前から胸腺、最後尾に交感神経幹―大動脈弓レベルの横断面を頭に描く
第109回医師国家試験 B問題 第10問
国試問題にチャレンジ
大動脈弓の高さにおける解剖学的位置関係で誤っているのはどれか。
- a.胸腺は食道より前方に位置する。
- b.気管は食道より前方に位置する。
- c.横隔神経は椎体より前方に位置する。
- d.上大静脈は気管より前方に位置する。
- e.交感神経幹は大動脈弓より前方に位置する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
大動脈弓の高さ(おおよそ第4胸椎、胸骨角のやや上方)の横断面では、前から胸腺、上大静脈と大動脈弓、気管、食道、椎体の順に並び、交感神経幹は椎体の両側で肋骨頭の前面に沿う縦隔最後方の構造です。したがって胸腺は食道より前、気管は食道より前、上大静脈は気管より前、横隔神経は椎体より前にあり、交感神経幹が大動脈弓より前方とする記述は誤りです。横隔神経は肺門の前、迷走神経は肺門の後ろを走るという対比や、Felson区分(前縦隔:胸腺など、中縦隔:気管・食道・大動脈弓、後縦隔:下行大動脈・交感神経幹など)もあわせて押さえておきたいところです。この位置関係は、後縦隔に神経原性腫瘍が多い理由、左反回神経麻痺による嗄声、Pancoast腫瘍によるHorner症候群などの理解につながり、縦隔病変の画像診断と臨床推論の基礎となります。
解答・解説
正解はeです
大動脈弓の高さ(おおよそ第4胸椎の高さ、胸骨角よりやや上方)で胸部を水平断したとき、各構造が前後方向にどう並ぶかを問う解剖の問題である。「誤っているもの」を選ぶ形式なので、位置関係を正しく述べていない選択肢が正解となる。 この高さの横断面を前(胸骨側)から後ろ(脊柱側)へ順にたどると、おおむね次のようになる。 1. 胸骨のすぐ後ろに胸腺(成人では退縮して脂肪組織に置き換わっている)。 2. その後方で、右側に上大静脈、中央から左側にかけて大動脈弓。大動脈弓は右前方から左後方へ斜めにアーチを描き、左側では気管・食道の左側を回り込んで椎体の左前方に達する。 3. 正中では気管、そのすぐ後ろに食道が並ぶ。 4. 最後方に胸椎椎体があり、その両側(肋骨頭の前方)を交感神経幹が縦走する。 神経については、横隔神経は上大静脈や大動脈弓の外側面に沿って前方寄りを下行し、のちに肺門の前方を通って心膜の外側面に至る。迷走神経は横隔神経より後方を走り、肺門の後方を通る。交感神経幹はさらに後方で、椎体・肋骨頭の前外側に位置する。 覚え方としては「前から胸腺 → 大血管(上大静脈・大動脈弓)→ 気管 → 食道 → 椎体と交感神経幹」という順序を頭に描けば、各選択肢の正誤は判断できる。交感神経幹は縦隔内で最も後方に位置する構造の一つであり、大動脈弓より前にあることはない。
選択肢考察
- ×a. 胸腺は食道より前方に位置する。
正しい記述である。胸腺は胸骨柄の直後、大血管(上大静脈・大動脈弓・腕頭静脈)の前面に位置し、縦隔の中でも最も前方にある臓器の一つである。食道は気管の後ろ、椎体のすぐ前という縦隔の後方寄りを走るので、胸腺は食道よりはるかに前方にある。
- ×b. 気管は食道より前方に位置する。
正しい記述である。頸部で喉頭が咽頭の前にあるのと同様に、胸部でも気管は食道の前方にあり、食道は気管の膜様部(軟骨を欠く後壁)に接して後方を下行する。この位置関係のため、食道癌が気管へ浸潤して気管食道瘻を形成したり、食道異物が気道症状を起こしたりすることがある。
