併していることが多いため、運動開始前に心血管系の評価を行う。また足の潰瘍や壊疽がないかを確認し、足に合った靴を履くなどのフットケアを指導する。安静時痛や潰瘍・壊疽がある重症例(包括的高度慢性下肢虚血)は運動療法の対象外である。
糖尿病の運動療法の基本
・効果:骨格筋でのブドウ糖・脂肪酸の利用促進による急性の血糖低下、継続によるインスリン抵抗性の改善、減量、血圧・脂質の改善、心肺機能の向上など。 ・内容:有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳、自転車など)を中等度の強度(ややきついと感じる程度)で、週150分以上、できれば週3日以上、運動しない日が2日以上続かないように行うことが勧められる。レジスタンス運動(筋力トレーニング)の週2〜3回の併用も有効である。座っている時間を減らすことも大切である。 ・開始前の評価:網膜症、腎症、神経障害、心血管疾患、骨・関節疾患の有無を確認する(メディカルチェック)。 ・注意点:インスリンやスルホニル尿素薬を使用している患者では、運動中・運動後(翌日まで)の低血糖に注意し、補食や薬の調節を指導する。末梢神経障害がある場合は足の傷に気付きにくいため、靴の選択と足の観察を指導する。
運動療法を禁止・制限したほうがよい主な場合
・空腹時血糖250 mg/dL以上、尿ケトン体中等度以上陽性 ・増殖網膜症(増殖前網膜症を含む。眼科医と相談) ・腎不全などの進行した腎障害 ・虚血性心疾患・心肺機能障害(専門医の意見を求める) ・骨・関節疾患(専門医の意見を求める) ・急性感染症 ・糖尿病壊疽 ・高度の自律神経障害(起立性低血圧、運動時の心拍応答不良など)
末梢動脈疾患(PAD)と間欠性跛行
・診断:足関節上腕血圧比(ABI)0.90以下でPADを疑う。糖尿病や透析患者では動脈の石灰化でABIが偽高値(1.40超)になることがあり、足趾上腕血圧比(TBI)などを併用する。 ・Fontaine分類:Ⅰ度 無症状(冷感・しびれ)、Ⅱ度 間欠性跛行、Ⅲ度 安静時疼痛、Ⅳ度 潰瘍・壊疽。 ・治療:禁煙と危険因子の管理、運動療法(特に監視下運動療法)、抗血小板薬、シロスタゾール(跛行の改善)。重症例や生活に支障が大きい例では血管内治療やバイパス術を検討する。 ・鑑別:腰部脊柱管狭窄症でも間欠性跛行(神経性)が生じるが、前かがみの姿勢で軽快し、足背動脈の拍動は保たれる点が異なる。
POINT
・糖尿病の運動療法を控えるべき状態:著しい高血糖・尿ケトン体陽性、増殖網膜症、進行した腎症、心疾患、骨・関節疾患、急性感染症、壊疽、高度の自律神経障害。 ・下肢閉塞性動脈硬化症による間欠性跛行には歩行運動療法が有効で、むしろ積極的に勧める(側副血行路の発達)。ただし運動前に心血管評価とフットケアを行う。 ・肥満でも膝関節痛があれば、水中歩行など膝に負担の少ない運動を選ぶ。 ・インスリンやSU薬使用者では運動に伴う低血糖(遅発性を含む)に注意する。