- ×c. 横隔神経は椎体より前方に位置する。
正しい記述である。横隔神経(C3〜C5由来)は頸部で前斜角筋の前面を下り、鎖骨下動脈と鎖骨下静脈の間を通って胸腔に入る。胸腔内では右は上大静脈の外側、左は大動脈弓の外側面を下行し、さらに肺門の前方を経て心膜の外側面を横隔膜まで走る。このように縦隔の前方寄りを走行するため、椎体より明らかに前方にある。
- ×d. 上大静脈は気管より前方に位置する。
正しい記述である。上大静脈は左右の腕頭静脈が合流してできる静脈で、上行大動脈の右側、気管の右前方を下行して右心房に注ぐ。大動脈弓の高さでも気管より前方にあり、気管の右側壁との間には奇静脈弓が後方から回り込んで上大静脈に合流する。
- ○e. 交感神経幹は大動脈弓より前方に位置する。
誤った記述であり、これが正解である。胸部交感神経幹は脊柱の両側、肋骨頭の前面に沿って縦走し、縦隔の最後方(後縦隔あるいは縦隔の外側で壁側胸膜の後ろ)に位置する。大動脈弓は気管・食道の前方から左側を回って椎体の左前方に至る構造であり、交感神経幹は大動脈弓より後方にある。
縦隔の区分
解剖学的には、胸骨角と第4・第5胸椎間の椎間板を結ぶ平面より上を上縦隔、下を下縦隔とし、下縦隔をさらに心膜の前を前縦隔、心膜とその内容を中縦隔、心膜の後ろを後縦隔に分ける。大動脈弓はこの境界付近、主に上縦隔にある。上縦隔には胸腺、腕頭静脈、上大静脈、大動脈弓とその枝、気管、食道、胸管、迷走神経、横隔神経などが含まれる。 画像診断では、胸部単純X線側面像を用いたFelson(フェルソン)の区分がよく使われる。気管前縁から心臓後縁を結ぶ線と、椎体前縁より約1cm後方の線の2本で、前・中・後縦隔に分ける方法である。この区分では概ね次のように分類される。 ・前縦隔:胸腺、上大静脈、上行大動脈、心臓、横隔神経 ・中縦隔:気管、食道、大動脈弓、迷走神経、胸管 ・後縦隔:下行大動脈、胸椎、奇静脈系、交感神経幹、脊髄神経根 縦隔は上下に走る構造が多いため、このような縦割りの区分は病変部位の推定に便利である。
縦隔腫瘍の好発部位との関連
・前縦隔:胸腺腫、胚細胞性腫瘍(奇形腫など)、胸腔内甲状腺腫、悪性リンパ腫 ・中縦隔:気管支原性嚢胞、心膜嚢胞、リンパ節腫大 ・後縦隔:神経原性腫瘍(神経鞘腫、神経線維腫、神経節細胞腫など)。交感神経幹や肋間神経が後方にあることが、後縦隔に神経原性腫瘍が多い理由である。
臨床との関連
・横隔神経は縦隔の前方寄りを下行するため、前縦隔腫瘍や肺癌の浸潤で障害されやすく、横隔膜挙上(片側横隔神経麻痺)の原因となる。 ・左反回神経は大動脈弓の下を後方へ回って気管食道溝を上行するため、大動脈弓部の病変(大動脈瘤、左上葉肺癌のリンパ節転移)で嗄声を生じる。 ・胸部交感神経幹の上端(星状神経節付近)が肺尖部の腫瘍(Pancoast腫瘍)に浸潤されると、Horner症候群(眼瞼下垂・縮瞳・顔面の発汗低下)を起こす。
POINT
・大動脈弓の高さの前後関係:胸腺 → 上大静脈・大動脈弓 → 気管 → 食道 → 椎体(両側に交感神経幹)。 ・横隔神経は前方寄り(肺門の前)、迷走神経は後方寄り(肺門の後ろ)を下行する。 ・交感神経幹は椎体の前外側で縦隔の最後方にあり、後縦隔の神経原性腫瘍の発生母地となる。 ・Felson区分:前縦隔(胸腺など)、中縦隔(気管・食道・大動脈弓)、後縦隔(下行大動脈・交感神経幹など)。
